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映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」ネタバレ考察&解説 徹底して男性を断罪するシナリオが魅力だが、もう少しフラットな視点があっても?

「プロミシング・ヤング・ウーマン」を観た。

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俳優としても活躍する女性監督エメラルド・フェネルが、自分で書いたオリジナル脚本でメガホンをとった長編監督デビュー作。さらに「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」などでも製作を務めた、女優マーゴット・ロビーが製作を務めている。主人公キャシーを「ドライヴ」「華麗なるギャツビー」などのキャリー・マリガンが演じ、共演は「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」の監督でもあったボー・バーナムなどが脇を固める。本作は第93回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、編集賞脚本賞の5部門にノミネートされ脚本賞を受賞したり、第78回ゴールデングローブ賞でも多くの賞にノミネートされている。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:エメラルド・フェネル

出演:キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー

日本公開:2021年

 

あらすじ

ごく平凡な生活を送っているかに見える女性キャシー。実はとてつもなく切れ者でクレバーな彼女には、周囲の知らないもうひとつの顔があり、夜ごと外出する謎めいた行動の裏には、ある目的があった。明るい未来を約束された若い女性=プロミシング・ヤング・ウーマンだと誰もが信じていた主人公キャシーが、ある不可解な事件によって約束された未来をふいに奪われたことから、復讐を企てる姿を描く。

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全28p構成

横型カラー。映画コラムニストの山崎まどか、映画ジャーナリスト宇野維正氏、映画評論家川口敦子氏のコラム、プロダクションノート、主演キャリー・マリガンや監督エメラルド・フェネルのコメントなどが掲載されている。パンフレットとしては平均的な出来だ。

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感想&解説

映画の冒頭から本作のテーマがありありと表現されている。クレジットと共に「男の股間」のアップが次々と映し出され、クラブで交わされる男性たちの会話を通じて、その下衆さと言葉の暴力性を伝えてくるのだ。そして本作のキャリー・マリガン演じる主人公キャシーは、夜な夜なクラブに繰り出しては泥酔したふりでナンパ男が近づいてくるのを待ち、そのまま男の家まで行っては、反撃する。泥酔していると思っている男たちはその姿に慌てふためき、キャシーの"言葉による"数々の侮蔑に耐え切れず「もう帰ってくれ」と懇願する。彼女がなぜこんな行動を取っているのか?は映画の序盤には解るのだが、その「お仕置き」の帰り道、朝ホットドッグを食べながら歩くキャシーの姿を、カメラは捉える。その手にはケチャップが垂れていて、それはまるで”血”のようだ。直接的な暴力ではないが、確実に相手の男を”仕留めた事”を映像的に表現する優れた方法で、オープニングから本作への期待が高まる。


ストーリーとしては、冒頭で医学部にトップの成績で在籍するくらいに優秀だったキャシーが、今は30歳を目前にしながらもコーヒーショップでアルバイトしつつ、夜はナンパ男を成敗する生活をしていることが描かれる。それは子どもの時からの親友であるニーナが、医学部のクラスメートにパーティ会場でレイプされて自殺した事により、大学を中退したゆえの行動だった。そんな時、たまたま医学部時代のクラスメートだったライアンがコーヒーショップに訪れ、学生時代からキャシーに好意があったライアンは彼女をランチに誘う。最初は全く気のなかったキャシーだったが、ライアンの明るく誠実な人柄に惹かれ始める。だがライアンから、ニーナを自殺に追い込んだクラスメイトたちの近況を聞き、特にレイプした張本人のアル・モンローが結婚を控えていると知ったとき、キャシーはダーゲット4人に対して復讐を開始する。


一人目のターゲットは、ニーナがレイプされたという噂を面白おかしく広めたマディソンで、ランチに誘った彼女を泥酔させて、雇った男にホテルの部屋に連れこませたり、二人目のターゲットである、レイプ事件をもみ消した医学部部長のウォーカーには、彼女の高校生の娘が男に監禁されていると嘘をついたりする。三人目のターゲットはニーナの事件を告訴できないようにしたグリーン弁護士だったが、彼はニーナの事件を心底後悔しており、その姿にキャシーはグリーンを許す。その後ニーナの母親に会いに行ったキャシーに対して、彼女の人生が前に進んでいないことを危惧して、娘の為にも幸せになって欲しいと伝える。その頃ライアンとの関係は絶好調で、このまま幸せになろうと思ったキャシーは遂にこの復讐に終止符を打つことを決める。

 

 


ここからネタバレになるが、そんなある日、第一のターゲットだったマディソンがキャシーの前に現れ、医大時代の携帯電話の中に残っていたニーナがアル・モンローにレイプされている動画を、反省の言葉と共にキャシーに残す。そしてこの動画を観たキャシーは衝撃を受ける。そのレイプ現場には、なんとライアンもいたのだ。この事実に悩み抜いたキャシーだったが、再び男たちに復讐を決意する。最愛のパートナーだと思っていたライアンに別れを告げたキャシーは、四人目のターゲットであり主犯アル・モンローの独身パーティーの場所を聞き出し、ストリッパーのふりをして単身乗り込んでいく。キャシーは男たちに睡眠薬入りの酒を飲ませ、アルを二階の寝室に誘いだし、ベッドに縛り付ける。そこでキャシーは自分の正体を明かし、カバンからメスを取り出し彼に消えない傷をつけようとするが、手錠が壊れて、逆にアルによってキャシーは窒息死させられてしまう。


そのままアルの仲間によって死体は山中で焼かれ、キャシーは行方不明扱いになる。心配するキャシーの両親と共にライアンの元にも警察が訪れるが、彼はキャシーがアル・モンローの独身パーティに行ったことを知りながら「知らない」とシラを切りとおす。だが、キャシーは自分が殺されることを予知して、三人目のターゲットだったグリーン弁護士に動画データとすべての真相を送っていた。その結果、ライアンも出席したアル・モンローの結婚パーティ当日に、警察が現れてアルは逮捕される。そして彼が連行されるのを見守るライアンの携帯には、キャシーから時限設定されたメッセージが送られてくる。そこには「愛を。キャシー&ニーナ ;)」と記されており、映画は終わる。


とにかく本作に登場する男たちは、揃いも揃って「ダメ男」として描かれる。お持ち帰りするナンパ男たちは一見爽やかなナイスガイ風だが、キャシーに罵倒されると途端に言い訳を繰り返し、オロオロと狼狽する。アル・モンローの独身パーティーに参加している男たちは、一列に並ばされキャシーによって薬入りの酒を順番に飲まされるのだが、彼らのニヤついただらしない顔を一人ずつスロモ―ションで映すという、悪意満載のシーンになっている。さらにキャシーを殺してしまったアルは大きな身体とは裏腹に、まるで子供のように泣きながら友人に助けを求める。これらを観ながら「男は未熟で単純な生き物なのだ」と言われているようで、同性として非常に居心地が悪くなるのだ。


恋人であり、キャシーにとって最大の理解者であったライアンも同様で、あれほど愛し合っていた相手でも、一皮むけばその下にはどんな人間性が隠れているか分からないのだと描く。キャシーによって過去を糾弾されたライアンが、レイプには参加していないし自分は悪い男ではないと告げるシーンでも、犯罪の傍観者となり止めなかったライアンをキャシーは決して許さない。この「見て見ぬふり」こそが、レイプ被害の根源なのだと突きつけてくるのだ。「君の過去は完璧なのか?」というライアンのセリフにはもちろん一理ある。人は過ちを犯すが、それを反省してその後の行動を是正できれば良いのだろう。だがこの後におけるライアンの自己保身だけの行動から、エメラルド・フェネル監督は彼を絶対に善良な人間だとは描かない。終盤までライアンをほぼ完璧な男だと描写しているからこそ、このラストにおける行動とのギャップを生み、「男の本性と恐ろしさ」を観客に知らしめる効果になっているのである。


そしてその鋭い視点は、身内であるキャシーの父親にも向けられる。キャシーの良き理解者であり、ライアンという良いボーイフレンドを紹介された父親は、娘の幸せを心底喜んでいる。だが、ラストで行方不明になって戻ってこない娘に対して、「携帯電話の追跡はできないの?姿を消すなんて、あの子らしくない」と言う母親に対して、「そうとも言えない。」と否定しながら「いつか帰ってくる」と楽観的なことを言い、警察に対して真剣に捜索を依頼しない。性格は優しいが”本質”が見えていない弱者だと描くのである。この映画における唯一のまともな男性は過去を反省した弁護士だけだが、結局彼に事実を伝えることで自分を殺した犯人を追及し、ニーナの過去の事件と共に”女性の尊厳”を守るのはキャシー自身だ。この徹底した「全男性を断罪する視点」こそが本作の大きな特徴だし、今まで抑圧され我慢を強いられてきた女性からの強いメッセージとして、世界中で評価されているゆえんだろう。


だがその強いメッセージに対して、映画としてのルックスは非常にポップだ。特に音楽の使い方が巧みで面白い。ブリトニー・スピアーズの「TOXIC」がアル・モンローの独身パーティーに単身乗り込むときに、不穏なストリングスアレンジで流れていたが、本来の90年代ガールズポップのダンサブルなイメージとは違い、まるでオカルトホラーのBGMのように響く。またパリス・ヒルトン「STARS ARE BLIND」がキャシーとライアンのイチャイチャシーンで流れるのだが、このあまりに能天気でハッピーに溢れた楽曲も、この後の二人の展開を考えると痛烈な皮肉になっているとも感じられる。


映画としては相当に面白いし、さすがアカデミー脚本賞だけあってかなり練られたシナリオは飽きさせない。映像的な演出も凝っていて作品からの発信されるメッセージを考えていると、あっという間にエンディングを迎えてしまう。一点だけ不満があるとすると、それは男性陣へのあまりに攻撃的な姿勢かもしれない。例えばニーナの母親に会ったことで復讐を止めるシーンは、彼女の父親でも成立しただろうし、前述したキャシーの父親についても、彼だけが娘が帰ってこないのは絶対におかしいと、警察に涙ながらに捜索を訴えるという場面でも良いはずだ。実際にレイプに加担した連中以外の男性についても本作は厳しい視線を向け続けるため、もう少し男性へのフラットな視点を入れると、よりこの作品で伝えたかったメッセ―ジであろう、「卑劣な男性」への批判性が強まった気がするのである。


男女によってもかなり感想が変わりそうな為、こういう映画を観て議論するのは楽しいかもしれない。ただ付き合いたてのカップルが観るデートムービーとしてはやや相応しくない気もするので、そこだけは注意が必要だ。実際にアメリカのテスト試写では、鑑賞していた観客どうしが怒鳴り合いの論争になったらしいが、それだけ心が揺さぶられる映画ということだろう。監督エメラルド・フェネルの長編デビュー作とは思えない演出力とストーリーテリングも含めて、大変楽しめる一作だった。

 

 

7.5点(10点満点)