映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「ノマドランド」ネタバレ考察&解説 こんな人生もあるのだと、自分の人生観をアップデートしてくれる傑作!

ノマドランド」を観た。

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ノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、中国出身の女性監督クロエ・ジャオがメガホンをとったヒューマンドラマ。第77回ベネチア国際映画祭で金獅子賞、第45回トロント国際映画祭でも観客賞を受賞、第78回ゴールデングローブ賞でも作品賞や監督賞を受賞と各映画祭で高い評価を獲得している。さらに第93回アカデミー賞でも作品、監督、主演女優など6部門でノミネートされており、アカデミー作品賞にもっとも近い作品では?との下馬評の高い作品だ。クロエ・ジャオ監督はなんと本作の成功を受けて、マーベル映画「エターナルズ」の監督にも抜てきされたらしい。主演は「ファーゴ」や「スリー・ビルボード」のオスカー女優フランシスマクドーマンド、共演は「リンカーン」のデビッド・ストラザーンなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:クロエ・ジャオ

出演:フランシス・マクドーマンド、デビッド・ストラザーン、リンダ・メイ

日本公開:2021年

 

あらすじ

ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた我が家を失ってしまう。キャンピングカーに全てを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることになる。毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。

 

 

パンフレット

販売無し。

 

感想&解説

個人的に”映画を観る楽しさ”の一つは、自分とは違う人生が垣間見れることだと思っている。本作「ノマドランド」の主人公ファーンは60代の女性だが、リーマンショックによる企業倒産の影響で住んでいた街自体が無くなり、ボロボロのバンで旅をしながら季節労働をして暮らしている。劇中でも「Amazon」の倉庫で働く姿が印象的だったが、基本的には肉体労働や清掃員といった仕事が中心だ。ノマドとは「放浪の民」のことで、このフランシス・マクドーマンド演じるファーンという女性の生活を描きつつ、彼女の内面にも迫っていくというのが本作のおおまかな内容だ。ノマドは高齢者が多く、ファーンの友人が「いくら働いても年金は月に600ドルしか入らない」というセリフを口にしていたが、人生を棒に振って無我夢中で働き続けるという経済活動を捨て、ある意味で自由に生きるノマドたちの姿を疑似体験できるのは、この作品の大きな魅力だろう。


この「ノマドランド」を端的に表現すれば、”生きること”を凝縮して描いたような作品だと思う。キャンピングカーやバンに自分の寝床を作って、そこで暮らす彼らはどんな仕事でも必死に働き、その瞬間瞬間を懸命に生きる。本作は排泄シーンや全裸シーンも隠すことなく見せるのだが、それは監督がそういう行為も含めて実際の生活だし、”生きること”だからと考えているからだろう。主人公のファーンが、子供に「ホームレスなの?」と聞かれるシーンがある。それに対し「ホームレスではなく、ハウスレスよ」と答えるのだが、これは故郷を失ったファーンにとっての”今のホーム”は彼女が乗る白いバンであり、さらに彼女の記憶の中に今もあるからだという意味だと思う。だからこそパンクしてもエンジンが故障しても、決して破棄せず修理し続ける。彼女にとって過去の思い出を載せたバンは唯一の”ホーム”なのだ。


本作は"ドキュメンタリータッチ"だが、決して"ドキュメンタリー"ではない。むしろ、劇映画としてかなり「演出」に対して考え抜かれた作品だと思う。音楽の鳴るタイミングや曲調、ワイドレンズのロングテイクで、朝日とフランシス・マクドーマンドをワンショットに入れながらの美しい構図。特に印象に残るのは、同じノマドの仲間だったデイブが息子の家庭に戻り、そこに招待されるシーンだ。ファーンが彼ら親子がピアノで連弾するのをこっそりと見るシーンは、デイブがノマド生活から完全に離れ親子の絆を取り戻したこと、それがさらに下の世代に受け継がれていく事を、セリフではなく表現した”映画的”な名シーンだったと思う。さらにデイブに「ノマドの生活を捨て、一緒に暮らさないか?」と誘われるが、やはり自分はその生活を選ぶべきではないとファーンが悟り、車の中で一夜を過ごした後のシーン。家とファーンの車との間に”柵”があり、まるでそれが「家族」と「ノマドとしての生活」を分断しているように見える構図の見事さなど、映画的な演出には枚挙に暇がない。

 

 


本作はあまり明確なストーリーとしての起伏は少ないのだが、良い意味で全編クライマックスのような作品だと感じる。特にデイブ一家から出た後半の展開に関しては、もうどこで映画が終わっても良いと感じる位に、自由で開放感に溢れている。だが、そこには通低音のように”寂寥感”が付きまとっているのが、まるでノマドの生活そのもののようだ。本作にはほとんど高齢者しか出てこない。だからこそ、ファーンが大事にしているお皿、頻繁に登場する石や恐竜のオブジェクトの意味など、人間が歳を重ねるということ、そしてその先で必ず訪れる”死”について否が応でも考えさせられる作品だと思う。また本作におけるフランシス・マクドーマンドの実在感は改めて素晴らしい。病気で亡くなった夫への愛情を背負って、ノマド生活を続ける彼女にうっすら浮かんだ涙には、演技を越えた感動を感じる。


非常に地味な作品だが、これこそ映画だからこそ描ける、この「実世界」の片鱗だと思う。出演者の多くは実際のノマド達らしいが、だからこそのキャラクターの説得力でスクリーンから目が離せない。おそらく、これからの人生で何度も観直したくなる作品になるだろう。特に自分ももっと歳を重ねてから観たい。もちろん、それはこのノマドという生き方に共感したからではない。むしろ、この生き方に安易に共感や賛美すべきではないとも思う。リスクや孤独と向き合う厳しい生き方だからだ。だが自然と調和しながらシンプルに、そしてストレートにこの映画が”生きること”を描いている事には感動を覚える。セリフも非常に印象的なものが多く、スクリーンに映し出される自然描写はどこまでも美しい。本作は近年屈指の傑作だと思う。


「このノマドの生活の素晴らしいところは“さよなら”がないことだ。“また路上で会おう”と言うだけで、どこかで会える可能性がある」という趣旨のセリフが印象的だが、ノマドという生き方の本質が表れた言葉だ。劇中の彼らが奏でる音楽は常にブルースだったが、ブルースとはアメリカ南部でアフリカ系アメリカ人から発生したワークソングが発祥で、孤独感や悲しみを表現する歌だと言われている。この作品の根底には、言いようのない哀しみを感じる。だが、それでも自由に生きていく事への強い希望も同時に感じる不思議な作品だ。また、アメリカの広大で美しい風景を楽しむという意味でも、劇場で観る意味のある映画だろう。この作品に触れた事で、自分の価値観がアップデートされるような感覚になったが、こういう作品があるから映画を観ることがやめられない。個人的には、本年度ベスト10入りは確実な作品であった。

 

 

採点:8.5点(10点満点)