「バクラウ 地図から消された村」を観た。
第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したブラジル産スリラー。監督はブラジルの新鋭と言われる、長編3作目のクレベール・メンドンサ・フィリオ。まったくキャストを知らずに鑑賞していたら、ラース・フォン・トリアー監督作の常連であるウド・キアが出演していて驚いた。都内では今のところ一館のみの上映という事でかなり限定的な公開ではあるが、ネット上でもかなり高評価だし、シッチェス・カタロニア国際映画祭でも監督賞を含む3冠獲得、映画誌「カイエ・デュ・シネマ」でも2019年ベスト10で外国映画部門第4位と話題作であった為、鑑賞してきた。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ
日本公開:2020年
あらすじ
村の長老である老婆カルメリータが亡くなったことをきっかけに、テレサは故郷の村バクラウに戻ってきた。しかし、テレサが戻ったその日から、村で不可解な出来事が次々と発生。インターネットの地図上から村が突然姿を消し、村の上空には正体不明の飛行物体が現れる。さらに、村の生命線ともいえる給水車のタンクに何者かが銃を撃ち込み、村外れでは血まみれの死体が発見される。更にめったに訪れることのない他所者が村を訪れたことをきっかけに、暴力と惨劇が幕を開ける。
パンフレットについて
販売無し。
感想&解説
「謎の飛行物体、積み上がる他殺死体、謎のドラッグ」というキーワードと、ポスターにも記載されているキャッチコピーの「見事なまでに狂っている」で、ジャンル映画好きとしては完全に心を掴まれた本作。正直、公開館数が少なすぎる為に観づらい作品だったが、期待を胸に鑑賞してきた。ただ結果として、ちょっと期待のハードルが高すぎたようだ。もっとブッ飛んだ不条理な展開が待ち受けるトンデモB級映画を期待していたのだが、大枠の展開は良くも悪くも過去作の「ある定番フォーマット」に則った作品なのだが、各シーンの「ハズし方」が絶妙で、そこが本作の見どころなのだと思う。
ここからいきなりネタバレになるが、例えば予告編でも出てくる「謎の飛行物体」ついて。円盤型の飛行物体がブラジルの片田舎の村にいきなり現れるという違和感が、映像的には面白くなっているのだが、これはあっという間に「ドローン」である事が判明する。また平和な村に突如現れる他殺死体の数々も、アメリカから来たマンハント集団に殺された事が解り、この映画がバクラウ村という限定的な空間を舞台とした「村人vs人間狩り集団」という、よくある構造の作品である事が判明する。特に村人側が傭兵を雇うシーンがあるのだが、これは古き良きウエスタン映画の典型的なパターンだし、もっと言ってしまえば黒沢明の「七人の侍」だ。ここに最近公開された、クレイグ・ゾベル監督の「ザ・ハント(The Hunt)」のような、狂った人種差別主義者による人間狩りの要素が追加されている。
ただ、本作がそれらの作品と一線を画しているのは「村人の方がもっとヤバイ」という要素だろう。南米の土着的な雰囲気の村バクラウに、ある女性が帰ってくるところから映画は始まるのだが、最初からおかしな雰囲気が漂う。村に到着するなり、老人から謎の薬を口に放り込まれ、アル中の女医である老婆は長老の葬式中に錯乱し、太ったDJは葬式の間、村人にマイクパフォーマンスを披露する。村人は水不足問題で市長と戦っているらしいが、ネットや電気は不自由なく使えるようだ。さらに村人の中には「殺し屋」が普通に存在しており、ネットで殺しの動画をアップしているし、監視塔では常に村への人の出入りをチェックしている。売春婦は子供たちから存在を隠すことなくおおっぴらに商売しているし、村には謎の「博物館」が鎮座している。とにかく、全てがおかしな村なのである。
特に中盤のあるシーン。マンハント集団のメンバーが村人を襲う為に小屋に近づく場面では、村人のおじさんは何の説明もなく全裸だ。しかも完全にモザイクもないし、カメラワークで隠そうという意思もない。丸見えである。そして、マンハントが小屋の入り口に近づいた瞬間、全裸おじさんはいきなりショットガンで敵の頭を吹っ飛ばす。ここのシーンだけ見れば、どちらが悪役なのかわからないほどだ。もちろん、マンハント集団は子供を殺すほどの極悪人なので彼らが殺されてもまったく後味は悪くないのだが、この後の展開はこの戦闘能力の高い村に迷い込んだ、ある意味で哀れな殺人集団の顛末を観るという流れになる。このあたりは、「グリーン・インフェルノ」や「ミッドサマー」「食人族」のようなモンド映画の系譜もあるだろう。
それにしても、このマンハント集団が激弱で後半のカタルシスが薄いのは問題だ。マンハント集団を村に誘致したのが、隣にある悪徳市長の陰謀であることが判るという、ラストの展開も伏線回収としては悪くないのだが、登場シーンからいかにも悪い奴なので驚きは薄い。このあたりはブラジルの世相を反映した、監督のメッセージがあるのだろう。正直、あまりに事前の期待値が高すぎたというのが、観終わったあとの素直な感想だ。突然、ジョン・カーペンター監督による楽曲「NIGHT」のシンセサウンドが流れた時には思わず二ヤついてしまったが、この作品は劇場でも観るというよりは、ソフト化された時に家でお酒でも飲みつつ、適宜ツッコミを入れながら鑑賞するくらいがちょうど良い気がした。
採点:5.5点(10点満点)