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映画「最後の決闘裁判」ネタバレ考察&解説 3人の視点を通して浮かび上がるのは、現代にも通用する痛烈なメッセージ!

「最後の決闘裁判」を観た。

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巨匠リドリー・スコット監督による、2018年「ゲティ家の身代金」以来の劇場公開作。今回は史実を元にした歴史ミステリーだ。脚本はアカデミー脚本賞を受賞した「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」以来のタッグとなる、マット・デイモンベン・アフレックと女性脚本家のニコール・ホロフセナー。1386年の中世フランスを舞台に中心人物3人の視点から、ある強姦事件とそれによる「最後の決闘裁判」までの顛末を描いている。主演は「ジェイソン・ボーン」「オデッセイ」のマット・デイモン、「スター・ウォーズ」新3部作のアダム・ドライバー、「フリー・ガイ」のジョディ・カマーの3名の他に「ゴーン・ガール」のベン・アフレックらが出演している。上映時間は153分と長めだが、まったく飽きさせないリドリー・スコットらしい重厚な作品に仕上がっていた。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。


監督:リドリー・スコット

出演:マット・デイモンアダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック

日本公開:2021年

 

あらすじ

騎士カルージュの妻マルグリットが、夫の旧友ル・グリに乱暴されたと訴えるが、目撃者もおらずル・グリは無実を主張。真実の行方は、カルージュとル・グリによる生死を懸けた「決闘裁判」に委ねられる。勝者は正義と栄光を手に入れ、敗者は罪人として死罪になる。そしてもし夫が負ければ、マルグリットも偽証の罪で火あぶりの刑を受けることになる。果たしてカルージュとル・グリ、どちらが裁かれることになるのだろうか?

 

 

感想&解説

リドリー・スコット監督の尽きない創作意欲には、驚かされる。1977年のデビュー作「デュエリスト/決闘者」から、80歳を越えてもこれだけ第一線で走り続け毎作クオリティの落ちないハリウッド監督は稀だろう。本作「最後の決闘裁判」は予告編を観た時から、マット・デイモンアダム・ドライバー、ジョディ・カマーという豪華キャストに加えて、グラディエーター」を彷彿させる久しぶりの”甲冑モノ”かと楽しみにしていたが、実際には1950年公開「羅生門」のようなミステリー映画であった。羅生門」は、ある侍の殺害事件に立ち会った目撃者たちの食い違った証言と視点を映像化することで、それぞれの見栄や虚栄を表現していくという黒澤明監督作でも屈指の名作だったが、まさに本作にもその手法が取り入れられている。実際に脚本を担当したマット・デイモンは、リドリー・スコットに対して「羅生門」からの影響を語っていたらしいが、これが本作ではかなり成功しており、”映画的”で現代的テーマの作品になっているのが素晴らしい。

映画の冒頭、決戦をこれから迎えるであろうマット・デイモンアダム・ドライバーが演じる二人の男たちが戦闘用の甲冑を着る姿と並行して、ジョディ・カマー演じる女性が”黒の正装”に着替えている姿が描かれる。この描写により、これから起こる戦いは男たちだけのものではなく、この女性も含めた「3人の戦い」であることを、一切のセリフなく描いていく場面から上手い。冒頭から本作の主要人物たちが明確に提示されるのだ。それから「第1章」としてマット・デイモンが演じる、騎士カルージュの視点から映画は語られていく。本作は大きく三部構成になっており、「第2章」はアダム・ドライバー演じるル・グリの視点、そして最後はジョディ・カマー演じるカルージュの妻であるマルグリットの視点を通して、「マグリットの強姦事件」の真相が語られていくというスタイルが取られている。よって章を通して同じシーンが何度も描かれるのだが、これが「誰の視点なのか?」によって描かれ方が変わり、この差を比べながら鑑賞する事でテーマが浮かび上がる作品になっているのだ。


作品の大きな流れとしては、フランス百年戦争の中、カルージュとル・グリが親友として戦場で戦っているシーンから始まるが、時の王様であるシャルル6世の従兄である「ピエール伯爵」を巡る確執から、徐々に険悪になっていく二人の姿が描かれる。ピエール伯爵はル・グリには全幅の信頼を置いているが、カルージュの事は快く思っていなかったのだ。その後、祖国の裏切り者と称された公爵の娘マルグリットと結婚したカルージュだが、義父の税金の滞納により結婚の持参金としての土地を、ピエールとル・グリによって横取りされた事から訴えを起こし、さらに彼らの間に亀裂を生んでしまう。そして決定的な出来事として、カルージュの父の死によって「長官」としての地位を約束されていたカルージュに対して、「自分を訴えた」という理由からピエールはル・グリを次期長官に指名する。その事によりカルージュの怒りは頂点に達し、ついに彼らは断絶してしまう。

 

 


それから一年後、仲間の従騎士の家で行われるパーティーの誘いがカルージュに届き、夫婦で出席したことでカルージュはル・グリとの再会を果たす。周りが固唾を飲んで見守る中、マグリットの機転もあり二人は再び握手を交わす。だがここでル・グリはカルージュの妻であるマルグリットに対し、恋愛感情を抱いてしまう。その後、カルージュはスコットランドに遠征し騎士の称号を得るが、思った戦果は上がらず仲間の多くを失い失意の元に帰国する。だがそこで目撃したピエールとル・グリの自堕落な生活に対して、カルージュは思わず罵りの言葉をぶちまけてしまう。その後、カルージュは一人でパリに給金をもらいに行くのだが、帰宅すると妻マルグリットの様子がおかしい事に気付き、彼女からル・グリに強姦されたという事実を聞かされる。だが強姦した事を頑なに否定するル・グリに、プライドを引き裂かれたカルージュは国王に直談判する事で、決闘に勝利した方が裁判に勝利できるという「決闘裁判」を申し込む。だがこの戦いに負けると、自分も命を落とすばかりか妻マルグリットも火あぶりで死刑になってしまうのだ。そして、この3人の命をかけた決闘が始まろうとしていた。


基本的には上記のストーリーラインに沿って、カルージュ/ル・グリ/マルグリットのそれぞれ3名の視点から各章が描かれるのだが、同じ場面を描いていても立場によってまったく演出が違うのが面白い。例えばカルージュとル・グリが和解するパーティーの場面で、習わしに従い”誠意を示す友情のキス”をマルグリットがル・グリにするシーンで、カルージュ視点の「第1章」では頬に軽くキスしている位の描写に対して、ル・グリ視点の「第2章」で、二人は明らかに唇にキスをしている。同じキスという行動でもキャラクターの感情によって、これだけ見え方が違うのである。そして本作において「答え合わせ」のようにもっとも真実を描いているのは、タイトルに「Truth」の文字が記載されている「第3章」マルグリットからの視点だ。


そして特におぞましいのは、マルグリットがル・グリに強姦されるシーンにおける二人の描写の違いだろう。「第2章」におけるル・グリの視点では、マルグリットは逃げる時でも何故か”自分から”靴を脱ぎ、まるで追ってくるル・グリを寝室に招くような描写になっている。さらに女好きのル・グリは他の女性にもしていたような、”追いかけっこ”のような調子でマルグリットを拘束するのだが、これがマルグリットの視点である「第3章」では正視に堪えない陰惨なレイプシーンになっているのだ。この演出の違いにより、リドリー・スコットは男女による性暴力の意識の違いを直接的に映像化してみせることに成功している。他のシーンでもル・グリの視点からは、マルグリットはやたらと目を合わせてきてまるで自分に好意があるように描かれていたり、共通の趣味のことで話が弾んだりと、夫ではなく実は自分に興味があると感じているような描写は、ほとんどストーカーのようだ。ただし、この愚かさは決してル・グリに限ったことではないことも描く。


マルグリットの視点から見る夫カルージュも自分のプライドを何より優先し、悪化する妻と姑との関係も放置し、身勝手なセックスで自己満足に浸り、子供が出来ない責任をマルグリット押し付ける。さらに強姦されたことを告白した妻には「なぜ逃げなかった」と詰め寄り、さらに傷ついている彼女を強引に抱こうとする最低な男だと描かれるのだ。「第1章」での「男らしく妻に優しい男」という”自己評価”とはまったく違う側面が見えてくるのである。その後の裁判での「マルグリットが虚偽の証言をしているのでは?」と疑われる一連のシーンもひどい。マルグリットが妊娠していることから、当時は「性的な絶頂に達しないと妊娠しない=レイプによる妊娠は起こらない」という通説があった事と、5年間の結婚生活でマグリットの子供を授からなかった事を理由に、お腹の子がル・グリの子供であるなら、それは合意だったのではないか?と詰問されるシーンには辟易する。とにかく本作に登場する男たちを見ていると、当時の女性たちがどれほど虐げられてきたかが理解できるし、さらに現代の視点から観ると男の自分でも背筋が寒くなってくる。


対してマグリット自身は、夫から自由である時には自分の考えで率先して行動し、物事を自力で解決していける女性であることが描かれる。使用人に対して飼っている雌馬をもっと自由にしてあげてほしいと頼むシーンは、気持ちの上で雌馬と「夫に囚われている自分」を重ね合わせているのだろう。さらに牡馬が発情して雌馬を襲うシーンでは、”雄という生き物”自体の滑稽さを描いていると感じた。強姦により裁判を起こしたことで友人や義母などから嫌がらせを受けるマグリットは、それでも決して自分の主張を曲げずに戦う姿勢を見せる。そして「最後の決闘」で夫カルージュが勝ったことでマグリットの命は助かり、ラストシーンでは息子の成長した姿を見守る穏やかなマグリットの姿が映し出される。その息子の髪の色から、結局妊娠したのは夫カルージュの息子だったという事だろう。さらにカルージュは決闘裁判から数年後に別の戦場で命を失ったこと、マルグリットは二度と結婚しなかったことが字幕によって伝えられ、この153分に亘る映画は終わる。


全体的にグレーのトーンで統一された重厚な画面から、リドリー・スコット監督らしい時代背景が考証されたセットや衣装が表現されていて、これも大きく本作の魅力に繋がっていると思う。またカルージュとル・グリによる終盤の決闘シーンの迫力も凄まじく、中世のリアルな戦闘シーンが堪能できたし、現代にも通じるようなメッセージ性も強く鑑賞後の余韻も深かった。またマット・デイモンアダム・ドライバーはもちろんの事、本作はジョディ・カマーの貢献度がかなり大きいだろう。素晴らしい女優だと思う。こんな傑作をコンスタントに作れるリドリー・スコット映画作家としての底なしの才能には、本当に感服するしかない。なんと来年2022年1月にはあのレディー・ガガを主演に迎え、世界的ファッションブランドを題材にした「ハウス・オブ・グッチ」という新作が日本公開されるらしい。こちらも今から楽しみだ。

 

 

8.0点(10点満点)

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