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映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」ネタバレ考察&解説 トッド・ヘインズの新たな代表作!強いメッセージに溢れた気骨ある作品!

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」を観た。

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「エデンより彼方へ」「キャロル」などのトッド・ヘインズ監督がメガホンを取り、アメリカ大手の化学企業デュポン社が起こした環境汚染を知り、企業と戦う弁護士の姿を描いた実話ドラマ。主演は「アベンジャーズ」シリーズや「スポットライト 世紀のスクープ」などのマーク・ラファロ。彼は個人的に環境活動家をしているという一面もあり、本作の「製作」も兼任している。共演は「マイ・インターン」「インターステラー」のアン・ハサウェイ、「ショーシャンクの空に」「ミスティック・リバー」のティム・ロビンス、「インデペンデンス・デイ」「ロスト・ハイウェイ」のビル・プルマンらが脇を固める。2021年最後に鑑賞した作品となった本作、今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:トッド・ヘインズ

出演:マーク・ラファロアン・ハサウェイティム・ロビンスビル・プルマン

日本公開:2021年

 

あらすじ

1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが受けた思いがけない調査依頼。それはウェストバージニア州の農場が、大手化学メーカー・デュポン社の工場からの廃棄物によって土地が汚され、190頭もの牛が病死したというものだった。ロブの調査により、デュポン社が発ガン性のある有害物質の危険性を40年間も隠蔽し、その物質を大気中や土壌に垂れ流し続けた疑いが判明する。ロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏み切るが、巨大企業を相手にする法廷闘争は、真実を追い求めるロブを窮地に陥れていく。

 

 

感想&解説

「巨大企業の廃棄物による、環境汚染問題と戦う弁護士の実話」という、近年のトッド・ヘインズ監督作のイメージからはかけ離れたテーマだったが、素晴らしい作品であった。上手い監督はどんな映画の題材だろうと、うまく料理するという事だろう。撮影監督は、過去にトッド・ヘインズ作品である「エデンより彼方へ」と「キャロル」の両作で、アカデミー撮影賞にノミネートされているエドワード・ラックマン。本作は、雪や雨が降る寒々しい真冬のウェストバージニアが舞台の為、映画の全体トーンは寒色系でまとめられている。このカラーコーディネート自体が、本作の主人公であるマーク・ラファロ演じる「弁護士ロブ」の長く厳しい闘いと、アメリカという国が抱えている問題そのものを表現しているようで、強く印象に残る。

本作は、自分の信じた道を貫き通す”一人の男”の闘いを描いた作品だ。本来は企業側に付くはずの弁護士が、アメリカ屈指の大企業を相手にコツコツと証拠を集め、被害者の元に足を運び、見慣れない「PFOA」などのキーワードを解き明かしていく。そこにはスパイ映画のような派手なガジェットもなければ、秘密をリークしてくれる美人の情報提供者も存在しない。きわめて地味な画作りのスクリーン上で、信念を持った男が愚直に大企業の腐敗へ立ち向かっていくのである。主役である弁護士ロブの相手は、ベネット・ミラー監督の2015年作品「フォックス・キャッチャー」でも登場した「デュポン財閥」で、「フォックス・キャッチャー」ではスティーブ・カレル演じる御曹司のジョン・デュポンに殺される「デイブ・シュルツ」という役を演じていたのが、なんと本作で主演しているマーク・ラファロというのも、皮肉が効いていて面白い展開だ。


トッド・ヘインズは本作を「内部告発もの」ジャンルに近い作品だと語っているが、彼が特に気に入っている作品として、アラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」と、マイケル・マン監督の「インサイダー」を挙げている。確かにどちらも大きな権力を持つ相手に立ち向かっていく記者の姿を描いた映画で、本作の雰囲気と非常に近い。ただ個人的にはマーク・ラファロの出演作という意味で、トム・マッカーシー監督「スポットライト 世紀のスクープ」と、デヴィッド・フィンチャー監督「ゾディアック」を強く思い出した。「スポットライト」では、新聞『ボストン・グローブ』の少数精鋭取材チーム「スポットライト」が、カトリック教会が隠蔽した少年への性的虐待事件の真相を追求するという内容で、マーク・ラファロはチームの重要なメンバーであるマイクという熱血記者を演じていたし、「ゾディアック」では、ジェイク・ギレンホール演じる”風刺漫画家”が執念で犯人を追い続ける姿が、本作の主人公ロブの20年以上にも及ぶ長い闘いに重なる。

 

 


本作の中盤にはアン・ハサウェイ演じる妻サラが、どれだけ仕事のために家庭をないがしろにされ、自分が我慢してきたかを告白するシーンなどもあり、このあたりの場面も家族を犠牲にして事件を追いかける両作の主人公たちに重なる。それにしても本作のアン・ハサウェイは、いつもの”スターオーラ”を完全に封印して、いわゆる一般の母であり妻を演じているのがとても良い。しかも時としてロブに感情をぶつけながらも、他人を救おうと苦悩する夫を誰よりも理解しようとする、妻の繊細な感情を本作では見事に演じていたと思う。アン・ハサウェイの演技の幅を改めて感じる名演だった。またロブが務める弁護士事務所の上司であるトムを演じた、ティム・ロビンスもすっかり白髪の初老役が似合っており、デュポン社の反モラル的な姿勢に怒りを抱きながらも、時として経営者の立場でロブを追い詰めるという、アンビバレントな立場を上手いバランスで演じていたと思う。さらに原告弁護団のひとりを演じたビル・プルマンは完全にコメディリリーフとして、このシリアスな本作の中で唯一笑えるセリフを連発しており、おいしい役柄だった。


ここからネタバレになるが、本作においてもっとも心が締め付けられるのは、デュポン社が垂れ流していた化学物質と地域の住民から採取した血液から病気の因果関係を調査する、”7年”という年月を描くシーンだろう。そしてこの間のロブのプレッシャーを、映画は丹念に描写していく。住民たちからは結果を急かされ、会社からは金を生まないロブに対してプレッシャーをかけられ、子供たちが大きくなっていきストレスが溜まる妻からも怒りを向けられる。そして巨大企業と裁判で争っていることから、ロブは「車に爆弾が仕掛けられているのでは?」と恐怖の妄想が膨らんでいく。そして遂にはロブは倒れてしまうのだ。そんな極限状態を経たからこそ、女性医師から”事実”を伝えられたシーンでは強い感動を感じる。「あなたは素晴らしい仕事をしてくれた」という言葉の重さと、無言で抱き合う夫婦の姿には思わず涙がこぼれてしまった。それでもまだ裁判で戦うというデュポン社に対し、ロブは最後まで法廷に立ち続け、本作は観客が溜飲を下げる決着を見せて、エンドロールとなる。


この「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」において、デュポン社が作った「テフロン加工のフライパン」とは、大きな権力が隠蔽している秘密の「暗喩」でもあるだろう。一部の人間の利益の為に、社会的な弱者たちは気付かないうちに被害を受け、甚大な影響を受けているのだ。そして、これは決してアメリカだけの話ではない。例えばコロナ禍における「Gotoトラベル」などの政府の不自然な対応や、不正を疑われた国会議員や大手企業の役員が弁明している姿に感じる違和感は、われわれ日本人にも共通のものだ。劇中のロブのセリフで、「政府や法律や体制は守ってくれない。自分たちで守るしかないのだ」というのがあるが、もしこの違和感を感じたら自分たちで考え、小さい一歩でもそして時間がかかっても我々は見ているだけではなく、何か行動していくべきだとこの作品は訴えている気がする。


本作はトッド・ヘインズ監督の新たな代表作だと思う。また主演であり製作を担当したマーク・ラファロにとっても、この実話を映画するのはかなりの苦労を要したと想像できる。なにせデュポン社は、今でも世界4位の化学会社なのだ。アダム・マッケイ監督の「バイス」を観たときにも感じたが、こういう気骨のある映画が作れるハリウッドのシステムは、やはり凄いと素直に感心してしまう。こういう事件があったことすら知らなかったので非常に勉強になった上に、自分の価値観がアップデートされた本作。こういう作品に出会えると、”映画ファン”で良かったと心底感じる。エンドロールで流れるのは、トム・ペティの「I Won't Back Down」を、ジョニー・キャッシュがカバーしたバージョンだ。「俺は引き下がらない、俺は諦めたりするもんか」というストレートな歌詞の曲だが、本作を観たあとでは素直に胸を打つ。オススメの一作である。

 

 

8.0点(10点満点)

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