「Swallow/スワロウ」を観た。
「イコライザー」「マグニフィセント・セブン」「ガール・オン・ザ・トレイン」などに出演していた女優ヘイリー・ベネットが製作総指揮と主演を務めたスリラーで、トライベッカ映画祭やファンタジア映画祭などで高い評価を得た作品らしい。監督は、おそらく本作が日本ではデビュー作となるカーロ・ミラベラ=デイビス。公式ページでは”デヴィッド・フィンチャーを彷彿とさせる挑発的なスリラー”などの文言が並び、予告編を観たところ非常にユニークな切り口の映画だった為、鑑賞してきた。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:カーロ・ミラベラ=デイビス
出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーヴェル
日本公開:2021年
あらすじ
完璧な夫、美しいニューヨーク郊外の邸宅、ハンターは誰もが羨む暮らしを手に入れた。ところが、夫は彼女の話を真剣に聞いてはくれず、義父母からも蔑ろにされ、孤独で息苦しい日々を過ごしていた。そんな中ハンターの妊娠が発覚するが、彼女の孤独は癒されないままだ。ある日、ふとしたことからハンターはガラス玉を呑み込みたいという衝動にかられ、導かれるままガラス玉を口に入れると、痛みとともに充足感と快楽を得られることを知ってしまう。この日から彼女は次第に危険なものを口にしたいという欲望に取り憑かれていく。
パンフレット
発売無し。
感想&解説
ビー玉や金属片などを次々に飲み込んでいく「異食症」を患った人妻がヒロインの作品という事で、ホラー&スリラー的な映画を想像していたのだが、映画の後半は趣旨が変わっていくのが面白い。監督のカーロ・ミラベラ=デイヴィスは、自分の祖母が強迫性障害により手洗いを繰り返すようになったというエピソードから本作を思い立ったらしい。前半のストーリーは、結婚して不自由のない生活を送りながらも、恵まれた環境で育った夫やその義父母からの「良き妻であれ」というプレッシャーにより追い込まれた主人公ハンターが、ふとした事からビー玉を呑み込むことで充足感を得ることを知り、その行為が止められなくなるという展開となる。特に彼女の妊娠が発覚した事でこの異食症が始まるというのが、まず本作のポイントだと思う。
そこから、ハンターが口に入れるものはどんどんとエスカレートしていく。画びょうや電池といったものを口に入れてはトイレで流血する姿は痛々しいし、観ていて心底恐ろしい。だが夫からの無自覚な言葉の暴力や、義理の両親からの出産へのプレッシャーに必死に耐えている姿には共感できるので、”心の解放”としてそういった行動を取ってしまう事が、観客にも理解できる作りになっているのは上手い。この息苦しい日常の中から「何か新しい一歩」を生み出し、自分だけの達成感を得ようと彼女はもがいているのである。自ら飲み込んだ異物を、まるでコレクションするかのように台に並べていくシーンは、彼女の精神状態を上手く表現していると同時に、「こんなものまで飲み込んだのか」とシンプルに観客を驚かす事にも成功している。
ハンターの奇行が発覚した事で、より夫と義理の両親からの監視の目が厳しくなり、ハンターは精神科医にかかるようになる。そこで彼女の出生にまつわる過去が語られるのだが、このあたりから「異物を飲み込む」というスリラー展開から、彼女の「アイデンティティを探す旅」へと物語はシフトしていく。ここからネタバレになるが、ハンターは母親がレイプされて妊娠した子であり、宗教上の理由から中絶できずに生まれたという過去を引きずっている。だからこそ、自分の存在価値に疑念を持ち、さらに”家族”というものに対しても自信が持てない。そして、全てをコントロールし監視してくる夫から精神病院に入れられそうになり、ついにハンターは屋敷から逃亡をはかる。
そして逃亡先からの電話で、実の母親に「会いたい」と連絡を入れるのだが、「妹家族が来ているから」という理由でやんわりと断られる描写がある。妹はおそらく母親が望んで産んだ子供だったのだろう。このちょっとしたシーンからもハンターが抱える苦悩と絶望が伝わってくる。そしてダメ押しのように、行方を捜していた夫からの電話で彼の人間性を知ってしまうのだ。本当に全てを失ってしまったハンターは、ついに母親をレイプした後に逮捕され、いまは新しい人生を歩んでいる実の父親に会いにいく決意をする。
この父親との面会シーンは、前半の異物を飲み込むシーンに匹敵するくらい緊張感のある名場面となっている。家族を持ち幸せに暮らしている父親の姿を見て、「なぜあんな犯罪を犯した?」と詰め寄るハンター。だが自分の過ちと過去を素直に認め、お前は自分とは違う人間なのだと告げられたとき、遂に彼女の自分探しの旅は終わる。そしてハンターにとって、おそらく最大の”異物”であったであろう「お腹の子供」を中絶し、彼女は新しい人生を歩み始めるのだ。そして、本作のラストシーンは「女子トイレ」を延々と映し出す。もちろん”排出”の象徴として、原題「swallow=飲み込む」と呼応したシーンだと思うが、ハンターが全てを排出し過去を清算したことを画的に表現する、効果的なエンディングだと感じた。
主演と製作総指揮のヘイリー・ベネットの魅力と演技力が全体を引っ張っている作品だが、映画のクオリティとしても衣装、美術、ロケーション、画面構図の美しさを堪能しているだけでも時間が過ぎる。前半の「異食症」を巡るスリラータッチから後半の「女性の自分探し」への飛躍も、ただのキワモノ映画にはなっておらず、映画の新しい切り口として面白かった。演出は全体的に淡々としている為、娯楽作というよりはアート系の作風だが、予告編を観て興味が湧いた人には高い確率で満足感が得られる作品だと思う。カーロ・ミラベラ=デイビス監督という新しい才能には今後も注目していきたい。
採点:7.5点(10点満点)