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映画「RUN/ラン」ネタバレ考察&解説 「search/サーチ」の完成度を期待するとガッカリの凡庸B級サスペンス!

「RUN/ラン」を観た。

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物語がすべてパソコンの画面上で進行していくという斬新なコンセプトで、サンダンス映画祭の観客賞を受賞した、2018年公開の傑作サスペンススリラー「search/サーチ」。この作品で劇場映画監督デビューを果たしたアニーシュ・チャガンティ監督の長編2作目であり、前作とは打って変わって、母親の娘への歪んだ愛情をより古典的な演出で描いたサイコスリラーが本作「RUN/ラン」だ。出演は「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」や「オーシャンズ8」のサラ・ポールソンと、本作が映画出演デビューとなるキーラ・アレン。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:アニーシュ・チャガンティ

出演:キーラ・アレン、サラ・ポールソン

日本公開:2021年

 

あらすじ

郊外の一軒家で暮らすクロエは、生まれつきの慢性の病気により、車椅子生活を余儀なくされていた。しかし前向きで好奇心旺盛な彼女は地元の大学への進学を望み、自立しようとしていた。ある日クロエは、自分の体調や食事を管理し進学の夢も後押ししてくれている、母親ダイアンが差し出す飲み薬に不信感を抱き始める。そしてクロエの懸命な調査により、ダイアンが新しい薬と称して差し出す緑色のカプセルが、けっして人間が服用してはならない動物用の薬であるということが判明し

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全36p構成

縦型B5サイズ。デザイン性が高く、クオリティが高い。監督アニーシュ・チャガンティと製作のセヴ・オハニアン&ナタリー・カサビアンの3名による対談と、映画ライターの高橋諭治氏、映画評論家の立田敦子氏、大学教授の森茂起氏によるレビュー、プロダクションノートなどが掲載されており、読み応えのあるパンフレットとなっている。

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感想&解説

アニーシュ・チャガンティ監督の前作「search/サーチ」が類まれなる傑作だったので、今作の公開もかなり前から楽しみにしていた。今観るとネタバレしすぎの感もあるが予告編の出来も良く、どんなツイストに富んだ脚本で楽しませてくれるのだろうと期待していたのだが、これが凡庸としか言いようのない普通のスリラー映画になっており、ガッカリしてしまった。前作「search/サーチ」は、PC画面だけでストーリーが進むという演出上の”ギミック”も新しかったのだが、それよりも観客に対するミスリードや伏線の回収というストーリーテリングとミステリーとして脚本の上手さが際立っており、そこが最大の魅力の映画だったはずだ。


ところが本作「RUN/ラン」は、そのストーリーテリングと脚本が猛烈に弱く、ほぼキャラクターの意外性や、いわゆる”面白い展開”のないままラストまで辿り着いてしまったという印象だ。これが「search/サーチ」と同じ監督・脚本の作品かと思ってしまうほどで、90分というタイトな上映時間の為それほど飽きずに観ていられるが、ストーリー展開はほぼこちらの想像の範疇を逸脱してくれない。本作の登場人物は、ほとんど母親役のサラ・ポールソンと娘役のキーラ・アレンの二人だけだし、物語の舞台も「家の中」「薬局」「病院」だけで極めて限定的だ。このミニマムな設定の中で、母親と実の親の行動に疑いを持ってしまう娘という二人をサスペンスフルに描くにはかなりの手腕が必要だったのだろうが、本作は残念ながら脚本がうまくないと思う。正直、母親が歪んだ愛情から子供に毒を与えるという話から、ある程度のストーリー展開が読めてしまうのだ。


ストーリーはシンプルだ。映画はサラ・ポールソン演じるダイアンの出産シーンから始まるが、彼女は未熟児であり障害をもった女の子を出産する。時間は流れ、喘息や糖尿病などの持病はありつつ車椅子での生活だが、母ダイアンに愛情深く育てられてきた娘クロエは、地元の大学への進学を目指すようになり、現在はその合格通知を待つ日々だった。そんなある日、ダイアンが持ち帰った買い物袋の中にあるチョコレートをこっそり取ろうとしたところ、薬の処方箋袋を発見する。そして処方箋と薬ビンには、クロエではなくなぜかダイアンの名が記されていた。母親ダイアンはその「緑色のカプセル」を”新薬”だとクロエに薦めてきた為、ビンに母親の名前が記載してあった理由を聞くクロエだったが、何故かはぐらかされる。クロエはその薬の効能を探るため、夜中にPCのインターネットでの検索を試みるが、突然インターネット自体が切断されていた。徐々に母親ダイアンの行動に不信感を抱き始めたクロエは、やがてその薬を飲まないようになる。

 

 


ある日クロエはダイアンに映画館へ行くことを提案し、クロエは映画の上映中に「トイレへ行く」と行って近くの薬局へと向かう。そこで彼女は薬剤師から、例の「緑色のカプセル」は動物用の薬であり、筋弛緩作用を持つ効能がある事を聞かされてしまう。ショックのあまり呼吸困難の発作が出るクロエだったが、薬局に駆け付けたダイアンによって注射を打たれてしまう。自分の部屋で目を覚ましたクロエは、ドアが外からロックされていることに気付き恐怖する。だが車が無いことからダイアンが外出していることを知り、窓を通じて家から脱出することに成功する。やがて、クロエは荷物の宅配トラックを見つけるとドライバーに助けを求めるが、そこにダイアンが戻ってきてしまい、宅配員は首に注射を打たれて殺されてしまう。


ここからネタバレになるが、クロエが再び気がついた時は、ダイアンの自室である地下室に監禁されていた。その地下室を調べ始めたクロエは、あれほど待ちわびた大学入学の合格通知書類や、歩いている幼少期の自分の写真の他に、「クロエ」という名前の死亡診断書と「新生児が病院内で誘拐された」という事件を報じた新聞記事を発見する。なんと自分はダイアンによって本当の親の元から誘拐された赤ん坊であり、本当のダイアンの娘は生後すぐに死んでいたのだ。クロエを実の娘として育てたいが故に、薬により多くの病を抱えた娘として育成したダイアンの犯罪を知ったクロエは、部屋の中にあった毒薬で自殺を図る。だがダイアンによって病院に運びこまれ、彼女は一命を取り留める。


病院のスタッフに助けを求めるクロエだったが、狂気にむしばまれたダイアンは更にクロエを強引に病院から連れ出そうとして、銃を持っていたために警備員に発砲され遂に確保される。それから7年後、クロエは松葉杖ですこし歩けるくらいには回復していた。刑務所病院に服役中のダイアンを訪れたクロエは自身が平穏な日常を送れるようになったことを語るが、その口の中には小袋に入っている例の「緑のカプセル」が入っていた。それは復讐として、ダイアンに飲ませるために用意されたものだったのだ。そして映画はエンドクレジットとなる。


アニーシュ・チャガンティ監督はアルフレッド・ヒッチコックM・ナイト・シャマランの大ファンらしく、本作は古典的なサスペンスを目指したらしい。たしかに身体の不自由な主人公の設定は「裏窓」を思い出すし、家の中の限定的なシチュエーションで身内にひどい目に遭うのは2015年「ヴィジット」ぽい。実は本当の身内ではなかったというオチも近いだろう。ただ個人的には、スティーブン・キング原作・ロブ・ライナー監督の1991年公開「ミザリー」を一番想起した。看病という良き行動と思わせて、実は「自分の側にいて欲しい」という利己的な理由だけで愛する人の自由を奪う展開が、かなり影響を受けていると感じたのだ。これらはたしかに古典的なサスペンスだという言い方は出来るが、逆に言えば既視感が強いとも言える。母親に”歩けなくなる薬を飲まされている”というのも、実はクロエの妄想じゃないのか?と観客が思う間もなく、早々にダイアンは子離れが出来ない狂った毒親であることが発覚し、あとは身体がうまく動かない状況で母親という強敵から「どう逃げだす??」「あそこに手が届くのか?」というアクション的なシチュエーションの作り方がほとんどで、心理的なサスペンスの仕掛けがほとんど無いのが物足りない。


前作がかなり捻った作風だっただけに、今回はもっと違った作風のオーソドックスな映画を目指したらしいが、家の中でネットが通じないという設定は前作のアンチテーゼだろうし、冒頭のPCがまだ使える設定の時にクロエが大学のHPを検索するシーンで、そのページバナーに前作「search/サーチ」において、父親がWEB写真の流用に気付くきっかけとなったモデル事務所の女性の写真を使うなどの”くすぐり感”など、むしろ作り手の方が前作を意識しすぎているのでは?とも思ってしまう。ラストの展開は完全にダークな”胸糞展開”でこれ自体は嫌いではないが、これも前作があまりに家族愛溢れるハートフルなエンディングだっただけに、これも真逆を攻めたかったんだろうなぁと勘ぐってしまう。


今作で良かった点は役者だろう。特にクロエを演じたキーラ・アレンは素晴らしかったと思う。実生活でも車椅子を使用している役者という事で、彼女が移動する様子は相当なリアリティがあったし不安そうな表情の作り方なども相まって、観客が無条件で応援できるキャラクターに仕上がっていたと思う。特に中盤のシーンで口に水を含みながらほふく前進で進み、”半田ごて”と口に含んだ水でガラスを割るシーンはフレッシュで良かった。毒親ダイアンを演じたサラ・ポールソンも、メイクのせいか非常に顔が怖いので、この役柄にはしっかりとハマっていたと思うし、新人のキーラ・アレンとの対比もあり堂々とした演技を見せていた。ラストの老け顔は素直に「女優ってすごいな」と感じさせるに値する迫力だった。


ダイアンの背中の傷を見せて虐待の過去をほのめかしつつも多くを語らない演出や、二階の窓から脱出するクロエを俯瞰で撮るカメラワーク、自分の脚で立つという行動で親から自立したことを示した終盤のシーン、ポイントで緑色を差してくるカラーコーディネイトなど、随所におっと思わせる光る部分もあるが、全体としてはかなり”こじんまり”としたB級作品といった印象の本作。やや期待が高すぎた感もあるが、本作のスタッフの次回作はなんと「search/サーチ」の続編らしい。あの完成度を越えられるのか?とそれはそれで心配になってしまうが、気長に待ちたいと思う。

 

 

4.5点(10点満点)