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映画「偽りなき者」ネタバレ感想&解説 エンディングの切れ味も最高!思わず引き込まれる社会派ヒューマンドラマ!

「偽りなき者」を観た。

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新作「アナザーラウンド」がいよいよ日本公開になる、デンマークの名匠トマス・ヴィンターベア監督の2013年日本公開作品。「007 カジノ・ロワイヤル」やTVシリーズハンニバル」で有名なマッツ・ミケルセンを主演に迎えた、社会派ヒューマンドラマだ。幼稚園で働く男があるきっかけで変質者の烙印を押されてしまった為、自らの尊厳を守り抜くため苦闘する姿を描く。第65回カンヌ国際映画祭では「最優秀男優賞」などの3冠に輝いたほか、第86回アカデミー賞でも外国語映画賞にノミネートされており、トマス・ビンターベア監督の名声を確かなものにした一作だ。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:トマス・ヴィンターベア

出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ビタコプ

日本公開:2013年

 

あらすじ

離婚後、息子と離れ離れになった為に傷心しながらも幼稚園で堅実に働くルーカス。だがある日、親友テオの娘クララの作り話がもとで変質者の烙印を押されてしまう。なんとか身の潔白を証明しようとするが、誰も耳を傾けてくれず仕事も親友もすべてを失ってしまった彼に対し、周囲から向けられる侮蔑や憎悪の眼差しは日に日に増していく。それでもルーカスは無実を訴え続けていく。

 

感想&解説

第93回アカデミー国際長編映画賞を受賞したデンマーク映画「アナザーラウンド」が、2021年9月に日本公開されるので、その前に2013年に公開された「偽りなき者」をAmazonプライムで鑑賞した。監督はトマス・ヴィンターベア。デンマークの映画運動体「ドグマ95」にラース・フォン・トリアーと共に創設メンバーとして関わり、98年の長編デビュー作「セレブレーション」でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した監督だ。本作「偽りなき者」は第86回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、再度マッツ・ミケルセンとタッグを組んだ「アナザーラウンド」では、ついに第93回アカデミー賞の国際長編映画賞を獲得している。


今回「偽りなき者」を観て、そのストーリーテリングの上手さに圧倒された。決して楽しい内容の作品ではないのだが、マッツ・ミケルセン演じる主人公ルーカスの心情に完全に感情移入してしまい、彼の運命が気になって仕方がなくなる。これこそ、優れた映画脚本なのだろう。ただ精神的にかなり追い詰められる展開になるので、体調の良い時に観たほうがいいかもしれない。デンマークの田舎町で起こる”この事件”は決して他人事ではなく、日本で暮らしている自分の身にもいつ降りかかってくるか分からない恐怖がある。それは突然、無罪の罪に問われるが周りの人間は誰も自分を信じてくれず、”過剰な正義感”と”集団ヒステリー”によって糾弾されたり暴力を振るわれるという恐怖だ。だからこそ鑑賞後には、「自分が主人公だったらどう行動しただろう?」などと深く思考させられるのだ。


ストーリーとしては以下だ。舞台はデンマークの小さな町。幼稚園の教師として勤務する主人公ルーカスは、離婚した妻との間に息子のマルクスがいるが、今後ついに彼と一緒に暮らせることが決まり、小さな幸せを感じていた。ある日ルーカスは、親友テオの娘であり幼稚園の生徒でもあるクララから唇にキスされ、それを注意すると同時に彼女からのプレゼントを拒んでしまう。そのことに腹を立てたクララはルーカスを避けるようになり、クララの兄が自分に見せてきたポルノ写真をヒントに、ルーカスが自分に性器を見せてきたという「性的虐待」の嘘を園長に話す。クララは軽い気持ちで嘘をついたのだが、「子供がそんな嘘を付くはずがない」という思い込みから園長はそのことを真に受けてしまい、保護者会にてその話を父兄に語ってしまう。


閉鎖的な田舎町であることから、そのウワサは瞬く間に広まり、ルーカスは町中の人たちから「変質者」として壮絶ないじめを受けはじめ、クララの父親である親友テオもルーカスを信じきれずに葛藤する。クララは母親に自分はルーカスに何もされておらず嘘を言ったのだと打ち明けるが、母親はクララにとってあまりに辛い現実だから、「実際は起こってない事実」だと思い込もうとしていると勝手に解釈し、聞く耳を持たない。この事件が原因でルーカスは息子マルクスと一緒に暮らせなくなり、さらに幼稚園の仕事も無くしてしまう。一度は警察に逮捕されるが証拠不十分のため釈放されたルーカスは、必死に自分の潔白を訴え周囲の理解を得ようとするが、それでも自分を変質者として糾弾する町の住人からの攻撃は止まらない。父親を信じる息子のマルクスにさえ人々はきつく当たり、ルーカスはスーパーで食料の販売を拒否されたうえに殴られ、遂には飼い犬さえも殺されたりとルーカス親子はあまりに理不尽な暴力にさらされる。


そしてクリスマスイヴ。教会では村人が集まってミサが行われていた。ここからネタバレになるが、そこに憔悴したルーカスが訪れ、テオに向かって「俺の目を見てみろ」「もう俺を苦しめるな」と訴え、周りの村人に教会の外に連れ出される。だが、そのルーカスの様子と彼の目を見たテオはルーカスの無実を感じ、彼の家に酒と食料を持っていき和解する。一年後、猟銃の免許を取得したマルクスを祝してパーティーが催されている。そこには町の人達も大勢集まり、笑顔でルーカスとマルクスを祝福していた。クララとルーカスも改めて笑顔を交わす。翌朝、ルーカスはマルクスと狩りに出かけ、ひとりで獲物を待っていた。すると突然自分を狙った発砲音が鳴り響き、ルーカスは間一髪でしゃがみ込む。そして、その発砲音の方向に目を向けると、逆光の光の中で「誰か」がいるのが見えて、この映画は終わる。


ハッピーエンドだと思わせておいて、このラストの展開には正直違和感が残る。ただ普通に観れば誰かが本当にルーカスに発砲し、彼の命を狙ったという解釈がもっとも一般的だろう。それは息子のマルクスではありえない為、まだルーカスを疑っている村人の誰かだという事になるのだろうが、すでに本人のクララも父親テオとも和解しているうえで、まだ彼の命まで狙おうとする人物が存在するだろうか??と考えたときに、個人的にこのラストシーンは、ルーカスの「深層心理」を描いた場面ではないかと思った。彼がひとりきりでいるシーンである事からも、これは実際に撃たれたという事ではなく、これからも、この世の中にはいきなり狙撃されるように、突然降って湧いたような危険があり得るのだという、彼の心の中を描いた「映画的な飛躍」の場面だと感じたのである。表面上は穏やかにふるまっているが、あれほどの極限状態に置かれた彼の心の傷はまだ癒えていない事を示すシーンであり、それと同時に監督から観客への警告の場面でもあると思ったのだ。もちろん、これはひとつの解釈なのだが、このエンディングのインパクトは、本作の印象に大きな影響があると思う。


幼稚園の園長はもっと事実関係を確認すべき立場だろうとか、ルーカスは最初に疑われ始めたときにもっと必死に潔白を訴えるべきだとか、子供とはいえ女の子の好意を無下にすると後が怖いとか、映画を観ながら思う場面はたくさんある。少女であるクララも、喧嘩ばかりしていた両親がこの事件を境に協力しあい、「自分を守ってくれる存在」となったため、そんな親の姿を見ていると子供ごころに真実を伝えられなくなったのだろうとか、親友の証言と今まで嘘を付いたことがない娘の言い分の間で揺れるテオの描写など、ルーカスを取り巻く人間関係もよく描かれているため、これだけ緊張感が途切れず作品に引き込まれるのだろう。マッツ・ミケルセンの演技も非常に見ごたえがあり、あの端正な顔が傷だらけになって苦痛にゆがむ姿は、痛々しくも見入ってしまう魅力がある。


結論、とてもパワフルな社会派ドラマだった本作。「楽しい娯楽作品」ではないが、観て損はない一作だと思う。ただ現在はブルーレイ未発売のうえに「Amazonプライム」の無料作品にはなっていないし、「ネットフリックス」や「UーNEXT」にも配信されていないため、やや観づらい作品になっているのが難点だ。監督の新作「アナザーラウンド」が公開になるタイミングで、もっと本作のオンデマンド配信が広がることを願いたい。本作を観て、デンマークの名匠トマス・ヴィンターベアの過去作品に興味が湧いたのでぜひ鑑賞してみたいと思っているが、今はまず9月劇場公開の「アナザーラウンド」には期待したい。

8.5点(10点満点)