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映画「薬の神じゃない!」ネタバレ感想&解説 丁寧に作られた社会派エンターテイメント!

「薬の神じゃない!」を観た。

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日本円にして約500億円という凄まじい記録を叩き出した、中国産社会派ドラマ作品。中国での公開は2018年7月だったが、コロナ禍もあり約二年遅れの2020年10月にやっと日本公開となった。中国で同時期に公開された「ジュラシック・ワールド 炎の王国」が約270億円の興収だったとの事で、ハリウッド大作にも大差で勝利し、さらに監督のウェン・ムーイエは中国版アカデミー賞とも言える55回金馬奨という映画賞で、新人監督賞、オリジナル脚本賞を含め3部門を制覇と、近年の中国映画界ではかなりの注目作となったらしい。日本での公開規模は都内でも4館とかなり少ないのが残念だ。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:ウェン・ムーイエ
出演:シュー・ジェン、ワン・チュエンジュン、ジョウ・イーウェイ
日本公開:2020年

 

あらすじ

上海で小さな薬屋を細々と営むチョン・ヨンは、店の家賃も払えず、妻にも見放され、人生の底辺をさまよっていた。ある日、血液のがんである慢性骨髄性白血病患者のリュ・ショウイーが店にやってきた。彼は国内で認可されている治療薬が非常に高価なため、安くて成分が同じインドのジェネリック薬を購入してほしいとチョンに持ちかけてきた。最初は申し出を断ったチョンだったが、金に目がくらみ、ジェネリック薬の密輸・販売に手を染めるようになる。そしてより多くの薬を仕入れるため、チョンは購入グループを結成する。白血病の娘を持つポールダンサー、中国語なまりの英語を操る牧師、力仕事が得意な不良少年などが加わり、密輸・販売事業はさらに拡大していく。

 

パンフレット

販売無し。

 

感想&解説

2014年に中国で実際に起こり、中国の医薬業界の改革のきっかけともなったジェネリック薬の密輸販売事件を映画化した作品だ。慢性骨髄性白血病」という薬を投与しないと命に関わる病気に犯された人々が、中国内に流通している非常に高価な正規薬を飲み続けているという状況から映画は始まる。主人公チョン・ヨンは、上海でインドの強壮剤を販売している店主だがまったく売れずに、別れた妻との息子の親権を巡り苦しい生活を送っていた。そんな彼のもとに白血病に苦しむ男リュ・ショウイーが訪れ、インドで製造・販売されているジェネリック医薬品を入手したいので密輸してほしいという依頼が持ち掛けられる。金に困っていたチョン・ヨンは悩んだ挙句、インドのジェネリック医薬品の密輸に乗り出していく。

 

上海の中で格安に薬を販売できるようになったチョン・ヨンは、更に多くの薬を売り捌けるように、密輸を依頼してきたリュ・ショウイーや英語が話せる牧師、白血病のコミュニティサイトを運営する女性、不器用な金髪青年など白血病の患者の中から仲間を増やしていき、順調にビジネスを大きくしていく。安く薬が手に入るようになった患者たちは喜び、チョン・ヨンとその仲間たちも成功に喜ぶ毎日。だが薬の密輸を摘発しようとする警察の手が徐々に迫っており、逮捕されるリスクを恐れたチョン・ヨンは、詐欺組織に薬の販路を譲ってしまい、仲間たちは失意し激怒しながら彼の元を去っていく。

 

そして一年後、仕事を変えたチョン・ヨンの元に疲れ果てたリュ・ショウイーの妻が訪れる。なんとまた薬の値段が高騰してしまい、将来を悲観したリュ・ショウイーが自殺を図ったというのだ。「慢性骨髄性白血病」の患者たちはあまりに高額な薬代にあえいでおり、警察も密輸を取り締まるだけという現実を突きつけられたチョン・ヨンは、リスクを顧みず、もう一度インドからの密売を決意する。

 

非常に丁寧に作られた、質の高い社会派エンターテイメント作品だと思う。主人公チョン・ヨンを演じたシュー・ジェンの演技が上手いのだろうが、シリアスで重いトーンになりそうな作品なのに、全体的には笑える場面も多く娯楽作として見やすい。また序盤の息子とお風呂に入っているシーンに顕著だが、何気ないシーンだが親子愛が伝わってくる良い場面になっており、こういうシーンがふっと挟み込まれる事でこの作品の質を大きく引き上げていると思う。個人的に感動したのは終盤、密輸している主人公の行方を捜す為、薬を購入した患者たちを警察が拘留しているシーンで、一人の老女が薬の密輸を見逃してくれと懇願するシーンだ。あのシーンにおける、老女の表情とセリフにはリアリティがあり、強く心を動かされた。

 

またこの作品が発しているメッセージも素晴らしい。本作は実際の事案をベースに作られている作品なのだが、エンドクレジットでも描かれているように、この事件を通して中国の薬事業界は大きく進歩し、ジェネリック薬の進出や保険の適用が可能になるなど、多くの人に薬が行き渡るようになり、「慢性骨髄性白血病」の死亡率は大幅に減少したらしい。こうした問題を映画化し、しかも大ヒットする事によって中国の薬品・医療制度に関する問題意識に目が向き、観客が「今の法律やルールは本当に正しいのか?」を改めて考えるようになるのは、映画の持つ力だと思う。政治家やメディアも本作へ賛辞の言葉を贈ったらしい。

 

ラストの展開も上品で泣ける。ここからネタバレになるが、私財を投げ打って赤字を出しながらも格安で薬を売り、結果的に多くの患者を救ったチョン・ヨンは刑期が短くなったとはいえ有罪判決を受ける。そしてその搬送中に、護送車の外では多くの患者たちがマスクを取ってチョン・ヨンへの感謝の意を表明するのだ。これは映画序盤に白血病という病気への理解がないチョン・ヨンが患者たちに対して、「マスクを取れ」と言ったセリフと呼応しており、説明的ではなく映像だけで両者の関係の変化を見せる上手い演出だったと思う。さらにそこにはすでに亡くなった仲間たちの姿を見つけるという演出には、まんまと泣かされてしまうのだ。始めは金の為に始めた行動だったがいつしか主人公が成長し、他者の為に動き出す様を2時間という時間軸の中で観る事で、観客も一緒に成長できるのが優れた映画なのだろう。

 

本作の唯一の欠点は、映画として「安定しすぎている」ことかもしれない。特に後半の展開は王道エンターテイメントとして非常にまっとうな演出で攻めてくるので、やや古めかしい印象すら受ける。ストーリーの意外性や映像の先進性という要素はほとんどゼロに等しいし、いわゆる美男美女はほとんど登場しない上に、日本人にはほとんど馴染みのないキャストなので派手さはない。そういう意味では華のない作品だとは言えるかもしれないが、良い映画を観たという満足度は間違いなく高い映画だ。中国映画の新たな快作としてオススメしたい。

採点:7.5点(10点満点)