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映画「藁にもすがる獣たち」ネタバレ考察&解説 先の読めない展開に翻弄される作品!

「藁にもすがる獣たち」を観た。

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日本人作家である曽根圭介が2011年に発表した同名小説を、韓国で映画化したクライムサスペンス。大金を巡って欲望を剥き出しにした人々が激しくぶつかり合う姿を、予測不能な展開で描いた韓国映画である。監督・脚本は本作が長編デビューのキム・ヨンフン。出演は「シークレット・サンシャイン」のチョン・ドヨン、「アシュラ」のチョン・ウソンを筆頭に、「スウィンダラーズ」のぺ・ソンウ、「哀しき獣」のチョン・マンシク、「MASTER マスター」のチン・ギョン、「クローゼット」のシン・ヒョンビンと実力派スター俳優らが名を連ねる。原作は未読であるが、今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:キム・ヨンフン

出演:チョン・ドヨンチョン・ウソン、ペ・ソンウ

日本公開:2021年

 

あらすじ

失踪した恋人が残していった多額の借金の取り立てに追われるテヨン、暗い過去を精算して新たな人生を始めようとするヨンヒ、事業に失敗しサウナでのアルバイトで生計を立てるジュンマン、借金のため家庭が崩壊したミラン。ある日、ジュンマンは職場のロッカーに忘れ物のバッグを発見する。その中には、10億ウォンもの大金が入っていた。このバッグを巡って地獄から抜け出すために、藁にもすがりたい欲望に駆られた彼らの運命を描いていく。

 

 

パンフレット

価格800円、表1表4込みで全24p構成。

縦A4サイズ、オールカラー。チョン・ドヨンチョン・ウソン、ペ・ソンウへの主要キャストインタビューとキム・ヨンフン監督へのインタビューが掲載されている。また原作者である曽根圭介氏のメッセージと本作へのコラム、プロダクションノートも掲載されている。

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感想&解説

大金の入ったバッグを巡り、8人の登場人物たちが右往左往しながら物語を紡いでいくというクライムサスペンスの本作。日本産の原作を韓国で実写映画化した作品といえば、パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ」が有名だが、章立てで描かれる犯罪ものという意味では、ナ・ホンジン監督の名作「哀しき獣」を思い出したりした。また時系列を入れ替える手法はクエンティン・タランティーノ作品、特に「パルプ・フィクション」の影響は強くあるだろう。また原作者の曽根圭介氏とキム・ヨンフン監督は本作を作るにあたって、コーエン兄弟の「ファーゴ」を参考にしたとパンフレットでも名言しており、陰惨な事件の中にユーモラスで滑稽な側面を描きたかったと発言している。原作の骨格がしっかりあるだけに全6章に分れたストーリー展開は非常によく出来ており、8人のキャラクターが絡み合いつつ、さらに時系列も入れ替わりながら、最後の最後まで先の展開が読めない脚本は見事だ。

ある日、アルバイト先のサウナのロッカーで現金10億ウォンが入ったバッグを、ペ・ソンウ演じるジュンマンが発見するところから映画は始まり、その後、莫大な借金を残して失踪した恋人の代わりに、残酷な金融業者たちに脅される羽目に陥っているチョン・ウソン演じるテヨン、自らの株式投資に失敗したことで家庭が崩壊し夫からもDVされているシン・ヒョンビン演じる主婦ミランなどが、映画序盤からスピーディーに紹介されていく。そしてジュンマンは認知症の母親と、細々と掃除婦として働く妻がいて生活には貧窮していることや、主婦のミランが働く風俗店の社長が、実はテヨンの逃げた恋人ヨンヒであること、さらにお店に客として現れた中国からの不法滞在者であるジンテがミランに熱を上げていることなどが、複雑に絡み合ってストーリーは進行していく。


特にこのテヨンの元恋人であり女社長の”ヨンヒ”が強烈なキャラクターで、金の為なら人を騙したり殺したりすることに対し、全く躊躇しない冷徹な人物をチョン・ドヨンが演じており、非常に”映画的な”キャラクターとして魅力的だ。太ももに「シロサメ」の刺青を入れている彼女が「シロサメは50個の卵を身ごもるが、胎内でそれらが生存をかけて争い、最高の捕食者となり生まれてくる」というエピソードを語るシーンがあるが、劇中での彼女を観るとまるで自らをシロサメの化身として行動しているようで恐ろしい。特に電動ノコギリであるキャラクターを殺すシーンなどは、その前のシーンとのギャップが強烈で、金のためだけに動く本作の登場人物たちの中でも特に突き抜けたヒールとなっており、さすがの存在感であった。

 

 


映画の構成としては序盤で描かれる、何故ジュンマンが働くサウナのロッカーに10億ウォンもの大金が入ったカバンが置かれていたのか?が、映画終盤に解る構成になっている。そこからこのカバンを巡ってラストまで二転三転する流れは、使い古された表現だが”パズルのピースがハマっていくような”快感を感じるだろう。冒頭のニュースで報道されるバラバラ殺人事件が、劇中で描かれる事件を示唆していたりと時系列を入れ替えているが故の伏線も用意されており、構成として非常に気が利いているし、とにかくストーリーの推進力が強いため、先の展開が気になるという意味でまったく観客を飽きさせない作品だと思う。


ただ難を言えば、若干ラストの「オチ」の付け方も含めてあまりに都合が良すぎる脚本になっており、この作品世界が狭く感じてしまったのは否めない。ここからネタバレになるが、例えば映画中盤にテヨンから「たまたまラッキーストライクのタバコを買いにいった事で、トラックからの衝突事故が避けられた」というエピソードが唐突に語られる。そこに終盤で、金融業者から追われるテヨンが「タバコを買いに行く」という行動を取ることで、逆に彼のこれからの運命が簡単に先読みできてしまう事態となっている。更に、ラストのバックが入ったロッカーのカギを”ジュンマンの妻”が見つけるという展開も、落語のオチのように「なるほど」と感心はするのだが、展開としては唐突感が強くやや鼻白んでしまう。殺人事件の現場である「あの場所」に、そのままロッカーの鍵が落ちているなどは普通あり得ないだろう。このように、特に後半はテンポ良く上手くピースがハマって行き過ぎる為、逆に描かれていない場面が気になってしまうのである。


そもそも金を持ってタクシーで逃げたテヨンを、発信機もなく一夜のうちにたまたま金融業者ドゥマンの一味が見つけてしまう展開も無理があるし、彼らに追われたテヨンが事故死した後、彼らはどうやってあのサウナの支配人まで辿り着いたのか?も劇中では描かれずに謎だ。テヨンの死体から鍵を見つけてすぐに近くのホテルを探し回ったなら、逆に店にはジュンマンがいたはずでもっと早くバックを回収できただろう。逆に鍵が見つからなかったのであれば、サウナのロッカーにカバンがある事を知るはずのない彼らが、後日わざわざ刑事の変装をしてサウナの支配人に聞き込みをしている流れは不自然だと感じる。このあたりはドゥマンの部下が数日かけて、サウナにバックがある事実になんとか辿り着いたのだろうと勝手に脳内補完したが、スピーディーな展開を重視するあまり、このあたりは説明不足だと感じた。


冒頭に映る金が入ったバッグが”ルイ・ヴィトン”という事や、劇中の登場人物たちのほぼ全員が金に目がくらみ数々の愚行を犯すといった内容からも、現代の「拝金主義」を揶揄したような内容だった本作。ジュンマンの母が燃える家を見ながら「五体満足で生きていれば、金が無くてもなんとかなる」というセリフを言うシーンがあるのだが、本作のキャラクターたちが辿る悲惨な末路を観ると、改めて「借金だけはするまい」と背筋が伸びる思いだ。本作が長編デビュー作となるキム・ヨンフンは本作の脚本も担当しており、非常に良い仕事をしたと思う。全編を通じて気の抜けた画面など一切なく、やはり本作でも韓国映画のクオリティの高さには驚かされた。やや展開のご都合主義感は否めないが、それでも先の読めないクライムサスペンスとして十分に面白い快作だったと思う。

 

 

採点:7.0点(10点満点)