「マリグナント 狂暴な悪夢」を観た。
「ソウ」や「インシディアス」などの傑作ホラーシリーズを手がけながら、現在は「死霊館」ユニバースという大ヒットシリーズを生み出し、今やホラー映画界の巨匠となりつつあるジェームズ・ワン監督が、原案と製作も兼務しながらオリジナルストーリーで描いたホラー映画。純粋な監督作としては、2019年の「アクアマン」以来の作品となる。出演は「アナベル 死霊館の人形」「ザ・マミー 呪われた砂漠の王女」のアナベル・ウォーリス、「アイ・ソー・ザ・ライト」のマディー・ハッソン、ジョージ・ヤングなど。有名スターに頼らないキャスティングに好感が持てる。さらにレーティングは「R18+」指定という事で、ホラー職人ジェームズ・ワン監督の本気っぷりが感じられる作品だ。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。
監督:ジェームズ・ワン
出演:アナベル・ウォーリス、マディー・ハッソン、ジョージ・ヤング
日本公開:2021年
あらすじ
ある日を境に、目の前で恐ろしい殺人が繰り広げられるのを目撃するという悪夢に苛まれるようになったマディソン。彼女の夢の中で、謎めいた漆黒の殺人鬼が、予測不能な素早い動きと超人的な能力で次々と人を殺していく。やがてマディソンが夢で見た殺人が、現実世界でも起こるようになる。殺人が起きるたび、マディソンはリアルな幻覚かのように殺人現場を疑似体験し、少しずつ自らの秘められた過去に導かれていく。そして邪悪な魔の手がマディソン自身に伸びてきたとき、悪夢の正体が明らかになる。
パンフレット
価格880円、表1表4込みで全20p構成。
横型オールカラー。表1からと表4からだと逆さで読む構成になっており面白い。ジェームズ・ワン監督のインタビュー、映画評論家の尾崎一男氏、映画ライターの相馬学氏のコラム、プロダクションノートなどが掲載されている。ややページ数が少な目で情報量は乏しい。
感想&解説
この秋、「死霊館3」「キャンディマン」「ハロウィン KILLS」「アンテベラム」と立て続けにホラー映画が公開されたが、いよいよ個人的には”本命”が公開となった。それが本作ジェームズ・ワン監督の「マリグナント 狂暴な悪夢」だ。ワン監督の近作は2015年「ワイルド・スピード SKY MISSION」、2019年「アクアマン」と大作フランチャイズが続いており、ホラー映画からは遠ざかっていた印象だったので、シリーズモノではなくオリジナルストーリーのホラー作品に戻ってきてくれたことは素直に嬉しい。しかもこれが明らかに過去の名作ホラー作品へのオマージュ溢れた、愛すべき作品になっており、観ている間ニヤニヤが止まらない。さらに迫力のあるアクションシーンや、”家族愛”といったメッセージもしっかり描かれており、ある意味では今までジェームズ・ワン監督が作ってきた集積のような”ザ・エンターテイメント映画”になっているのが素晴らしい。
過去のホラー作品からの引用では、特にダリオ・アルジェント監督の「サスペリア」と「サスペリアPART2」は極端な照明の配色やクローズアップのショットなど、かなり影響が強いと思う。また音もなく突然殺人鬼が現れるような演出は「ハロウィン」のマイケル・マイヤーズのようだし、ノイジーな声で脅しの電話をしてくるのはウェス・クレイヴン監督の「スクリーム」シリーズ、また後半のグロテスクなクリーチャーはデビッド・クローネンバーグの「ザ・フライ」や「ザ・ブルード 怒りのメタファー」、ジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」などを思い出す。また殺人鬼のルックスや刃物の凶器などは、サム・ライミの「ダークマン」+「エルム街の悪夢」のフレディ・クルーガー風味だ。ジェームズ・ワンいわく他にもブライアン・デ・パルマの影響もあるらしいが、「悪魔のシスター」あたりだろうか。
ただこういった作品の影響をあえて隠さない、いかにも「B級ジャンル映画」然とした作品ながら、演出や画面自体のクオリティは驚くほどキレキレで、まったく飽きさせないのは流石ジェームズ・ワンだ。しかも、今作は「R-18+」なので結構バイオレンス描写が激しい。「死霊館」シリーズのような”観せない演出”で怖がらせる作風というよりも、もっと直接的に”画のチカラ”で引っ張っていく作風だと言えるだろう。特に終盤の警察署内での大殺戮シーンは、これまでに大作アクション映画も手掛けてきた監督ならではの、アクションとグロ描写が融合したケレンに満ちた場面になっており、本作の白眉シーンだと思う。またこの殺人鬼の正体がいかにも70~80年代ホラー映画的な、ともすれば”悪趣味”と言われてしまうような造形なのだが、本作はこの「B級ホラー感」をどこまで楽しめるか?が大きな評価の分かれ目になりそうな気がする。逆に言ってしまうと、「リアリティが無さすぎて、くだらない」と評されてしまう危険性も十分にある映画だと言える。
ストーリーとしては、冒頭まるで古城のような「シミオン研究病院」という病院から映画は始まる。時は1993年、特別な能力を持った患者ガブリエルの治療にあたっていたドクター・ウィーバーだが、ある日の晩ガブリエルは狂暴化し、病院中のスタッフを殺してしまうという事件が起こる。それから27年後、シアトルに住む妊婦のマディソンは度重なる流産と謎の体調不良に悩まされていた。さらに夫にDVを受けたことにより、彼女は壁に頭をぶつけ気を失ってしまう。ところがその晩、DV夫が外部侵入してきた何者かに殺害されてしまう。夜中目を覚ましたマディソンは、まだ家の中にいたその何者かに襲われ再び意識を失い、病院で目を覚ます。ところがお腹の子供はまた流産してしまっており、マディソンは妹シドニーと共に悲しみにくれる。その日からマディソンは、例の男の影が次々に人を殺す様子をリアルな夢で見るようになり、まるで疑似体験しているかのような感覚に陥るという恐怖に苛まれていた。だがそれは夢や幻覚ではなく、かつてシミオン研究病院で勤めていたドクターたちが現実に殺されていた事を知る。
外部から家に侵入した形跡が一切ないことから、夫を殺したのはマディソンではないかと疑う刑事ショウとレジーナは、やがてマディソンが養子だったこと、さらに彼女がかつてウィーバー医師が勤めていたシミオン研究病院の出身であることを突き止める。一方マディソンは殺人を犯しているのが「ガブリエル」と名乗る男であることを知り、彼がかつてマディソンの「イマジナリーフレンド(空想の友達)」である事実に行きつく。ここからネタバレになるが、さらに妹シドニーが「シミオン研究病院」の地下にある資料を調査したことで、マディソンは彼女の母親がまだ10代の頃にレイプされ身ごもった子供であることを知る。その後マディソンの実母は彼女を施設に出すことに決めるのだが、その理由は乱暴の果てに産まれた子供であるというだけではなかった。実はマディソンは普通の子供ではなく、「寄生性双生児」が後頭部についた子供だったのだ。
この寄生性双生児はマディソンと脳を共有しており、DV夫の暴力で強く頭を打ったことにより、ドクター・ウィーバー達によって体内に閉じ込められていた「ガブリエル」が起きてしまい、彼女の体を乗っ取って殺人を犯していたのである。社会への恨みを晴らす”悪魔の存在”として、活動を始めてしまったのである。ラストは、マディソンの身体を乗っ取った「ガブリエル」は、自分を施設に預けて捨てた実の母親を殺しに病院にいく。だがそこに血は繋がっていないが献身的な妹シドニーがマディソンと母親を助けにくるのだが、「ガブリエル」によって彼女が命の危険にさらされてしまう。そのピンチによって、遂にマディソンは自分の中にいる悪魔と戦うことを決め、精神世界の中で「ガブリエル」をもう一度閉じ込めることに成功する。そして血縁関係はないが、”実の家族”としてシドニーと抱擁する場面でこの映画は終わる。
個人的には本当に大満足の一作だった。ジェームズ・ワン監督の”ホラー映画愛”が随所に現れていて、この作品を楽しみながら作っているのが伝わってくるようだ。現在44歳の監督は子供のころに観た80年代ホラーのアナログ感を、今の技術で現代に蘇らせたかったのではないだろうか。次回作は「アクアマン2」という事で、再び大作フランチャイズ作品の制作に戻っていくワン監督にとって、原点回帰の意味でも本作を撮ることは強い意味のあることだったのかもしれない。改めてジェームズ・ワン監督による確かな”プロの手腕”を堪能できる一作であると同時に、「狼の死刑宣告」の頃のような良い意味で低予算映画的な荒々しいパワーも感じる素晴らしい映画だった。「R18+」作品なので激しいゴア描写もあるし確実に万人受けする映画とは言い難いが、こういう作品が年間で数本観れれば、映画ファン冥利に尽きると言える。続編が本当に楽しみである。
8.5点(10点満点)