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映画「ジェイコブス・ラダー」ネタバレ感想&解説 聖書からの引用が多く、考察が楽しいタイプのスリラー作品!

ジェイコブス・ラダー」を観た。

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旧約聖書の「ヤコブの梯子」を引用し、ベトナム戦争の悪夢と現実の間で翻弄される男の奇妙な体験を描いたサスペンス・スリラー。1991年日本公開の作品だ。監督は「ナインハーフ」や「危険な情事」のエイドリアン・ライン。主演は「ショーシャンクの空に」「ミスティック・リバー」のティム・ロビンス。また「ホーム・アローン」」公開前のマコーレー・カルキンが息子役で出演しており、素晴らしい演技をみせている。2020年にはまったく同名のリメイク作品が公開となっている。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:エイドリアン・ライン

出演:ティム・ロビンス、エリザベス・ペーニャ、マコーレー・カルキン

日本公開:1991年

 

あらすじ

ニューヨークの郵便局員であるジェイコブは最近夢と現実の区別がつかなくなるほど奇妙な出来事に遭遇していた。疾走する地下鉄に乗る得体の知れない人々。掛かりつけの医者の死亡。自分を轢き殺そうとした車に乗る異様な人物。そしてベトナムの悪夢や幻覚までもが見え始め、その勢いは加速度的に、日々度合いを増すばかりだった。そんな時、ベトナム時代の戦友から電話が入るが相手は何かに怯えているような様子だった。

 

感想&解説

久しぶりの鑑賞だったが考察の幅がある、とても面白い作品だった。「ジェイコブ」はヘブライ語の「ヤコブ」の英語読みで、「ラダー」は階段やはしごを意味するので、この映画のタイトルはずばり旧約聖書ヤコブの梯子」のことだ。創世記でヤコブが夢に見た天使が登ったり降りたりする、”天から地まで至る階段”を表している。キリスト教の葬儀時に歌われる讃美歌「主よみもとに近づかん」は、失意のヤコブが石を枕に眠っている時に見た夢で、キリストはいつでも寄り添ってくれるという信頼を表現していると言われ、映画「タイタニック」でも沈んでいく船の上で、弦楽四重奏団が自分たちの死を覚悟し最後に演奏していた楽曲でもある。あの有名な「フランダースの犬」のパトラッシュとネロが死んでいく感涙のラストシーンでも流れるので、知名度は高いだろう。本作はこのタイトル自体が、すでに死を連想させる題名であり、ネタバレしているとも言える。


冒頭、ベトナム戦争に従軍しているジェイコブが何者かに銃剣で腹を刺されたと思ったら、場面が変わり地下鉄で目を覚ます。その時に彼が持っている本は「The Stranger Albert Camus」だ。邦題は「異邦人」といい、フランスの作家アルバートカミュによる1942年発刊の作品で、「きょう、ママンが死んだ。」という冒頭の一行が有名な作品だ。母親が死んだにも関わらず感情に流されることなくセックスに耽る主人公ルソーが、ある日殺人を犯すのだが、その理由が「太陽が眩しかったからだ」と答え、死刑を言い渡されるというプロットである。この小説は、「ジェイコブス・ラダー」の中で冒頭の地下鉄のシーンだけではなく、主人公ジェイコブの机の引き出しの中でもタイトルが大写しになるので、監督としては意図があるのだろう。確かに「異邦人」における不条理なルソーの行動と、「ジェイコブス・ラダー」における「死の匂い」と「悪魔の存在」を表現する場面は、リンクを感じる部分も多いと感じる。


このジェイコブが目を覚めしたニューヨークの地下鉄のシーンから、もう「ここは、この世ならぬ世界なのだ」という伏線が張り巡らされていて、二回観ると実は解りやすい映画だ。地下鉄の座席で寝そべるホームレスには不気味な尻尾があるし、線路に向かってくる列車には大勢の顔の無い人たちが窓に貼りついている。その後、宗教的な名前はキライだという恋人ジュゼベルが登場するが、「ジュゼベル」のヘブライ語表記である「イゼベル」は「ヨハネの黙示録」には”淫婦”として記されている。またジェイコブが絶対の信頼をよせる矯正師ルイが、「ケルビムみたいだ」と言われるシーンがあるが、ケルビムは神のすぐ直下に座していると言われる位の高い天使「智天使」のことだ。このように本作には至るところに、「神と悪魔」「生と死」といったキリスト教的なモチーフが表現されている。


その後も病院にいけば、看護師のナース帽の下には「悪魔の角」が見て取れるし、恋人と参加しているパーティーでは、冷蔵庫の中にヤギの頭を見つけたり突然カラスが飛び交ったり、挙句の果てにジュゼベルが悪魔にレイプされそうになったりする。そして決定的なシーンとして黒人女性に手相を見てもらうシーンでは、生命線が途切れていて「あなたはもう死んでるわ」と言われるのだ。その後また場面は変わり、ベトナム戦争のジャングルのシーンでアメリカ軍の仲間が腹を刺されたジェイコブを見て、「腸がはみ出してる、押し込もう」というセリフを交わす。ここからネタバレになるが、この映画はミスリードとしてベトナム戦争から帰ってきたジェイコブがそのPTSDの結果として、さまざなま悪夢を観ているという描写を重ねていくのだが、そうではないことがラストシーンで解る仕掛けになっている。実はニューヨークで行われるシーンのすべては、腹を刺されて死に向かっているジェイコブが観ている幻覚であり夢なのだ。恋人のジュゼベルでさえ、彼の性的な妄想の産物なのである。


高熱を出したジェイコブを恋人ジュゼベルが氷風呂に浸けて押え込み、「凍えそうだ」と訴える彼に氷をぶちまけるシーンは、実際の彼が死に向かっていることにより急速に体温が低下していることを表しているし、また離婚した元妻サラの間にいる息子ゲイブが夜中に「寒い」と訴えるシーンも、彼がもう死んでいることへの伏線として描かれている。この映画において、恋人ジュゼベルと元妻サラとの会話シーンが交互に出てくるのも混乱する要因なのだが、すべてが夢なのだと思えば納得する。このマコーレー・カルキンが演じる息子ゲイブの事故死は、目の前で彼を死なせてしまったというジェイコブにとっての大きな後悔であり哀しみとなっているので、ラストシーンでも大きな役割を果たすことになる。


その後のベトナム戦争で戦った仲間が、悪魔の存在に悩みながらも、車で突然爆死するシーンがあり、ジェイコブが政府の公用車で拉致されたあと、病院のストレッチャーに乗せられ血だらけで肉塊が転がる廊下を進み、「目のない医師」に注射されるシーンなどは完全にホラー映画のような演出になる。特にホラーゲームのシリーズ「サイレントヒル」を思い出したが、おそらく本作からは大きな影響を受けているだろう。この場面における禍々しいビジュアルイメージは素晴らしく、間違いなく本作の白眉シーンだと思う。その後、ケルビムだと評された矯正師ルイにより助け出されたジェイコブは、彼に「冷静に死を受け止めれば、悪魔は天使となり人間を地上から解放する」と諭される。ルイはもう死を受け入れる時だと言っているのだ。そして自分の足でジェイコブを立たせると「ハレルヤ」と言い、彼を送り出す。本作におけるルイは天使そのものの役回りなのである。


ラストシーン、ジェイコブはサラたちと暮らしたブルックリンのマンションを目指し、そこで死んだはずの息子ゲイブと再会する。ゲイブはジェイコブを優しく抱きしめ、「大丈夫だよ、もう上に行こう」と彼の手を引き、暖かな光があたる階段「ヤコブの梯子=ジェイコブスラダー」を昇っていく。そして再びシーンが変わり、ベトナム戦争野戦病院の軍医たちは死んだジェイコブの安らかな顔を見て、テントの外に出ていくシーンで映画は終わる。エンドクレジットにて、アメリカ軍による幻覚剤の使用が仄めかされるが、ジェイコブが夢の中で薬物の製造者から語られる「あの晩に闘ったのはベトナム兵じゃない、幻覚剤による同士討ちだったのだ」というセリフと自分の腹を刺したのはアメリカ兵だったというシーンは、そもそもベトナム戦争自体が「何と戦っているのかわからなかった」という、戦争そのものへの作り手の痛烈な批判を感じる。


30年前の作品になるが、映画の完成度やメッセージなどかなり見応えのある作品だと思う。2020年のリメイク版も一応鑑賞してみたが、キャラクターの設定が大きく変わっているし、禍々しいビジュアルイメージも薄めで、正直オリジナルの方が圧倒的に良い出来だろう。ティム・ロビンスマコーレー・カルキンの演技も素晴らしく、間違いなくエイドリアン・ライン監督の代表作のひとつだと思う。90年代を代表するスリラー映画として、観ておいて損は無い作品だ。

8.0点(10点満点)