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映画「竜とそばかすの姫」ネタバレ考察&解説 脚本はトンデモ展開だらけだが、キャラクターは魅力的で最後は泣ける作品!

「竜とそばかすの姫」を観た。

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サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」の細田守監督が、「未来のミライ」以来三年ぶりに公開するオリジナル長編アニメーション。細田監督が独立して立ち上げた「スタジオ地図」としては、6本目の作品になる。主人公すず&ベル役はシンガーソングライターとして活動する中村佳穂。彼女は劇中歌の歌唱も務めている。またタイトルにもなっている「竜」には佐藤健、他にも成田凌染谷将太玉城ティナなど豪華タレント陣が声の出演を行っている。さらにメインテーマの作詞/作曲は「King Gnu」の常田大希が手掛け、ベルのデザインを「アナと雪の女王」のジン・キムが担当するなど、国内外の一流クリエイターが参加した作品だ。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:細田守

出演:中村佳穂、成田凌染谷将太玉城ティナ佐藤健

日本公開:2021年

 

あらすじ

高知県の自然豊かな田舎町。17歳の女子高生すずは幼い頃に母を事故で亡くし、父と2人で暮らしている。母と一緒に歌うことが大好きだった彼女は、母の死をきっかけに歌うことができなくなり、現実の世界に心を閉ざすようになっていた。ある日、友人に誘われ全世界で50億人以上が集う仮想世界「U(ユー)」に参加することになったすずは、「ベル」というアバターで「U」の世界に足を踏み入れる。仮想世界では自然と歌うことができ、自作の歌を披露するうちにベルは世界中から注目される存在となっていく。そんな彼女の前に「U」の世界で恐れられている竜の姿をした謎の存在が現れる。

 

 

パンフレット

価格820円、表1表4込みで全38p構成

横型オールカラー。細田守監督、作画監督青山浩行氏、CG監督の山下高明氏、メインテーマ担当の常田大希氏、主演の中村佳穂、佐藤健などのインタビューが掲載されている。パンフレットとしてはクオリティが高く、読み応えがある。

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感想&解説

インターネットの仮想世界を舞台にした細田守監督作品といえば、2000年「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」と2009年「サマーウォーズ」が有名だが、細田作品は昔からインターネットに対してポジティブな視線を注いできた作品が多い。インターネットの流れは速いので「サマーウォーズ」と本作「竜とそばかすの姫」での扱い方が違うのは当然だが、監督自身も過去作が非難された体験や昨今の風潮などから、本作ではネットの持つネガティブな部分を描かれていたのは興味深い。特に本作は「U(ユー)」という50億人以上が集う仮想空間がストーリー上の大きな舞台になっており、そこで”歌姫”として絶大な人気を獲得する女子高生が主人公のため、ネットでの誹謗中傷といった描写は避けて通れなかったのかもしれない。


前作「未来のミライ」が個人的に全く好きになれない作品だった為、正直に言って本作の出来にもほとんど半信半疑だった。そしてそれは"半分"的中し、特に序盤から中盤までの展開には、もう自分は細田作品を楽しめない感性になってしまったのだろうと、なかば諦めながら鑑賞したくらいだ。ちなみになぜ"半分"なのかは後述したい。まず映画の冒頭で、女子高生の「すず」が高知の田舎町で地味な生活を送っていることが描かれる。しかも、雨で増水した河で他人の子供を助けたことによる水難事故で母親を亡くしており、今は父親と二人暮らしだが父には心を閉ざしてしまっている。昔は母親と一緒に音楽を楽しみアプリで曲を作ることが生きがいだったが、今は歌を歌うと吐いてしまうほどになっていた。だが親友のヒロちゃんに誘われ、「U」というネットの仮想世界に参加することにより彼女に大きな転機が訪れる。


「U」の中では「As(アズ)」と呼ばれるアバターで活動するのだが、すずは「ベル」という分身を作り、「U」の中でオリジナル曲を歌ってみる。するとそれが瞬く間に大評判になり、「ベル」は歌姫として世界中の注目を集めるような存在になる。相変わらず実生活では、気になる幼馴染の男子「しのぶくん」とろくに会話もできず地味な生活を送るすずだが、ネットの世界では数億もの人が注目するライブを行うほどになっていた。だが、そのライブの最中に「竜」と呼ばれるモンスターの「As」が現れ、ネットの正義を司る自警集団であるジャスティンと戦闘になる。竜が大暴れしたためライブは中止になるが、ベルは竜の存在が気になり彼の行方を追い始める。


この序盤での展開から、なぜいきなり「ベル」が日本語のオリジナル曲を1曲歌っただけで、これほど世界中で「歌姫」として人気になるのか?がまったく描かれていない。「As」と呼ばれるアバターが、学校で一番人気のルカちゃんに似ているという説明があるのだが、この理由ではないだろう。この「U」の世界の中では、他に音楽を発表しているアーティストがどの程度いるのか?、その他のアーティストとは何が違ったから、彼女がこれほどの人気になったのか?の理由がなく、いきなり次の日にはネット上のスターとして人気を博しているのは、さすがに納得しがたい。しかも彼女は、この「U」に存在するほとんど全員が注目するほど、”特別なアーティスト”という存在なのだ。この表現のせいで、この「U」というネットの世界が極端に小さなものに感じられてしまう。もちろん常田大希が手掛けた楽曲自体のクオリティは高いし、そこに文句がある訳ではないのだが、そもそも音楽とは好き嫌いがはっきりと分かれ嗜好性が強いものなので、こういう「絶対的な力」を表現させるのは映画では違和感があるのだ。


また、なぜベルがこの竜にいきなり執着し始めたのか?もよく理解ができない。自分のライブに現れ台無しにしたことにより、ネット上で叩かれまくる竜に感情移入して、彼の居所を「U」の中で探し始める展開には思わず首を捻ってしまった。監督自ら1991年のディズニーアニメ「美女と野獣」の大ファンだと明言しているくらいなので、この「ベル」というネーミングも含めてオマージュのシーンをやりたかったんだろうというのは理解できるが、本作のストーリー展開は全体に強引すぎて、とても練られているとは言い難い。そもそもこの「U」という仮想世界自体がVRを通り越した”なんでもあり過ぎる”世界なので、本作はどれくらい未来の話なのだろうか?とノイズになってしまう。もっともこれは「サマーウォーズ」にも感じたことではあるのだが。


ここからネタバレになるが、仮想空間の中で竜の城にたどり着いたベルは、「あなたは誰なの?」と問いかけ傷を癒そうとするが、竜はそれを拒む。その後、再び現れた自警団により竜の城は焼かれ、すずは竜の正体を50億のアカウントの中から探そうとする。数ある動画の中からベルの歌をヒントにしつつも、竜のファンであるという少年の存在が浮かびあがり、彼の兄がシングルファーザーの父親に虐待を受けている14歳の少年で、親の暴力から弟を守っていること、さらに彼自身が竜の正体である事を突き止める。その凄惨な暴力を画面ごしに観たすずは少年に声をかけるが、周りの人間が信用できないうえにベルの正体を知らない少年は、そのままPCの回線を切ってしまう。


何故か、ベルの正体がすずであることを見抜いていた周囲の仲間たちの協力と共に、少年の信用を得るため「U」の大観衆を前に自ら正体を明かしたすずは、女子高生の姿で歌い始める。するとその歌声に感動した人々が歌の力によって一体となっていき、竜とベルを迫害しようとしていた自警集団のジャスティンも追いやられていく。そして、すずがベル本人だと感じた少年はもう一度PCの回線を繋ぐが、それを父親に見つかり居場所を言う前に強引に切られてしまう。兄弟の居場所を限定するために、知恵をしぼる仲間たち。そして映像からの音声と記憶力を駆使し、兄弟が東京に住んでいることを突き止めたすずは高知から東京へ向かう。その道中、すずは自分の父親に連絡しお互い気持ちを伝えあう。そして少年たちの住む場所にたどり着いたすずは、兄弟と出会うことに成功し、そこで暴力父親と対峙する。だが彼が振り上げた拳に対して一歩も退かず兄弟を守り切り、すずと兄弟は抱き合って喜び合う。そして地元の高知に帰ってきたすずを父親が駅で待っていてひさしぶりに和解、幼馴染のしのぶとの仲も上手くいきそうな事を予感させて映画は終わる。

 

 


この中盤以降の展開も、正直ツッコミどころだらけだ。ベルの正体を突然見破るしのぶくんや合唱団のおばちゃんたち。仮想世界の中でなぜか執拗に竜の正体を聞き出そうとするベルは、いったい何がしたかったのかもよくわからない。50億のアカウントから一人を見つける方法も全く納得出来ないし、すずが歌いだすと「U」にいる面々が全員感動して涙を流すシーンの異様さ。おまけにPCカメラの向こうで流れる音楽と2棟のビルが並んでいる映像だけで、東京の正確な住所まで解ってしまう展開。これらは、ほとんどトンデモ映画の領域だろう。自警集団であるジャスティスという集団は、ネットで正論を振りかざす人たちの象徴なのだろうが、前作「未来のミライ」のネット上での酷評がよほど堪えたのかと邪推してしまうほどで、何かあればすぐ非難したり発言を偽ったりする「U」ユーザーの描き方には監督の悪意を感じたくらいだ。


では、本作は観る価値のない映画なのか?と言われれば、それは「NO」である。ネット世界の描写はまったく感心しなかったのだが、逆にリアル世界でのキャラクターの描きこみは素晴らしく、ここだけでも十分に観る価値のある作品になっていると思う。特に染谷将太が演じているカヌー部のカシミンと、玉城ティナが演じているルカちゃんの二人が抜群に良い。中盤にこの二人による甘酸っぱ過ぎる爆笑シーンがあるのだが、カメラが完全に固定されていて、そこにカシミンがフレームインしたりフレームアウトする事により笑いを生み出している名シーンだ。彼らは普通の高校生らしく、自分が夢中になれることをしながら恋をして、現実をしっかり生きている。その姿が細田監督の演出により本当に瑞々しく描かれていて、本作は”青春映画”としてかなり魅力的なのである。


他にも、合唱部のおばちゃんたちが、すずに「幸せとはなにか?」を聞かれるシーンもコメディタッチなのだが深いセリフだったと思うし、東京に向かう新幹線ですずが父親にメッセージするシーンも、今まで娘のそっけない態度を見せられてきたからこそ、父親の愛情の深さが伝わってくる感涙シーンだった。また兄弟の元にたどり着き暴力父親から彼らを守るシーンは、他人の子供を救うことで死んでいった母親と今の自分の姿がリンクし、母の気持ちが初めて理解できるシーンとなっており、しっかり感動させられると同時に、すずの現実世界での成長も描けている。正直、ネット世界の部分をまるっと削除して、もっと地味な映画になっても良いので、彼らの”青春ストーリー”として本作を蘇らせてほしいくらいだ。細田監督はアニメーションで人間が描ける、日本でも有数の監督だと思う。世間が彼に求めている役割とは違うのかもしれないが、前作「未来のミライ」と本作を観るかぎり、細田監督はもうファンタジー作品ではなく、何気ない日常や恋愛を描くヒューマンドラマなどの方が、演出の才能が活かせるのかもと思ってしまった。


おそらく本作も賛否両論の作品になるだろう。近作の細田守作品は、あまりに良い部分と悪い部分がハッキリしていて、それすらも”作家性”なのかもと思ってしまう。ただ、中村佳穂の歌声は素晴らしく、映像のクオリティも異常なほどに高い。日本のアニメーションの中でも、やはり現在最高峰の作品だとは思う。おそらく次作も三年後になるのだろうが、これだけ色々と文句を書いてきたにも関わらず、次回作もきっと劇場で鑑賞する事になると思う。細田作品には、なぜかそういう魅力があるのは間違いない。本作「竜とそばかすの姫」も、あと一回くらいは劇場で鑑賞するつもりだ。

5.5点(10点満点)