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映画「ビバリウム」ネタバレ考察&解説 観ててイライラ?メッセージ性が強い不条理劇!

ビバリウム」を観た。

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グランド・イリュージョン」や「ソーシャル・ネットワーク」のジェシー・アイゼンバーグと、「グリーンルーム」のイモージェン・プーツが、不条理な出来事に巻き込まれる主人公らを演じるスリラーサスペンス。イモージェン・プーツは本作で、第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した。メガホンを取ったのはロルカン・フィネガンというアイルランド出身の監督で、日本公開としては本作が長編デビュー作だ。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:ロルカン・フィネガン

出演:ジェシー・アイゼンバーグイモージェン・プーツ、ジョナサン・アリス

日本公開:2021年

 

あらすじ

新居を探すトムとジェマのカップルは、ふと足を踏み入れた不動産屋で、全く同じ家が建ち並ぶ住宅地「Yonder」を紹介される。内見を終えて帰ろうとすると、すぐ近くにいたはずの不動産屋の姿が見当たらない。2人で帰路につこうと車を走らせるが、周囲の景色は一向に変わらない。住宅地から抜け出せなくなり戸惑う彼らのもとに、段ボール箱が届く。中には誰の子かわからない赤ん坊が入っており、2人は訳も分からないまま世話をすることに。追い詰められた2人の精神は次第に崩壊していく。

 

 

パンフレット

価格850円、表1表4込みで全20p構成。

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オールカラー横型。紙質などのクオリティは高い。映画ライター高橋諭治氏のコラム、ロルカン・フィネガン監督のインタビュー、映画ライターSYO氏のキーワード解説などが記載されており、本作の理解が相当に進む内容になっている。

 

感想&解説

観る前はどういうジャンルの作品かがまったく解らなかったが、良い意味で裏切られた印象だ。ただ劇場では「自分とは合わなかった。つまらなかった」という他のお客さん同士の会話もあり、確かに好き嫌いははっきりとありそうな作風だと思う。いわゆる過去のテレビシリーズである「世にも奇妙な物語」的な不条理劇で、ストーリーの展開の面白さや映像的なカタルシスを楽しむというよりは、この作品テーマから”監督が伝えたいこと”を考えながら鑑賞する必要があるという、やや面倒くさい映画だと思う。正直、本作は直接的な”エンターテイメント作品”ではないからだ。

映画冒頭、カッコウの托卵”というほかの鳥の巣に卵を産み孵化と育児を託すという、自然現象が映し出される。カッコウはモズなど他の鳥類より早く大きくなる為、ほかの種類の雛や卵を巣から落としてしまう事で、親が運ぶ餌と巣そのものを独占するのだ。最後まで観ると、この冒頭のシーンがこの作品の大きなテーマになっていることがわかるのだが、この時点では何のことやらわからない。さらに主人公である教師のジェマとそのボーイフレンドであるトムが、学校の構内でこの突き落とされた雛の死骸を埋葬するシーンがあり、これも後半の展開の伏線となっている。

 

 


それから、主人公カップルが新居を探しているという描写があり、二人が訪れた不動産屋で挙動不審な店員マーティンから、全く同じ形と色の家が建ち並ぶ住宅地「Yonder」を紹介される。やや強引に内見に連れていかれる二人。玄関の扉には「9番」の文字がある。内覧が終わり二人は帰ろうとするが、すぐ近くにいたはずの不動産屋の姿が何故か消えており、仕方なくそのまま帰路につこうと車を走らせるジェマとトム。だが何度走っても「9番」の文字の家の前に戻ってきてしまい、その住宅地から抜け出せなくなってしまう。そしてついに車のガソリンが切れた彼らは、その家で一夜を過ごすことになる。翌朝、太陽に向けてひたすらに進むという作戦を決行するが、結局はやはり「9番」に戻ってきてしまい二人は深く失望する。さらに家の前に段ボール箱が届いていることに気づき、開けてみると中には食糧と生活用品が入っていた。それを見て激怒したトムは、家に火を放つ。そのまま燃え盛る家の外で眠ってしまった二人が目を覚ますと、なぜか全焼したはずの家は復活しており、さらにもうひとつの新しい段ボールが届いていた。


その中に入っていたのはなんと”赤ちゃん”であり、「育てれば解放する」という文字が記されていた。それから98日が経ちすでに7歳くらいの大きさになった少年は明らかに人間ではなく、奇声を発したり家を走り回ったりしながら、ジェマとトムの行動を監視しているようだった。だんだんと精神的に追い詰められる二人。トムは庭に穴を掘り続けることで自我を守ろうとするが、ある日ついに怒りが爆発し、少年を車の中に閉じ込めて餓死させようとする。だが、ジェマがそれを助けたことで、二人の間には確執が生まれてしまう。そして、ひたすらに穴を掘り続けたトムの肉体は、徐々に衰弱していく。


なぜ二人はこの住宅地から脱出できないのか?なぜこの少年はどんどんと大きくなっていくのか?などの明確な説明は劇中ではない。ただここからネタバレになるが、本作はいわゆる「地球外生物侵略ホラー」だと思う。前述のカッコウにあたるのがエイリアンであり、人間に子供を托卵させて「地球」という名の巣を乗っ取るというストーリーだが、本作の美点は”語りすぎない”部分なのだろう。もちろん、冷静に考えれば、あの不動産屋に行った人数だけが対象では乗っ取るのに何年かかる?とか、その割には大掛かりすぎて効率悪いだろとか、設定は突っ込みどころだらけだ。ただ最後まで、画として"宇宙人そのもの"を登場させるという愚行は犯していないし、”少年”の不気味さや不愉快さも際立っていて、主人公二人の行動にも説得感がある。だからこそ、この不条理すぎるストーリー展開にも「この先どうなるのだろう?」と、興味を持続していられるのである。


また学校で教師をしていたという、イモージェン・プーツが演じるジェマの設定も上手い。少年に「お母さん」と呼ばれ、「違う!」と拒絶しながらもつい世話をしてしまう、その母性が物語を推進するひとつのポイントになっているため、冒頭のシーンで、学校の子供たちと楽しそうに授業している姿は、彼女が中盤で行う”少年を守るという行動”についての説得力を増している。またジェシー・アイゼンバーグという役者のイメージである「どこか大人になり切れてない感」も、本作については完全にプラスに働いており、不動産屋の店員を演じたジョナサン・アリスの不気味さも含めて、キャスティングに関してはほぼ完璧だと感じた。


終盤のストーリー展開としては、ついに体力が衰弱しトムは死亡してしまう。ジェマは悲しみと怒りのあまり、大人になった”少年”をツルハシで殺そうと試みるが、彼が突然道路をめくると出現する".平行世界"に逃げられる。そこでは、自分たちと同じように拉致されたカップルが”子供”と生活していた。だが、やはり元のループに戻ってきてしまい、9番の家から抜け出せないジェマは、やはり衰弱して死んでしまう。そして”大人になった少年”は、トムとジェマの死体袋をかつてトムが庭に掘り続けた穴に放り込み、そのまま車に乗って、最初に彼らへ「Yonder」を紹介した不動産屋に向かう。すると店員のマーティンは死期を迎えようとしていた。そして”大人になった少年”は”マーティン”の名札を自分のシャツに差し、新しい客を出迎えるところで映画は終わる。


パンフレットの監督インタビューによれば、本作は今の世の中において、ローンを組んで住宅を購入することで、経済的にも肉体的にも閉じ込めれるリスクも描いているらしい。2008年のリーマンショックで経済が打撃をうけ、ローンの返済から抜け出せないが、不況の為に家も売れないというスパイラルに苦しんだ人々のメタファーとして、”いつまでも同じ家から抜け出せない”主人公たちを描いているというわけだ。そう言われれば、ウエルカム・ドリンクと一緒に冷蔵庫に入っていたイチゴに対し、トムが「味がしない」と言っていたが、このローン生活は「甘くない」ということなのかもしれない。タイトルの「ビバリウム」とは、生き物の住む環境を再現した展示用の容器や環境のことだが、本作はまさにこのタイトルどおりの内容だったわけである。


観ている間は特に奇声や覗き見など”少年”についてかなり不愉快になる表現が多いし、結末も含めてスッキリと楽しい作品ではないが、役者の演技や全体的に漂うクールな温度感の画面構成など、観るべきポイントも多い映画だった気がする。決して手放しの絶賛モードでは無いが、いろいろと深読みしながら観るのが楽しいタイプの作品だろう。ソフト化されたタイミングでもう一度観なおしてみたいと思う。

 

 

採点:6.0点(10点満点)