「21ブリッジ」を観た。
製作に「アベンジャーズ」シリーズのアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟監督が名を連ね、長編映画では本作がデビュー作となるブライアン・カークがメガホンを取ったクライムサスペンス。そして2020年の8月に43歳という若さで亡くなった、「ブラックパンサー」のチャドウィック・ボーズマンが主演・製作を務めている。共演は「フォックスキャッチャー」のシエナ・ミラー、「ビール・ストリートの恋人たち」のステファン・ジェームズ、「セッション」のJ・K・シモンズなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:ブライアン・カーク
出演:チャドウィック・ボーズマン、シエナ・ミラー、J・K・シモンズ
日本公開:2021年
あらすじ
マンハッタン島で強盗事件が発生し、銃撃戦の末に警察官8人が殺害された。捜査に乗り出したのは、警察官だった父を殺された過去を持つデイビス刑事。マンハッタンを全面封鎖して犯人の行方を追うが、事件の真相に迫るうちに思わぬ事実が浮かび上がる。孤立無援となったデイビス刑事は、事件の裏に潜むニューヨークの闇に立ち向かう。
感想&解説
まず99分という上映時間がとても良い。個人的にこういったクライム・サスペンスは上映時間が短いというだけでポイントが高いのだが、それはタイトな演出とストーリー運びが期待できるからだ。そして本作の「21ブリッジ」も、その期待を裏切らない。あるニューヨークの一夜が舞台となり、主人公の刑事アンドレと麻薬班の女刑事フランキーが、警官8人を殺しコカインを奪って逃げた二人組犯人を追うというのがメインプロットなのだが、ここに「友情」や「恋愛」「家族愛」といった要素はまったく含まれない。余計な説明や設定を一切そぎ落とし、「犯罪アクション映画」としての純度を相当に高めているのが、本作の特徴だと思う。
マンハッタン島に潜む犯人たちを逃さないためアンドレ刑事が決行する作戦が、翌日の朝5時まで島を出る為の”21個の橋”や”鉄道やトンネル”を全て封鎖して、犯人を島の中に閉じ込めてしまうというもので、この「封鎖可能な時間」そのものが、物語のタイムリミット性を生んでいる。この現実性は置いておいて、ストーリーとして納得感があるし面白い設定だと思う。また主人公が「LMSI」という警察組織と連携し、いわゆる最新テクノロジーを駆使しながら、道路上のカメラや車両履歴からの人物プロファイリングで犯人をあっという間に割り出し、メディアを使って追い詰めていく様子はスリリングだ。
また本作の犯人は、観客が感情移入できる設定となっており、特にステファン・ジェームズが演じているマイケルという黒人キャラクターには、はっきりと自分の犯罪に対して悔恨が表れている。要するに、犯人側も”絶対的な悪”ではないという設定になっているのである。ここがまた本作を面白くしている要素であり、単純な犯人追跡劇からラストのツイスト展開への伏線演出にもなっている。実際に、終盤ではチャドウィック・ボーズマン演じる主人公のアンドレ刑事は、より倫理観の試される”試練”に向き合っていくことになるのだが、彼が幼いころに刑事である父親を亡くし、彼なりの正義感であり倫理観が醸成されたという過去が、ここで重要になってくるのだ。
映画の冒頭、アンドレの父親が同じく刑事で薬物依存者に殺され殉職、その葬儀のシーンから始まり13歳の少年アンドレは涙を流している。そしてその19年後、彼は父親の跡を継ぎニューヨーク市警の刑事となっているが、9年間で8人の犯罪者を射殺したということで内務調査の対象となっていることが解る。ただ、それらの行動には「正当な理由がある」と述べ、自分の正義を貫いていることを表明するアンドレ。序盤まではこの警察官を8名殺した犯人に対して、「どこまで刑事として暴力を行使しても良いのか?」というストーリー展開を想像していた。事件現場にいたJ・K・シモンズが演じるニューヨーク85分署の署長が、怒りのあまり犯人を撃ち殺すことを容認するような発言をするからである。
だが、実際には映画は違った展開を見せる。ここからネタバレになるが、盗んだ麻薬も警察により押収され犯人の一人である男も射殺されたことにより、犯人であるマイケルは地下鉄の中でついにアンドレに追い詰められる。マイケルがマネーロンダリングを行うアジトで見つけた、USBのデータを渡して投降しろという説得により、諦めたマイケルは銃を下して投降しようとする。だがなんと、そこに駆け付けた相棒の女刑事フランキーがマイケルを射殺してしまうのだ。激怒するアンドレだったが、彼の手にはこっそりとUSBがマイケルにより渡されていた。パスワードと共に息絶えるマイケル。そこからアンドレは、フランキーが現場から裏で情報をコントロールして、犯人たちを殺そうと画策していたことを知る。
ラストシーンは、J・K・シモンズが演じる警察署長の自宅となる。マイケルによって渡されたUSBにより、ニューヨーク85分署全体の警察汚職が発覚する。犯人たちが襲った店は警察が横領した麻薬の隠し場所であり、それを横取りしようと企んだ犯罪組織が二人組を雇ったという真相だったのだ。警察署長は、命を賭けてニューヨークの市民を守っているのに治安を守る警察官への報酬が低すぎること、この給与では子供を満足に育てることもできないから汚職をせざるを得ないことなどを語る。そしてアンドレに、仲間にならなければ今後は一人で警察組織と対立し、常に背後を気にして生活することになるだろうと告げる。だがその提案を、アンドレはキッパリとはね除ける。結果、襲撃した汚職警察官たちとの銃撃戦となり、警察署長は命を落としフランキーは逮捕され、アンドレがマンハッタン島から離れるところで映画は終わる。
鑑賞していて、様々な過去の作品が思い浮かんでくる。”汚職警官組織VS刑事”という意味ではシドニー・ルメット監督「セルピコ」だろうし、正義にためには射殺も辞さない刑事という意味ではドン・シーゲル監督「ダーティ・ハリー」、地下鉄シーンの駆け引きアクションとしては、ウィリアム・フリードキン監督「フレンチ・コネクション」あたりも想起する。また最初は犯人と刑事が攻防しているのが、最終的には汚職している警察組織を追い詰めるという展開は、F・ゲイリー・グレイ監督「交渉人」という名作もあったが、とにかくこれらの作品と並べても見劣りしないほど、本作「21ブリッジ」は良くできた映画だと思う。もちろん過去に類を見ない斬新なシナリオという訳ではないが、タイトな演出と展開で最後まで飽きる瞬間がないのは見事だ。
またアンドレ刑事役のチャドウィック・ボーズマンは本作が遺作となってしまったが、文字通り魂を込めた演技を見せていたと思う。撮影は2018年らしいのでガンの闘病中だったにも関わらず、ハードなアクションと演技力で主人公アンドレを見事に演じてた。残念ながら叶わないが、このアンドレ刑事のシリーズをもっと観たいと思ってしまったほどだ。本作はクライム・アクションのジャンルが好きな方なら絶対に観ても損はしないと断言できる良作であった。本作が長編デビューとなる監督のブライアン・カークは確かな手腕だと思うので、次回作も本当に楽しみだ。