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映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」ネタバレ考察&解説 やや玄人好みのドライなサスペンス!「邪悪なもの=犬」とは誰なのか?

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を観た。

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ピアノ・レッスン」でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した女性監督のジェーン・カンピオンが、ベネディクト・カンバーバッチを主演に迎え12年ぶりにメガホンを取ったヒューマン・サスペンス。現時点でも「第79回ゴールデングローブ賞」では最優秀作品賞を始め、多数のエントリーを果たしている他、「ベネチア国際映画祭」では銀獅子賞を受賞し、すでに業界内では高い評価を得ている。共演はキルステン・ダンストジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィーなど。Netflix限定で配信しつつ、11月19日からは一部劇場で公開されている作品だ。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。

 

監督:ジェーン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチキルスティン・ダンストジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィ
日本公開:2021年

 

あらすじ

大牧場主のフィル・バーバンクと弟ジョージの兄弟は、地元の未亡人ローズと出会う。ジョージはローズの心を慰め、やがて彼女と結婚して家に迎え入れる。そのことをよく思わないフィルは、2人やローズの連れ子のピーターに対して冷酷な仕打ちをする。しかし、そんなフィルの態度にも次第に変化が生じる。

 

 

感想&解説

世界中の批評家187名が選んだ「2021年のベスト映画」および「ベストパフォーマンス」が、海外メディア「IndieWire」で発表になり、そこで「ベスト映画」で1位、ジェーン・カンピオンも「ベスト監督」で1位、主演ベネディクト・カンバーバッチも「ベストパフォーマンス」で1位と、非常に高い評価を得た「Netflixオリジナル映画」である。最近のNetflixドウェイン・ジョンソンガル・ガドットライアン・レイノルズ主演の大作「レッド・ノーティス」や、アダム・マッケイ監督の「ドント・ルック・アップ」など気になる作品が増えてきた為、久しぶり再加入して「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を鑑賞してみた。

物語の舞台は1920年代のモンタナ州。牧場を共同経営するベネディクト・カンバーバッチが演じるフィルと、ジェシー・プレモンス演じるジョージは性格が正反対の兄弟である。ある日、弟のジョージがキルステン・ダンスト演じるシングルマザーのローズと恋に落ち結婚するのだが、兄のフィルはそれが気に入らず、ローズとその息子ピーターに対して厳しい態度と言葉を投げつける。夫と共同経営している牧場の主であるフィルとは離れて暮らすことができず、ローズはその辛さから酒に溺れるようになりメンタルと体調を崩していく。だが実はフィルには人には明かせない”秘密”があった、というストーリーで、基本的には非常に静かなトーンの作品だろう。

 

ベネディクト・カンバーバッチが演じるフィルは、冒頭から何かにイラついている。”男性優位主義”の世界の中で生きており、中性的なローズの息子ピーターに対しても、「女々しい男だ」と悪態をつく。弟のジョージがシングルマザーのローズと結婚したときも、彼はそれを歓迎せず、客人の中でわざとローズが恥をかくような言動を取ったりと”悪意”をむき出しにしていく。そして彼はブロンコ・ヘンリーという亡くなった友人を「男の中の男」と呼び、命の恩人だと崇拝しているのだ。ここからネタバレになるが、これらの状況からおおよその観客が予想できるように、フィルは同性愛者だということが明かされる。埃と馬と荒々しい男たちという”マッチョイムズ”の中で生き、誰にもカミングアウトできないままブロンコ・ヘンリーを愛していた彼は、「自分を解放できない世界」そのものにイラついているのだ。だが、それも1920年代では無理もないだろう。フィルがブロンコ・ヘンリーの所持品を愛でながら、自分のズボンの中に手を入れるシーンは特徴的な場面だ。

 

 

そんな中で、ある日ローズの息子ピーターはフィルが同性愛者であることを知ってしまうのだが、それを機にフィルがピーターに急接近してくる。そして、フィルが完全にピーターに対して特別な感情を持つきっかけとなるのが、「あの山を見て何にみえるか?」というフィルの質問だ。前半の場面では、牧場で働く男たちにこの質問をしても誰一人答えられなかったのに、ピーターは「吠える犬」が見えると即答する。これがブロンコ・ヘンリーの答えと同じだったことから、フィルはピーターに”特別な運命”を感じることになる。このあたりの何気ない前半の場面が、突然別の意味を持ち始めるという演出は上手い部分だ。

 

結局、この作品の内容は冒頭のナレーションに集約されている。「父が亡くなった時、ぼくは母を守ろうと思った。ぼくが守らなければ誰が守る?」という一文で、実はこの台詞だけで本作のストーリーを言い尽くしているのが後から解る。ピーターに対し心を許したフィルは、「手編みの縄」をピーターにプレゼントするために”なめした生皮”を使う。だが、ピーターはひそかに炭疽病で死んだ牛の皮を入手していて、それを縄編みの時に使わせることによってフィルを炭疽菌に感染させて殺すのだ。彼の動機は「母親を守るため」。フィルの言動によって酒に溺れていく母親を守るために、ピーターは殺人を犯すのである。だが本来ロープに使うはずだった生皮を、母ローズが先住民にあげてしまったのは偶然だったはずで、この展開がなければピーターはどうするつもりだったのか?またフィルが手に怪我をしていることも菌の感染には必須となるが、これもピーターが原因ではなかった事などは、彼の計画性に対してやや疑問が残るポイントだろう。

 

これらに作品の中では明確な解答はないのだが、ピーターがフィルに対して明確な殺意があったことは事実だと思うので、個人的には虎視眈々と炭疽菌で殺すためのタイミングをうかがっており、たまたまその好機を得たのだという解釈をした。実際にピーターは、”フィルがゲイであることを知ったから”こそ具体的な行動を開始したわけで、終盤にピーターの吸ったタバコをフィルが躊躇なく吸うシーンがあり、彼に完全に心を許していることを示す場面があるが、あの状態であれば自分が用意した「菌の付いた皮」を使わせることなど容易であっただろう。まずは彼の懐に入り込むためにピーターは策を講じ、実際の殺害タイミングはいくらでもあったという表現だと感じた。

 

また彼がうさぎを解剖するシーンなどを入れこむことによりドライな残虐性を現わしているシーンなどもあり、セリフでもピーターが「父は僕が冷たく、強すぎると言ってた」といい、フィルに一笑される場面があるが、これもラストの伏線になっている。本作における母ローズは「無知で無力な者」であり、「庇護されるべき対象」だ。優しく清いが、常に強き者に脅かされて蹂躙される存在なのである。だからこそ、ピーターは「ぼくが守らなければ誰が守る?」と悟り、母親をこの世の邪悪から守ろうとする。原題である「The Power of the Dog」は、劇中でも描かれるが、聖書の「私の魂を剣から、私の命を犬の力から救い出して下さい」という一遍から取られており、この「犬」とは「邪悪なもの」を意味しているようだ。本作においての「邪悪」とは、フィルでありピーターなのである。

 

非常にドライで硬質なイメージの作品だった映画が終わってみると、ピーターを演じたコディ・スミット=マクフィーのイメージが、そのまま作品の印象になっている感じだ。彼はこれから出世していくのではないだろうか。もちろん主演のベネディクト・カンバーバッチも、あまり今までのイメージにない役での熱演だったし、キルスティン・ダンストスパイダーマンのメリー・ジェーン役が嘘のように、汚れた中年女性をうまく演じていたと思う。やや冗長で玄人好みの作品だとは思うが、サスペンスとしても見応えのある佳作であった。今後の各ショーレースには食い込む作品だと思うので、観ておいて損はないだろう。

 

 

7.0点(10点満点)