「ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ」を観た。
「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」のジョー・ライト監督がNetflix配信作品として制作し、A・J・フィンの同名小説を原作としたサスペンススリラー。キャスト陣が非常に豪華で、主演を務める「メッセージ」「ノクターナル・アニマルズ」のエイミー・アダムスを始め、「ダークナイト3部作」「Mank マンク」のゲイリー・オールドマン、「エデンより彼方に」のジュリアン・ムーア、「キャプテン・アメリカ」のアンソニー・マッキーらが名を連ねる。20世紀フォックス制作で劇場公開用に準備されていた映画のようだが、このコロナ禍によりNetflixに売却されたという経緯の作品らしい。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:ジョー・ライト
出演:エイミー・アダムス、ゲイリー・オールドマン、ジュリアン・ムーア、アンソニー・マッキー
日本公開:2021年
あらすじ
広場恐怖症のため外に出られない心理学者のアナ。向かいの家に越してきたジェーンと知り合った彼女は、ジェーンと夫アリスターの生活を覗き見るようになる。ある日、ジェーンが恐ろしい暴力に遭遇している場面を目撃したアナは警察に通報するが、アリスターは何も起きていないと主張。警察も、病を抱えるアナの言うことを信じてくれない。さらに、ジェーンを名乗る別の女性も現れ、アナは自分自身が信じられなくなっていく。
感想&解説
まったくノーマークの作品であったが、今月ネットフリックスでザック・スナイダーの新作が公開になるという情報を聞いて、久しぶりにネトフリのトップ画面を観ていたら目についた作品。調べてみると、あの名作「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」のジョー・ライトが監督しており、キャストもエイミー・アダムス、ゲイリー・オールドマン、ジュリアン・ムーア、アンソニー・マッキーと超豪華であった為、思わず観始めてしまった。ジャンルはサスペンススリラーで、正直”古典的”ともいえる作品だと思う。
「広場恐怖症」という外出ができない病気を患っているエイミー・アダムス演じる主人公アナは、薬と酒を飲みながらひきこもりの生活をしており、窓から隣の家を覗くことを日課にしていた。ある日、隣の家に3人家族が引っ越してきて、15歳になる息子イーサンが挨拶に来たことにより彼と仲良くなる。さらにイーサンの母親であるジュリアン・ムーア演じる”ジェーン”とも知り合い、ワインを飲みながら親交を深めるが、ある夜にイーサンの父親であるアリスターが妻ジェーンを刺し殺すのを窓から目撃してしまう。すぐに警察に通報し一家を調べてもらうが、主人のアリスターは何も事件は起きていないと主張し、妻のジェーンだとある女性を紹介する。だがその女性は、先日アナが会ったジェーンとは別人だった。ジェーンの本人確認が取れた為、精神的に問題を抱えているアナのことを疑い始める刑事たち。そしてアナ自身も、薬と酒のせいで幻覚を見たのか?と自分自身が信じられなくなっていく。
この「窓から隣の家を覗く」という行為から犯罪を目撃してしまうという流れは、多くの人がアルフレッド・ヒッチコック監督の1955年日本公開作品の「裏窓」を思い出すだろう。実際にアナがカメラを抱えて外を覗くショットなどは、「裏窓」のジェームズ・スチュワート演じる主人公がカメラマンだったこともあり、作り手たちも意識的にオマージュを捧げているのだと思う。今回、改めて「裏窓」を観直してみたが、ほとんどが室内のワンシチュエーションで展開されるストーリーであることや、向かいの夫婦の妻が姿を消して夫の殺人を疑う展開など、映画としての共通点もかなり多く、本作はある意味で「現代版裏窓」とも言える作品だろう。
ただこの中盤の展開に関しては、66年のオットー・プレミンジャー監督「バニー・レークは行方不明」のような、「信用できない主人公」の物語へと変化していく。「バニー・レーク~」は、ロンドンに来て間もないシングルマザーのアンが保育園に幼い娘バニーを預けるのだが、そのまま娘が失踪してしまい行方がわからなくなる。しかも周りにバニーを目撃した者はおらず、「アンには幼い頃”バニー”という”空想の友だち”がいた」という話が出たため、警察からは娘バニーの存在そのものが疑われだすいうあらすじの映画だが、本作とかなり近しい構造を持つ作品だと思う。映画を観ている観客もこの映像自体が、主人公の妄想かもしれないと疑い始める展開になるのである。
ここからネタバレになるが、映画の終盤でアナは自分の夫と子供を、アナが運転していた自動車事故で亡くしていることが判明する。それ以来、悔恨の為に精神を病んでしまい、自宅から出られない生活になってしまっていたのだ。だが本作は、ここから物語のツイストを見せる。アナはネットで夫であるアリスターの過去を探り、彼の秘書が事件に巻きこまれて死んでいるという事実を知る。さらにジェーンと飲んだときに飼い猫を撮影した写真にも、アナの知っているジェーンが映っており、彼女はアナの妄想ではないことが判明する。結局、ジュリアン・ムーア演じるジェーンは息子イーサンの産みの親であり、アリスターの別れた妻ケイティであった。そしてケイティを殺した真犯人はイーサンであり、彼は自分を捨てた母親が許せなかったこと、更にそもそも殺人を楽しむサイコパスであり、秘書を殺したのも彼でアリスター夫婦もそれを知っていた。そして、イーサンの次の標的はアナだったのだ。ここからイーサンとアナの格闘が始まり、イーサンを殺したアナは事件を乗り越え、家から引っ越しする場面で映画は終わる。
正直、この終盤の展開はかなり性急で無理があると感じる。まるで”ツイスト”させたい為の展開という感じで、「実は息子が犯人でした」は同じくヒッチコックの「サイコ」オマージュかもしれないが、今やかなり見尽くした展開でB級感が漂いだす。アナの自動車事故で亡くした家族への贖罪がテーマだとは思うが、真犯人のイーサンを殺したアナが、なぜラストで「広場恐怖症」を克服できたのか?もイマイチ納得できない。今回のケースでは真犯人を倒すことが、自分の過去の傷を癒やす体験としてはリンクしないし、むしろ少年に信頼を裏切られたうえに未成年を殺してしまっているので、彼女の心の傷は大きくなっていると思う。ラストシーンで晴れやかにタクシーに乗り込むエイミー・アダムスの姿には、やや首を捻ってしまった。
ただ、この作品は画面の見せ方と演出が上手い。ラストの天窓の使い方や、パソコンに映る証拠写真の見せ方と構図、雨の日の部屋のライティング、屋上からの螺旋階段の下まで見せるワンカット、いきなり顔に刺さる刃物のショッキング描写など、随所に映画的で刺激的なカットが挟み込まれるため、それらを観る分には十分に楽しめる。編集とカメラ構図がとても考えられているのだろう。しかし、良くも悪くも非常にオーソドックスな印象の本作は、まるでヒッチコックに捧げられたようなやや”古典的”なサスペンス映画だったと思う。ゲイリー・オールドマンの高圧的なモラハラ夫ぶりや、ジュリアン・ムーア、アンソニー・マッキーの贅沢な使い方など、キャスト陣のアンサンブルは見応えがあるし、上映時間も101分と短めなので、サクッと有名俳優が出ているサスペンスが観たいという需要には応えてくれる。そういう意味ではNetflix向きの映画と言えるかもしれないが、ジョー・ライト監督の次回作は出来ればもう少し大きな規模の作品を劇場で観たいと思ってしまう、やや物足りない作品であった。
5.5点(10点満点)