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映画「355」ネタバレ考察&解説 ガタガタの脚本と既視感の強いアクションシーンが残念な作品!

「355」を観た。

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「Mr.&Mrs.スミス」「ジャンパー」「シャーロック・ホームズ」などの脚本家を経て、2019年の「X-MEN:ダーク・フェニックス」で長編映画監督デビューを飾ったサイモン・キンバーグ監督の長編第二作目。出演は「女神の見えざる手」のジェシカ・チャステイン、「オール・アバウト・マイ・マザー」のペネロペ・クルス、「新宿インシデント」のファン・ビンビン、「イングロリアス・バスターズ」のダイアン・クルーガー、「アス」のルピタ・ニョンゴら女性豪華キャストが集結し、世界各国の凄腕エージェントの活躍を描いたスパイアクション大作。映画祭で貼られている新作アクションのポスターに写るのが男性ばかりということに疑問を感じ、“女性チームのスパイ映画”というアイデアを思いついたジェシカ・チャステイン自らがプロデューサーを担当し、「ジェイソン・ボーン」シリーズのスタジオが製作したという作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:サイモン・キンバーグ

出演:ジェシカ・チャステインペネロペ・クルスファン・ビンビンダイアン・クルーガールピタ・ニョンゴ

日本公開:2022年

 

あらすじ

格闘術を得意とするCIAのメイス、トラウマを抱えるドイツ連邦情報局のマリー、コンピューターのスペシャリストであるMI6のハディージャ、優秀な心理学者であるコロンビア諜報組織のグラシー、中国政府で働くリン・ミーシェン。秘密兵器を求めて各国から集まった彼女たちは、ライバル同士だったが互いの手を取り、コードネーム「355(スリー・ファイブ・ファイブ)」と呼ばれるチームを結成。世界を混乱に陥れるテクノロジーバイスの利用を画策する国際テロ組織を阻止するべく立ち上がる。

 

 

感想&解説

本作を監督したサイモン・キンバーグが、「スパイ映画が大好きで、これまでにないようなスパイ映画を作ってみたいとずっと思っていた。」とか、「ジェシカからこのアイデアを聞いた時、とても斬新なものと感じ、過去に同じような映画があっただろうかと考えたけど、1本も思い浮かばなかった。」などとインタビューに応えており、このコメントだけでもツッコミどころが満載なのだが、正直かなり既視感が強い作品だし、はっきり”凡庸な映画”だと思う。全体的には、ユーモアを抜いた「オーシャンズ8」+「チャーリーズ・エンジェル」という感じで、「X-MEN:ダーク・フェニックス」を観たときにも思ったが、サイモン・キンバーグの監督としての手腕は残念だと言わざるを得ない。本国アメリカでも、「Metacritic」や「Rottentomatoes」などのレビューサイトでは酷評されているし、興行収益も苦戦しているのでおそらく続編はないだろう。

まずアクションシーンが全般的に良くない。ジェシカ・チャステインダイアン・クルーガーがアクション要員なのだが、特にジェシカ・チャステインの格闘シーンが多い割には、どれも退屈だ。カットを細かく割りながら、恐らく本人がこなしたアクションが編集で繋げられているのだが、どうにもモッタリしていている上に斬新さがまるでない。こちらはもう世界最高峰のアクションチーム「87eleven Action Design (87イレブン・アクション・デザイン)」がコーディネートした作品を過去に体験済みなのだ。特にデヴィッド・リーチ監督、シャーリーズ・セロン主演の2017年公開「アトミック・ブロンド」を観た後では、本作のアクションシーンの数々はあまりにヌル過ぎる。女性が大柄な男と格闘してなぜ勝てるのか?というロジックがまるで無く、ジェシカ・チャスティンの走り姿も、訓練されているエージェントのものとは思えない。アクション映画として、この部分がノレないのは致命的だ。逆に「アトミック・ブロンド」のシャーリーズ・セロンがどれだけ過酷な訓練を経てアクションシーンを撮影したのかが、逆説的に理解できる。


そして脚本もガタガタだ。世界中のインフラや金融システムなどをコントロールできる、”デジタル・デバイス”が南米で開発され、その開発者が殺されたことで、この世界に一つしかない危険な機器がテロ組織に渡るのを阻止すべく、アメリカCIAの女性エージェント、ドイツBNDの秘密工作員、イギリスMI6のコンピュータ専門家、コロンビア諜報組織の心理学者、そして中国政府の特殊エージェントが手を組む。そして世界の危機を脱出すべく任務にあたるという話なのだが、この「世界中のコンピュータ機器を自由に操作できるデバイス」という設定自体が、あまりにリアリティが皆無で真剣に観る気を削がれる。いきなりC級スパイ映画の匂いが立ち込めてくるのだ。さらに冒頭、空中に飛んでいる飛行機を墜落させて、このデバイスがいかに素晴らしいかを買い手にアピールする場面があるのだが、そもそもこの機器があれば銀行口座をハッキングすることも、核兵器のボタンをコントロールすることも可能なはずで、コロンビアの犯罪組織がなぜこれをわざわざ金のために、他の誰かに売ろうとしているのか?という冒頭5分から良く解らない。自分たちで運用した方が、確実にメリットが高いだろう。

 


またこの危険な”世界で一個のデバイス”を巡っての、敵味方の攻防内容も理解しがたい。ここからネタバレになるが、これを使えば”第三次世界大戦”の勃発にも繋がるという説明を劇中でもしているにも関わらず、なんやかんやの末に取り戻したデバイスアメリカCIAの長官に預けて、各国のエージェントたちが祝杯を挙げるシーンもあまりに”牧歌的”すぎて唖然とするし、終盤にはなぜかこのCIA長官やセバスチャン・スタンが演じる捜査官も祖国を裏切って、テロ側にこのデバイスを渡そうとしていたことも解り、ますます頭が混乱してくる。繰り返すが、このデバイスは世界中のコンピュータ機器をハッキングできる、とんでもない代物なのだ。テロリストはおろか、世界の誰の手に渡っても危険すぎるアイテムのはずで、ジェシカ・チャステインたちは最初に取り帰した時点でまず破壊すべきだし、ましてやテロ組織に渡すメリットが誰にとっても無さすぎる。さらに中国エージェントが裏切者のCIA長官を暗殺し、他の悪人をおびき寄せるためだと、何故かオークションの競売にかけるというあまりに高いリスクを犯した挙句、隠れ家まで探知されて、家族を交渉の人質に捕られるという顛末には呆れてしまう。要するに彼女たちが、”一流のエージェント”には全然見えないのだ。また、ジェシカ・チャステインたちがバーで飲んでいる時に起こった”飛行機墜落”は、結局中国組織のファン・ビンビンの仕業ではないという事だろうから、CIA長官が行ったことになり、それも理由が解らないし説明されない。このあたりも雑だ。


映画演出としても、あまりにアカ抜けない。ペネロペ・クルス演じるコロンビアの諜報組織のグラシーというキャラクターは、唯一戦闘訓練を受けていないという設定で、終盤まで銃撃戦には参加しない。だがラスト、敵に襲われて絶体絶命のシーンでグラシーが敵を撃つことで、主人公メイスの命が救われるというシーンがある。ここも直前のシーンにグラシーが銃を用意して、物陰に隠れている場面を入れていることで、彼女がこの後にこの銃を撃つことが予想できてしまう。アントン・チェーホフというロシアの劇作家が残した、「誰も発砲することを考えもしないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはいけない。」という、「チェーホフの銃」なる作劇上のテクニックがあるのだが、これが逆に解りやすく観客に伝わってしまっているのである。名作「ダイ・ハード」における、銃にトラウマを持つパウエル巡査部長が、ラストでテロリストからマクレーンを助ける、あの名シーンをなぜ参考にしないのか?せっかく最後のペネロペ・クルスの見せ場シーンなのに、お陰でまったく意外性のない場面になってしまっているのである。


さらに本作に登場する男性は、ほぼ全員が裏切者で残虐だ。例外なのは、ルピタ・ニョンゴの恋人とペネロペ・クルスの夫くらいで、ある意味でわかりやすい”線引き”がされている。世の中の男性には頼らない強い女性像をあえて描くのかと思えば、ジェシカ・チャステインは冒頭にセバスチャン・スタン演じる恋人と任務のブリーフィング中に寝てしまうし、ペネロペ・クルスは色仕掛けで金持ちを誘惑するという古めかしい手法で情報を聞き出す。指輪を贈られてウキウキのハネムーン気分で行う任務じゃないだろと、序盤からモヤモヤするのである。このメンバーならむしろ中途半端な恋愛やお色気要素はいっさい排して、ストイックな女性エージェントものとして演出した方が良かった気がする。作品を通して、なぜこの女性エージェントたちが任務を遂行しているのか?という必然性があまり感じられない。これはこの手のジャンル映画では、必要な説明だと思う。現状は、たまたま集まったメンバーが女性だったという以上の理由がないのである。


基本的に酷評になってしまったが、テイト・テイラー監督の2021年「AVA エヴァ」を思い出すような、残念な仕上がりだった本作。ジェシカ・チャステインは根本的にアクション映画とは相性が悪い気がする。「ゼロ・ダーク・サーティ」や「女神の見えざる手」といった演技で魅せる作品では素晴らしい結果を残しているだけに、特にそう思ってしまうのだ。また本作は完全に爽快感がある娯楽映画に振り切れているか?といえば、微妙に後味の悪い展開もあるし、やはりなんとも評価しがたい作品だ。ちなみにサイモン・キンバーグのプロデュース作には、「オデッセイ」「デッドプール」「LOGAN/ローガン」など良い作品も多いので、製作者としての能力は高いのだろう。見所がまったくない作品ではないが、個人的にはあまり感心しない内容で、やはり映画の出来は監督と脚本によって大きく左右されるなと、今回強く感じてしまった。

4.0点(10点満点)