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映画「スパイの妻〈劇場版〉」ネタバレ感想&解説 黒沢清監督が戦争中の秘密を抱えた夫婦を描いたら?あのラストの解釈は??

「スパイの妻〈劇場版〉」を観た。

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第77回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した、黒沢清監督の最新作。これは2003年の北野武監督「座頭市」以来、17年ぶりの快挙らしい。主演は蒼井優高橋一生で夫婦役を演じている。他には東出昌大笹野高史ら脇を固め、脚本は濱口竜介と野原位が担当、音楽は「ペトロールズ」「東京事変」で活躍する長岡亮介が担当している。どうやら、2020年6月にNHK BS8Kで放送された同名ドラマを、劇場版として再調整した作品らしい。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:黒沢清

出演:蒼井優高橋一生東出昌大坂東龍汰

日本公開:2020年

 

あらすじ

1940年の満州。恐ろしい国家機密を偶然知ってしまった優作は、正義のためにその顛末を世に知らしめようとする。夫が反逆者と疑われる中、妻の聡子はスパイの妻と罵られようとも、愛する夫を信じて、ともに生きることを心に誓う。そんな2人の運命を太平洋戦争開戦間近の日本という時代の大きな荒波が飲み込んでいく。

 

パンフレット

価格800円、表1表4込みで全24p構成。

A4縦サイズ。紙質は若干悪いがオールカラー。監督黒沢清を始め、蒼井優高橋一生のインタビュー、映画ジャーナリストの金原由佳氏のコラム、各文化人のコメントなどが掲載されている。

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感想&解説

黒沢清監督作品は前作「旅のおわり世界のはじまり」を見逃してはいるが、邦画の中では割と追っかけている監督だと思う。1997年「CURE キュア」や2000年「回路」、2013年「Seventh Code セブンス・コード」など名作は多いが、特に近作だと「クリーピー 偽りの隣人」がお気に入りだ。黒沢作品は、いつも独特の登場人物のセリフ回しやカット割りが多く、いわゆる自然な演技や情景描写というよりは、いい意味で作り物っぽい演出が特徴だと思う。鑑賞中、強烈に「黒沢清の映画を観ている」と意識させるという意味では、強い作家性がある監督だと言えるだろう。

 

そして本作「スパイの妻」も、やはり基本路線は過去作を踏襲していると思う。ただ、今回は太平洋戦争直前という背景もあり、黒沢映画としては初めての時代ものであるため、役者の喋り方も含めて、いつもの「違和感」はマイルドになっている気はする。ただ、あくまでも現代劇としてのいつもの黒沢作品と比べて、という注釈付きなので映画序盤はやはり若干居心地が悪い。これは蒼井優もパンフレットで語っているが、「あの・・」とか「えっと・・」という口語的な言い回しがほとんどなく、全編がとても「セリフっぽいセリフ」だからだろう。だが、これが今回の画作りと合わせて観ると古風な美しい日本語のように響くのと、情報量が非常に多いセリフの場合、頭にスッと入ってくるという効果を生んでいる。本作の印象として淡白だと思う人もいるだろうと想像するが、それでも黒沢作品としての作家性は本作でもしっかり刻印されていると感じた。

 

そんな本作「スパイの妻」だが、結論的にはとても楽しめた。これは単純に脚本の良さなのだと思う。まったく事前の情報を入れずに観たので、いわゆる歴史スパイサスペンスなのかと思っていたが、それよりも「夫婦間の信頼」という非常に危うくも普遍的なテーマを軸にして、そこに「妻の愛情と嫉妬」というメロドラマ的な要素を入れ込みながら、「戦争や反戦」という名の鍋で煮込んだような映画であった。決して複雑なストーリーではないのだが、ラストの解釈も人によって変わるだろうし、観終わったあとに不思議な余韻が残る作品だ。そして画面の画作りもクラシカルな古き良き日本映画風から、昔の怪奇映画のようなライティングまで場面によって幅があり、飽きさせないのも本作の優れた点だと思う。ただ、正直8K撮影の恩恵はあまり感じなかった。むしろ画面が少し暗いと感じ、自分の眼鏡が曇っているのかと思い何度も拭いてしまった程だ。

 

おおまかなストーリーとしては以下である。舞台は1940年の神戸。高橋一生演じる優作は貿易会社の社長で経営は順調、趣味は映画を撮影する事だ。妻は蒼井優演じる聡子で、優作の事を心から愛しており幸せな生活を送っている。聡子には憲兵分隊長を勤める、東出昌大演じる津森という幼馴染がいた。そんな時、優作はひと月ほど社員である文雄を連れて、中国満州へ出張へ出かけると言い出発するが、その後二週間ほど帰国が延びるという電報が聡子の元に入る。そして優作と文雄は日本に再び帰ってくるが、その数日後、港に女の死体が浮かんでいるのが発見される。憲兵の津森に呼び出された聡子は、その死体の名は「草壁弘子」といい、優作と一緒に日本に帰ってきた女性だという事実を知らされ、ひどく狼狽する。

 

弘子との不倫関係と殺人との関与を疑い、聡子は優作を問い詰めるが、「やましい事はない。信じるのか?信じないのか?」と逆に問われ、愛ゆえに「信じる」と返事をするが、出張に同行した社員である文雄の元を訪れ、弘子を連れ帰った真意を問いただす。それには直接答えず、文雄は「英訳が終わった。中は見ないように」と二冊のノートを差し出し、優作に渡すようにと頼む。言われたとおりに聡子は優作にノートを届けるが、耐え切れずに優作の前でノートを見てしまう。するとそこには、日本軍が満州で行っている細菌兵器の人体実験とその解説が記載されていた。弘子は看護師であり、この事実を世界に向けて公表する為に優作は彼女を来日させたのだ。またその模様を弘子が撮影したフィルムも存在していた。

 

この事実を知った聡子は優作が売国奴になってしまう事を恐れ、彼からノートを盗み、「満州から持ち込まれたものだ」とこっそり憲兵の津森に渡してしまう。そして、その際に弘子は恋心を抱いた宿屋の主人に殺されたという事実を知る。優作は殺人に関与していなかったのだ。津森はノートを翻訳した文雄を捕らえて拷問するが、全て自分がスパイで一人の計画だったと貫き、優作の事は口を割らない。その事実を知った優作は聡子に激怒するが、聡子が憲兵に渡したのは原本のみで、フィルムと英訳したノートは手元に残していると告げる。なんと聡子は文雄をスケープゴートとして利用したのだ。聡子は優作に「アメリカに渡り、一緒に志を遂げましょう」と告げて、二人で生きる喜びを感じていると伝える。そんな聡子の変化に驚きながらも優作は、亡命の準備を進めていく。

 

ここからネタバレになるが、その後、亡命での危険を避けるために二手に分かれて渡米する事になった二人。聡子は貨物船の倉庫に隠れて出航を待つが、出発前になぜか憲兵が船を捜索しに訪れ、そのまま聡子は捕まってしまう。一般人から密告があったというのだ。津森に売国奴だとの罵られた聡子は、日本軍が行っている鬼畜の所業を見せる為にフィルムを再生するのだが、なぜかそれは優作が撮影した映画のフィルムにすり替えられていた。優作は初めから一人で海を渡るつもりだったのだ。1945年、聡子は精神病院に送られていた。だが病院は空爆を受け、聡子はそこから逃げ出し、ひとり海岸を彷徨い歩きながら慟哭する。日本では太平洋戦争が終わりを告げようとしていた。そして、エンドクレジットでは聡子が渡米したことが記載され、映画は終わる。

 

正直、かなり破天荒なストーリーだと思う。だが話の整合性よりも、ただの浮気疑惑だった話の発端から雪だるまのようにストーリーが飛躍していき、行き先が見えないままに振り回される感じがこの作品の魅力なのだろう。終盤の展開には、思わず劇中の聡子のセリフのように「お見事!」と言いたくなる。本作の登場人物たちは、盲目的に自分の信念を突き進む。それはもうほとんど狂気に近いレベルだ。優作は自分のことを「コスモポリタン」と評し、日本軍の人体実験という愚行を世界に晒すためには自分の家庭をも破壊する。聡子は優作への愛と独占欲に駆られ、他人を陥れても一緒に渡米しようとする。津森はもともとは優しい青年だったのに、軍人として国家機密の為には惨い拷問も問わない人物になっていく。このそれぞれの感情の背景には狂気に満ちた戦争があり、それこそが彼らをこれほどまでに狂わせているという事実が遠回しに描かれている。

 

この映画の結末の解釈は人それぞれだろう。個人的にはあまりに優作への愛が重く、無知で無垢な聡子の様子から、自分の大義を全うするにはこれから足手まといになりかねないという優作の冷徹な判断だろうと考えたが、聡子を売国奴にしない為にわざと逮捕させて日本に残したという結末もあり得るバランスになっている。このあえて「置き去りにして見捨てたのか?」「巻き込まずに救ったのか?」を曖昧にしているところで、人によってこの作品の後味が180度違うものになる。精神病院での聡子は「私は狂ってなどいないのです。だが、それが狂っているという事なのでしょう。この国では」という意味のセリフを言うが、これは敗戦する日本に対しての批評と共に、あれほど裏切られたにも関わらず、いまだ優作への愛情を抱き続けている自分に対しての言葉にも感じる。だからこそ、彼女は優作を追って渡米するのだ。そういう意味では「巻き込まずに救った」という解釈の方が、本作の主人公二人にとって希望があるラストなのは間違いない。

 

劇中で優作が撮ったという設定の映画からも、監督の「映画愛」がだだ漏れてくるような本作。ラストの解釈の幅も含めて、まさに映画を観るという幸福感に包まれる115分だったと思う。本作でますます黒沢清監督のファンになってしまった。

採点:7.5点(10点満点)