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映画「ミナリ」ネタバレ考察&解説 やや地味ながら普遍的なメッセージに溢れた快作!

「ミナリ」を観た。

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2020年第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞し、第93回アカデミー賞でも作品賞を含む6部門にノミネートされたヒューマンドラマ。「WAVES/ウェイブス」「フェアウェル」など、定期的に作家性の強い作品を発表し続けているインディペンデント系スタジオ「A24」と、「それでも夜は明ける」などの作品を手掛けてきたブラッド・ピットの製作会社「PLAN B」がタッグを組み、本作は製作されている。主演には「バーニング 劇場版」のスティーブン・ユァンや、「海にかかる霧」のハン・イェリ。監督・脚本は、韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョン。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:リー・アイザック・チョン

出演:スティーブン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン

日本公開:2021年

 

あらすじ

農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民ジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、しっかり者の長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは、新天地に希望を見いだす。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも加わり、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、農業が思うように上手くいかず追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかる。

 

 

パンフレット

価格850円、表1表4込みで全20p構成。

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オールカラーA4縦型。紙質などのクオリティは高い。映画ジャーナリスト金原由佳氏、永千絵氏、松崎健夫氏のコラム、スティーブン・ユァンやユン・ヨジョンらキャストのインタビュー、大学教授の李里花氏の解説が記載されており、読み物としてとても充実した内容になっている。

 

感想&解説

タイトルの「ミナリ」とは、韓国語で香味野菜の”セリ”のことらしい。どこにでも根を張り成長していく”セリ”は、本作の主人公家族のメタファーなのだろう。監督の独特なタイトルセンスだが、本作は監督のリー・アイザック・チョン自身が韓国からアメリカに移住してきた両親の姿を思い出して、脚本を書き上げたそうだ。そういう意味では、非常に個人的な作品と言えるかもしれない。製作があの「A24」と「PLAN B」という事で日本公開前から注目が集まっていた作品だし、第93回アカデミー賞でも作品賞を含む6部門にノミネートされている。さらに批評サイト”Rotten Tomatoes”でもほぼ最高評価ということで、まるで昨年のポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」再来のようだ。


だが「パラサイト」とは違い、主要キャストのほとんどは韓国人俳優とはいえ、「ミナリ」は純粋な”アメリカ映画”なのが面白い。もちろん製作がアメリカの会社という事もあるが、本作のテーマとして移民による「アメリカンドリーム」を描いている作品だし、レーガン大統領というキーワードも劇中に出ていたが、80年代のアーカンソー州に越してきた”韓国系移民”が主人公だからこそ感じる、成功への夫の焦りや妻のいらだちがストーリーの大きな柱となっているからだ。こういった普遍性を持つテーマだからこそ、本作は今アメリカ在住の移民の方たちにも強く支持されているのだろう。アメリカの映画メディアが”小津安二郎”の作品と比較して、「ミナリ」を評価しているようだが、とても上質な映画だと思う。ドラマチックで派手な展開があるとか、感動の涙を誘うような演出のあるタイプの作品ではなく、基本的には淡々と家族の生活を描いていく。


おおよそのストーリーとしては下記だ。アメリアーカンソー州の土地にて農業で大成功することを夢見て、家族を連れてくる韓国系移民のジェイコブ。だが妻のモニカは、長女アンと心臓に病気を患っている弟デビッドの病状を気にして、病院もないような土地とボロボロのトレーラーハウスでの生活に不安を抱いていた。しばらくは再度の引っ越しを巡って喧嘩の絶えない夫婦だったが、打開策としてモニカの母親である祖母スンジャを、韓国から呼び寄せることになる。祖母スンジャは、デビッドから「おばあちゃんらしくない」と繰り返し言われるほど、料理ができず花札が好きという破天荒で自由な性格だったが、野生のセリを育てるなどのコミュニケーションを通じて、徐々に子供たちとの距離は縮まっていく。

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ジェイコブはなんとか農業を軌道に乗せたいが、そもそも買い手のつかなかった水の出づらい土地ということもあり、地元で雇った農夫ポールと試行錯誤するがせっかく取れたと思った仕入先にも仕事をキャンセルされて、なかなかビジネスがうまくいかない。ジェイコブは農業以外の仕事としてヒヨコの鑑別という仕事をしていて、妻モニカと共にそこで働いているがこの仕事にはうんざりしていた。ここからネタバレになるが、そんなとき祖母スンジャが脳卒中で倒れてしまい、以前のような行動や思考が出来なくなってしまう。弟デビッドが受ける心臓の定期健診のために訪れた病院で、もう農業はあきらめて引っ越しをしようとジェイコブを説得する妻のモニカだったが、ジェイコブは成功した姿を子供たちに見せるため、たとえ一人でも農園を続けると告げる。


その後、ジェイコブが栽培に成功した野菜の売り先がなんとか決まるのだが、二人の夫婦関係は完全に壊れていた。そんな時、祖母スンジャが売り物である野菜を置いていた小屋を、誤って火事で燃やすという事故を起こしてしまう。なんとか小屋から野菜を救出しようと火の中に飛び込むジェイコブとモニカ。だが火の回りが早くモニカが逃げ遅れそうになるが、それをジェイコブは助けにいく。祖母スンジャは責任を感じ、そのまま家族の元を離れようとするが、子供たちによって説得され連れ戻される。その日は久しぶりに家族全員が川の字で眠る姿があった。翌朝もう一度農園をやり直すために、アメリカ人の力を借りて水を探すジェイコブ。そして祖母スンジャが植えて大量に育った”ミナリ”を、デビッドと共に刈るシーンで映画は終わる。


夫のジェイコブが息子のデビッドに対し、選別された雄のヒヨコは破棄されるのだと告げ、”男は価値を持たないといけない”と言う序盤のシーンがある。まさにこれこそがジェイコブの行動理念であり、ヒヨコの識別で一生を終わらせない、農業でアメリカンドリームを叶えるのだという強い信念が現れた最初のシーンだと思うが、妻のモニカは”家族が第一”であり、夫のなりふり構わない考え方が理解できない。映画の序盤から二人の歩調が合っていないことが表現されるが、これは決してこの主人公だけの特別な話ではないと思う。特に男性は仕事のために視野が狭くなり、大事なものをないがしろにした経験があるのではないだろうか。喧嘩をする両親に仲直りしてほしくて、姉弟が「Don't Fight!」と書いた紙飛行機を折るシーンは、全員の気持ちが理解できるので心が痛む。

 

この作品は韓国系移民の物語で、それが映画の大きな柱であることは間違いないが、実は誰もが感情移入できるシチュエーションやセリフが多く、それが本作を実に魅力的にしている。特にユン・ヨジョンが演じている祖母スンジャが出演しているシーンは軒並み素晴らしい。韓国からアメリカに渡ったばかりの高齢者なのに、どんなものにも興味を持ち「それは何?」「面白い」を繰り返すスンジャは、この映画における希望の象徴だ。必死で余裕のない生き方をしている両親に代わり、デビッドに生きる楽しさと安心を伝えてくれる。劇中、心臓の弱いデビッドは両親に再三「走ってはダメだ」と怒られている。だが終盤のクライマックスで火事を起こして家を離れようとするスンジャを、デビッドは”走って”追いかける。それはスンジャに対して彼が心から欲した行動だからだろう。エンドクレジットの「すべてのおばあちゃんに捧ぐ」という表記から、この行動はもしかすると監督の個人的な気持ちが色濃く表現されているのかもしれない。

 

他にも教会で知り合ったアメリカ人の男の子に「なんでそんなに顔が平たいの?」と差別的な発言をされるが、結局は仲良くなって子供同士で歯磨きするシーンや、ジェイコブが「韓国人は頭を使うんだ」とアメリカ人のダウジングによる水脈調査をバカにして断っていたが、終盤にはお願いしているシーンなどから「郷に入っては郷に従え」という、人種の壁を越えたメッセージを感じる。デビッドが木にいる蛇に石を投げようとすると、スンジャがそれを制し「隠れてしまうよ。見えている蛇の方が、見えていない蛇よりも安全だ」と語るシーンは、攻撃的な差別行動は事態をより水面下で深刻化させてしまうことの比喩にも感じ、このあたりは韓国系米国人としてアメリカで暮らしてきた、リー・アイザック・チョン監督だからこそのセリフだと思った。

 

主演のスティーヴン・ユアンイ・チャンドンの「バーニング 劇場版」での印象的な演技をしていたが、本作でも不安定な父親を演じており素晴らしかったし、デヴィッド役の子役アラン・キムも、どうやったらこんな自然な表情が作れるのか?と感心した。決して派手でいわゆる楽しい作品ではないが、なぜか十字架を背負って歩く農夫ポールの姿や、ヒヨコの識別という仕事の意味、夜空に燃え盛る小屋のショットなど、セリフや場面の意図を考えているだけで、鑑賞中とても贅沢な時間を過ごしている気持ちになれる、本当に上質な作品だったと思う。アカデミー賞でもなんらかの賞には確実に絡んでくると思うし、いま観ておいて損はない映画だろう。

 

 

採点:6.5点(10点満点)