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映画「ラストナイト・イン・ソーホー」ネタバレ考察&解説 シネフィル監督らしい映画愛に溢れた新境地!エドガー・ライトの最高傑作!

「ラストナイト・イン・ソーホー」を観た。

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ショーン・オブ・ザ・デッド」「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」などのエドガー・ライト監督によるサスペンススリラー。「ベイビー・ドライバー」の世界的な大ヒットを経て、次の動向が待たれていたエドガー監督の4年ぶり新作であり、初のスリラージャンルへの挑戦作だ。主演は「ジョジョ・ラビット」「オールド」のトーマシン・マッケンジーと、「クイーンズ・ギャンビット」「スプリット」のアニヤ・テイラー=ジョイ。ふたりともM・ナイト・シャマラン監督の作品に出演している共通点が面白い。他にも「女王陛下の007」のボンドガールだったダイアナ・リグや、「スーパーマン」のテレンス・スタンプ、「蜜の味」のリタ・トゥシンハムなど、60年代に活躍した往年の役者たちが大活躍しているのも本作の特徴だろう。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。

 

監督:エドガー・ライト
出演:トーマシン・マッケンジー、アニヤ・テイラー=ジョイ、ダイアナ・リグ、テレンス・スタンプ
日本公開:2021年

 

あらすじ

ファッションデザイナーを夢見て、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学したエロイーズは、寮生活になじめずアパートで一人暮らしを始める。ある時、夢の中できらびやかな1960年代のソーホーで歌手を目指す美しい女性サンディに出会い、その姿に魅了されたエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかけるようになる。次第に身体も感覚もサンディとシンクロし、夢の中での体験が現実世界にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズ。夢の中で何度も60年代ソーホーに繰り出すようになった彼女だったが、ある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実世界では顔の無い男たちの亡霊が出現し、エロイーズは徐々に精神をむしばまれていく。

 

 

感想&解説

エドガー・ライト監督はクエンティン・タランティーノと親友らしく、二人とも大のシネフィルで有名だが、今作は特にエドガー・ライトの”映画愛”に溢れた快作で、まるでそれがスクリーンから溢れてくるような映画だった。どうやらこの「ラストナイト・イン・ソーホー」というタイトルを、監督に教えたのもタランティーノだったらしく、UKポップバンド「デイヴ・ディー・グループ」の68年全英8位の曲タイトルを、「まだ作られていない最高の映画タイトルになる」と薦めたらしい。なんともマニアックな話である。本曲はエンドロールで流れ、「僕がした事で恥だと思ってた事は君に伝えて無かった。夢を二つに引き裂いたんだ、君に相応しくないから。昨日の夜、ソーホーで僕は人生を投げ出した。」などの歌詞から連想されるように、ソーホーという歓楽街で過ちを犯した男の嘆きを歌った楽曲だ。これも映画を鑑賞した後だと、なかなか意味深だ。ちなみに感謝の印ということで、クエンティン・タランティーノもエンドクレジットには名前が残っている。

たまたま「ショーン・オブ・ザ・デッド」と「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」をブルーレイで観直していたのだが、その後で本作を観るとエドガー・ライト監督が映画作家としてどれだけ成熟したかが解る。初期作は基本的には”ダメ男たち”の日常から始まり、自分の”身近な世界”がゾンビや暴力によって侵食されていく様子をコメディタッチで描くのが得意な監督だったのに、本作はなんと初の女性主人公でありコメディ色をいっさい排除したスリラー作品だ。しかも60年代のロンドンのソーホー地区という、”スウィンギング・ロンドン”の華々しいイメージの裏側で起こっていた「女性搾取」の実態にも鋭く切り込む脚本になっており、娯楽スリラー作品として十分に楽しめるのと同時に、観終わったあとに作り手からの警告的なメッセージを感じる作品にもなっている。さらに前作「ベイビー・ドライバー」で培ったであろう、”映像と音楽がシンクロする気持ち良さ”は純度を増しており、往年の名作への愛とオマージュも併せて、個人的にはエドガー・ライト監督作の中でもっとも好きな作品になった。

 

おおよそのストーリー概要としては以下だ。主人公のファッションデザイナーを夢見るエロイーズが、念願だったロンドンのデザイン学校に合格したことから祖母の元を離れ、ソーホー地区にある寮で新たな生活を始めるのだが、その入居者たちと反りがあわず一人暮らしの準備を始める。彼女は亡くなった母親の幽霊が見えるなど、普通の人にはない「能力」があるのだが、ソーホーに来てからはその現象は治まっていた。ある部屋を探し当てたエロイーズは、大家であるミス・コリンズから「夜8時以降は男子禁制」「深夜に洗濯はしない」などの条件を出されるが、そのレトロな雰囲気を気に入り入居を決める。そしてすぐに引っ越したエロイーズはその日の夜に、60年代のソーホーでサンディと名乗る歌手を目指す若い女性が、「カフェ・ド・パリ」という有名店で自分を売り込みに行くという不思議な夢を見る。その日から毎晩エロイーズはサンディの夢を見るようになり、まるで乗り移ったようにリアルな夢である事と、自分とは違い自信満々で歌手として活躍するサンディに感化され、髪色や洋服、メイクなどもエロイーズは影響を受けていった。

 

 

だが毎晩見ていた、サンディの夢は徐々に悪夢へと変わっていく。オーディションに合格しスター歌手として華やかな舞台に立てると思っていたが、実際にはがストリップショーのダンサーとして踊らされ、上客の男性たちの性的な相手をさせられる毎日。そしてエロイーズもすでに夢から覚めたはずの現実世界で、性的な搾取をしようと迫ってくる”顔の無い男達”の亡霊を見るようになっていく。動揺するエロイーズは、自分のデザインにも自信が持てなくなり、二人きりで過ごしていたエロイーズに好意を抱くジョンの前でも、自分の部屋でサンディが殺される幻覚を見たことで錯乱してしまう。思いつめたエロイーズは警察に行き、自分が住んでいた部屋で過去に殺人事件があったことを話すが、薬の使用を疑われ取り合ってもらえない。だが「自分は幽霊が見える」と遂にジョンに相談した事で、60年代に起きた殺人事件を図書館でジョンと共に調べ始め、ソーホー地区をうろつく謎の老人が犯人であると確信したエロイーズ。だがその後に彼は自動車事故に遭ってしまい、実は元刑事であることが判明する。エロイーズの勘違いだったのだ。精神的に疲労したエロイーズは、もう故郷に戻ることを決意する。

 

ここからネタバレになるが、そしてそのままの足でエロイーズは大家であるミス・コリンズに、ロンドンを出ることを告げにいく。ミス・コリンズは警察が「ここで殺人事件があった」という通報を受け聞き込みにきたことを告げ、彼女にお茶を出す。だがそのお茶には毒が盛られていた。実は幻想で殺されたように見えたサンディは死んではおらず、自分を慰み者にする男達を刃物で刺して殺し、全員を屋根裏の床に埋めていたのだ。そして実はミス・コリンズこそ、年老いたサンディその人だった。不思議な能力で殺人の真相にたどり着いたエロイーズを殺そうと、襲ってくるミス・コリンズ。そこへ心配したジョンが部屋の中に入って来るが、逆に腹部を刺されてしまう。さらに昔のレコードに引火し屋敷全体が炎に包まれ始めるなか、エロイーズは、自分の部屋へ行き電話をかけようとするが、そこに”顔の無い男達”の亡霊が現れ彼女を捕まえるが、その声は「助けて」「あの女を殺せ」と訴えていた。そこへミス・コリンズが入って来るが、エロイーズは男たちの欲望のはけ口となり夢を捨てざるを得なかった、「ミス・コリンズ=サンディ」を抱き締める。すると自分を取り戻したミス・コリンズは、エロイーズにジョンを連れて逃げるように言い、自分は炎に包まれた部屋の中に残ることを伝え、自ら命を絶つのだった。そしてその後、エロイーズはデザイン学校内のファッションショーを見事成功させ、祖母とジョンの祝福を受ける。そして彼女は鏡の中に微笑みかける母親とサンディの姿を見たところで、映画は終わる。

 

具体的なオマージュ作品として、様々な映画が挙げられる。これは監督がインタビューでも名言しているが、ロマン・ポランスキー監督の65年作品「反撥」の中で、カトリーヌ・ドヌーヴ演じる主人公の女性が男たちの「性的な欲望」により精神的に追い詰められていくというプロットや、「壁から伸びる無数の手」に襲われるシーンなどはかなり直接的な影響があるだろう。ホラー映画繋がりだと、ジョージ・A・ロメロの「死霊のえじき」にも同じようなシーンがあった。またもう一作名前を挙げている、1973年制作のニコラス・ローグ監督「赤い影」は、娘を水難事故で亡くしてしまった夫婦が霊感のある老婆姉妹と出会い、「赤いレインコートを着た亡き娘の姿が見える」と告げられた事から、夫婦の関係がこじれていくというスリラーだが、「見えないものが見える能力」を巡ったストーリーであることや、長いセックスシーンでも有名な映画でもあるため、「性と死」の匂いが濃い作品として共通点は多い。またパンフレットには、エロイーズが着る”白いエナメルのレインコート”は、イエジー・スコリモフスキ監督の70年「早春」におけるジェーン・アッシャーが着ていたレインコートだと記載があり、これは「なるほど」と膝を打った。

 

他にもあえて三原色を強く使ったカラー照明は、イタリア産ホラーの代表作であるダリオ・アルジェント監督の「サスペリア」だろうし、ヒッチコック作品からも「サイコ」「めまい」「フレンジー」あたりには影響を感じる。他にも、学園内における女性の軋轢や超能力はブライアン・デ・パルマの「キャリー」の設定だし、同じイギリス人監督のマイケル・パウエルの「血を吸うカメラ」における倒錯した性的嗜好の表現や、劇中の顔のない男たちという表現は「ジェイコブス・ラダー」を思い出した。またオープニングには「ダイアナに捧ぐ」とクレジットされていたが、2020年に他界したダイアナ・リグは「女王陛下の007」のボンドガールで、作中でもあえて「サンダーボール作戦」の看板が大写しになったりと、イギリス人監督として「007」へのリスペクトも強く感じる。ティファニーで朝食を」「スイート・チャリティ」のポスターが主人公の部屋に貼られていたりと、とにかく本作には60~70年代の映画への愛情が溢れているのである。

また演出もキレがある。冒頭のトーマシン・マッケンジー演じるエロイーズが、「愛なき世界」を聴きながら踊るシーンから引き込まれるのだが、これは64年の楽曲で、さらに部屋に貼ってあるポスターが「ティファニーで朝食を」なので、最初は時代背景が解らないのだが、ロンドンに向かうシーンで彼女が「Beats」のBluetoothヘッドフォンをしている姿で、初めて”現代劇”だとわかるという流れは上手い。また「ロンドンでは、どの建物でもどの部屋でも人が死んでいるわ」という、大家であるミス・コリンズが言う序盤のセリフは重要な伏線になっているし、そもそもエロイーズが最初に乗るタクシーの運転手から受ける言動が、もうこの作品のテーマに直結している。何気ない場面の裏側には、見事に序盤から明確な主題が隠されているのである。また、サンディとエロイーズが代わる代わるジャックと踊るシーンは、カメラワークだけで実際に役者が踊っていたらしく、そのアナログ感にも驚かされる。エロイーズの”見える能力”についてはなんの説明もないが、この「説明しすぎない感じ」も70年代的だし、ラストで死体が置いてある部屋が火事で終わるというのも「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」というタイトルで映画化されたが、70年代ドイツの連続殺人鬼の史実をモチーフとしているのもしれない。とにかく映像や音楽から情報量が多い作品なのである。

 

ただ、ストーリーの整合性はもはやよく分らない映画だ。ネットでは「タイムリープ・サスペンス」という言葉も見かけるが、エロイーズが実際にタイムリープしていたのか?なにが現実で妄想だったのか?も明確にはされない。ただそれすらも本作には魅力になっている気がするのは、個人的にこの作品が気に入ってしまっているからだろう。もちろん、トーマシン・マッケンジーとアニヤ・テイラー=ジョイの主演二人の魅力もこの映画の完成度に大いに貢献している。過去作へのオマージュシーンだけにとどまらない、サスペンススリラーとしての面白さにも溢れた本作は、エドガー・ライト監督の新境地であり最高傑作だと思う。ブルーレイ購入は決定なので、今度はゆっくり各シーンを観たい。

 

 

8.5点(10点満点)

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