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映画「悪の法則」ネタバレ考察&解説 登場人物の結末を知った二回目の鑑賞から、俄然面白くなるタイプの傑作サスペンス!

「悪の法則」を観た。

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ノーカントリー」などで知られる、ピュリッツァー賞作家のコーマック・マッカーシーが書き下ろしたオリジナル作品を、巨匠リドリー・スコットが豪華キャストで描いた2013年日本公開のサスペンス。レイティングは「R15+」だ。主人公の弁護士役に「スティーブ・ジョブズ」のマイケル・ファスベンダーほか、「ボルベール 帰郷」のペネロペ・クルス、「ナイト&デイ」のキャメロン・ディアス、「ノーカントリー」のハビエル・バルデム、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のブラッド・ピットなどが出演している。久しぶりにブルーレイで観なおしたので、今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:リドリー・スコット

出演:マイケル・ファスベンダーペネロペ・クルスキャメロン・ディアスハビエル・バルデムブラッド・ピット

日本公開:2013年

 

あらすじ

若くハンサムで有能な弁護士(カウンセラー)が、美しいフィアンセとの輝かしい未来のため、出来心から裏社会のビジネスに手を染める。そのことをきっかけに周囲のセレブたちにも危険な事態が及び、虚飾に満ちた彼らの日常が揺るがされていく。

 

 

感想&解説

本作は一回観ただけでは、なかなか"面白さ"が理解しにくいタイプの映画だと思う。主人公がなにか直接的に事件に巻き込まれる描写がなく、”見えない力”によって真綿で首を締められるように追い詰められていくという作品の構造になっている為、特に前半はなにもイベントが起こっていないように見えるからだ。だがその前半部分も、二回目の鑑賞ではテーマに繋がる重要なセリフが目白押しであることに気付き、このあたりは流石コーマック・マッカーシーによる脚本だと唸らされる。冒頭はマイケル・ファスベンダー演じる弁護士が、ペネロペ・クルス演じる恋人ローラと幸せな時間を送っている。だが、ハビエル・バルデム演じるライナーが投資している麻薬ビジネスに参入したこと、さらに彼が弁護士として保釈した男が偶然にも運び屋だったことから、ブラッド・ピット演じる仲介人のウェストリーの運命も含めて、彼らの人生は大きく変わっていくことになる。

まず序盤、主人公の弁護士がダイヤモンドの婚約指輪を買うシーンから、このキャラクター設定において特徴的なセリフが交わされる。ユダヤ人の宝石商から、ダイヤモンドの”永遠性”や”不死への願い”といった”うんちく”を聞き、想像よりも高価な指輪を薦められながらも、弁護士は実際には”ダイヤの価値”が判別できない。よって石の「評価」ばかりを気にして、宝石商の言うがままを信じるというシーンだが、この場面からも主人公が、”プライドは高いが、流されやすく強い意思のない人間”だという事がうっすらと描かれる。だが実際にダイヤをプレゼントされたローラは、キャメロン・ディアス演じるマルキナにダイヤの価値を聞かれても「値段には興味がない」とはっきり答えるのだ。このシーンからも弁護士とローラの”人間性”の違いが明確に表れている。また冒頭の二人のベッドシーンからも、弁護士は自信家でありいつも物事をコントロールできる立場なのだという”傲慢さ”を感じるが、ローラはそれらの彼の行動に対して従順に従い、受け入れる女性なのだと描かれる。だからこそ、弁護士はローラに対して強く惹かれるのだろう。

 

更に続く、最初のパーティシーンにおける弁護士とライナーの会話はとくに重要で、すでに本作のテーマがはっきりと語られている。ライナーは麻薬ビジネスに参画しようとする弁護士に対して、「きっとこの先、道徳的決断に突然迫られ、そしてそれは予測できない」という意味のセリフを言う。さらに「ボリート」という一度作動したら、絶対に止める方法がない”死の首輪”の話をするのだが、この「ボリート」の仕組みは、この”世界”と同じだと言うのだ。これは”気付かないうちに事態は最悪の方向に向かい、動き出したらもう止めることは出来ない”という、この映画のストーリーそのものを表している。そして愛する女性に贈ったダイヤモンドのため、ふと思いつきのように犯罪に手を染めてしまった男が、地獄へ転がっていく映画なのだと宣言をしているのである。

 

ハビエル・バルデム演じるライナーは、口癖のように何度も「よくわからない」という。これは彼はこの世界の歯車のひとつで、この世界自体がどうなっているのか?が解らない人物だということを表している。彼の部屋には男らしさの象徴ともいえる「スティーブ・マックイーン」のポスターが貼ってあり、ライナーの語るエピソードのほとんどがセックスにまつわる話ばかりである事からも、彼の”マチズモ”もしくは” マッチョイズム”への憧れが表現されているが、むしろ彼は徹底的にキャメロン・ディアス演じるマルキナの手の中で転がされており、このギャップが面白い。本作におけるライナーは、マルキナに利用されるだけされて「最後まで何も解らない」まま、事態に巻き込まれ死んでいくだけのキャラクターなのである。そういう意味では、弁護士とほぼ同じ立ち位置のキャラクターであると言えるだろう。

 

逆にブラッド・ピット演じる仲介人のウェストリーは、とても重要な役だ。彼は弁護士に何度も「警告」を発する。この「警告」という言葉は、弁護士がダイヤモンドを買うシーンでも宝石商の口から登場する、本作において非常に重要なワードだが、そのウェストリーが「俺はすべてを見てきた、世の中はクソだらけだ」と言い放つセリフがある。これは先ほどのライナーとは違い、麻薬ビジネスの仲介人として、裏社会とメキシコカルテルの恐ろしさを”理解”しており、経験を積んだ百戦錬磨の男であることを表現している。特に彼が話す残酷な「殺人(スナッフ)映画」の話は、弁護士の恋人ローラの運命にまつわる重要な伏線になっているし、彼の「キリストはなぜメキシコに降臨しなかったか?それは処女と賢者がいなかったからさ」というセリフは、メキシコ麻薬カルテルの恐ろしさを言い表していると思うが、結局そのウェストリーですらも、やはりこの裏社会の歯車のひとつであり、「ボリート」によって首を切られて命を落とすことで、”動き出したら止められない世界”の残酷さを描いている。

 

そして本作のキャメロン・ディアス演じるマルキナは、彼女史上最高のヴィランだ。ライナーもウェストリーも揃って、マルキナのことを「心が読めない」と言っていたが、"車とファックした"というエピソードやチータを飼っているという破天荒さなど、彼女にまつわるキャラクター設定は面白く、他のキャラと比べても突出している。チーターに野ウサギを狩りさせて、それを双眼鏡で観察する序盤のシーンは、本作における彼女の”ポジション”を最初から表現しているが、一緒にいるライナーに「冷たい女だ」と評されると、「真実には温度などない」と切り返すシーンがある。ここからも彼女が、誰かに同情したり感情に流されたりといった、いわゆる普通の人間ではないと描かれている。ライナーのセリフ通り、いつも「想像を超えていて、すべて知っていて、恐怖を感じる存在」なのだ。本作において、メキシコカルテルの麻薬を盗もうとする黒幕は彼女なのだが、最終的にはカルテルの放った殺し屋たちによってそれは取り返されてしまい、死者の数は増えることになる。それでも彼女は香港に逃げると言い放ち、挙げ句の果てに本作ラストのセリフは、「お腹が空いたわ」なのである。マルキナはどこまでもハンターで、他の男性キャラクターとは格が違うのである。

 

 

とにかく本作は、メキシコカルテルにおける麻薬ビジネスは、パーツであり歯車の集積であると繰り返し描く。麻薬を運ぶ下水処理会社のトラックドライバーも、トラブルにあった時の車の修理工場のスタッフも、麻薬を取り出す施設にいるジョン・レグイザモたちも、全員が淡々と自分の役割をこなしているだけだ。そこに犯罪への罪悪感や人が死ぬことへの後悔など微塵もない。だからこそどんなに残酷なことも、"歯車のひとつ"として全うできる訳だ。そして、この組織はその歯車が噛み合わなくなれば躊躇なく排除する。この仕組みをもっとも表現した邦題として、本作は「悪の法則」というタイトルが付いているのだろう。映画の中盤には、あれよあれよと「もう逃げられない、打つ手はない」と弁護士は全員からサジを投げられ、どうする事も出来なくなる。恋人を拉致されてもただ泣きながら、彼はこの事態に身を任せるしかなくなるのだ。

 

映画の終盤に主人公は、同業者のエルナンデスという弁護士から、「行為が結果に繋がり、それによって違う世界が広がる。初めて知るそれらの世界も、実は前から存在していた。結果を受け入れるだけ。選択はずっと前に行われていた。」と電話で諭されるシーンがある。そういう意味で、この作品のテーマは「劇場映画」そのものだ。オープニングからエンドクレジットまで映画館のシートに座ってしまったら、観客として映画の展開は決して変えられないし、止められない。本作はコーマック・マッカーシーが初めて手がけた映画用の脚本だが、メキシコカルテルという「世界の闇」を描きながらも、まるで映画体験そのもののような作品を描いているのは興味深かった。リドリー・スコット監督の鮮烈なビジュアルイメージと俳優たちの名演によって、今後も全く古びる要素のない傑作に仕上がっていると思う。

 

 

8.5点(10点満点)