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映画「ナイル殺人事件」ネタバレ考察&解説 「謎解き」よりも「愛」を深く描いた、薄口ながらも意欲的なリメイク作!

ナイル殺人事件」を観た。

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ミステリーの女王アガサ・クリスティによる1937年の名作「ナイルに死す」を原作にした、「名探偵ポアロ」シリーズの映画化。「ナイルに死す」の映画化としては、1978年のジョン・ギラーミン監督作「ナイル殺人事件」に続いて2回目となる。今回の監督はケネス・ブラナーで、監督/製作/主演を兼務した2017年公開「オリエント急行殺人事件」に続いての続投だ。共演は「ワンダーウーマン」「ワイルド・スピード」シリーズのガル・ガドット、「ローン・レンジャー」「君の名前で僕を呼んで」のアーミー・ハマー、「アメリカン・ビューティー」「20センチュリー・ウーマン」のアネット・ベニング、前作「オリエント急行殺人事件」でも出演していたトム・ベイトマンなど。コロナ禍で2年ほど公開が延期になったが、やっと劇場公開された作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 


監督:ケネス・ブラナー

出演:ケネス・ブラナーガル・ガドットアーミー・ハマー、エマ・マッキー、アネット・ベニング、トム・ベイトマン

日本公開:2022年

 

あらすじ

エジプトのナイル川をめぐる豪華客船の中で、美しき大富豪の娘リネットが何者かに殺害される事件が発生。容疑者は彼女の結婚を祝うために集まった乗客全員だった。名探偵エルキュール・ポアロは“灰色の脳細胞”を働かせて事件の真相に迫っていくが、この事件がこれまで数々の難事件を解決してきたポアロの人生をも大きく変えることになる。

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全44p構成。

縦型変形オールカラー。紙質もクオリティ良いし、ページ数も多く読み応えがある。ケネス・ブラナー監督のインタビュー、作家の王谷晶氏、映画評論家の清藤秀人氏、斉藤博昭氏、エッセイストの平井杏子氏、推理作家の森晶麿氏のレビュー、プロダクションノートなどが掲載されている。

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感想&解説

ケネス・ブラナー名探偵ポワロを演じ、自ら監督を務めた前作「オリエント急行殺人事件」のラストで、ナイル川に向かう」といったセリフがあったとおり、製作自体は早々に決まっていたと思われる本作。それにしても前作「オリエント急行殺人事件」は、ジョニー・デップペネロペ・クルスデイジー・リドリーミシェル・ファイファーウィレム・デフォーと”スター映画”として、派手なキャスティングが売りになっていたが、それに比べて本作のキャスティングはあまりに地味だ。ポスターアートからは、「ワンダーウーマンa.k.aガル・ガドット」がメインキャストの印象だが、彼女は”最初の被害者”のため実は物語の中盤で退場してしまう。このキャスティング、ミステリー映画としては「誰が犯人か分からない」という一定の効果を生んでいるかもしれないが、正直いまさら「ナイルに死す」のネタバレもないと思うので、やはり映画全体がやや薄口で地味な印象はぬぐえない。このキャスティングから解るように、作品全体が非常に”軽い”のである。

ただ、これは悪いことばかりではない。逆に言えば、とても観やすい娯楽作だという言い方もできる。特に本作は「愛の数だけ、秘密がある。」というキャッチコピーのとおり、実は”恋愛映画”の比重が重く、良くも悪くもまるでテレビの「サスペンス劇場」のような作風なのだ。もちろんアガサ・クリスティ原作だけあって、ミステリとして(なぜこんな限定的なシチュエーションで殺人を犯すのか?という、そもそもの問題はいったん置いておくとして)「これはおかしいだろ」とか「無理がある」とは感じさせないトリックや動機になっているし、犯人の意外性もある。だがストーリーとしては十分に面白いのに、連続殺人が起こっていく過程の演出は「次は誰が殺されるのか?」という恐怖感が足らないし、ラストの探偵が犯人を糾弾する”もっともおいしい場面”がどうにも盛り上がらない。これはまったく溜めの演出がなく、あまりにあっさりとポワロが犯人を言い当ててしまう事と、犯人がそれをすぐに認めて自供してしまう性急な流れに問題がある気がする。前半のキャラクター説明と後半の謎解き部分にかける時間のバランスがおかしいのだ。そしてこれは、本作が実は”犯人当て”の謎解きを重視した作りではなく、もっと違うテーマを語りたい作品であることに起因している気がする。


まず映画冒頭から、今までの原作や過去作品にはなかった展開となり驚かされる。第一次大戦西部戦線ベルギー軍に所属していた若き日のポワロが持ち前の頭脳で、ドイツ軍を撃退するが、爆弾による悲劇に見舞われることにより、顔に傷を負い最愛の恋人を失うというエピソードが語られる。その顔の傷を隠すため、後にポワロのトレードマークとなる口髭を彼は蓄えるという、いきなりエモーショナルな展開なのである。とにかく本作のポワロは非常に感情的だ。失った恋人を思い出しては目に涙をため、友人の死を悼んでは犯人に怒りの銃口を向ける。前作もその傾向はあったが、どちらかと言えば冷静沈着で茶目っ気のあるキャラクターだったポワロのイメージと違い、ケネス・ブラナー版はシリアスで感情の起伏が激しい。個人的には、デヴィッド・スーシェが演じていたテレビシリーズのファンだったので、ポワロは彼のイメージがもっとも強いのだが、そういう意味でケネス・ブラナー版は、頭脳明晰の枯れた名探偵というよりは、もっと精力的で若々しいイメージだ。ここは好みの分かれるポイントだろうし、原作ファンからは賛否両論あるだろう。

 


そしてダンスパーティで踊るエマ・マッキー演じる”ジャクリーン”と、アーミー・ハマー演じる”サイモン”の熱烈なダンスシーン。ここからネタバレになるが、ここは非常に長い尺が使われている。だが、その理由は明白だ。ここが唯一、彼らがどれだけ愛し合っているか?を表現している場面になるからである。これこそがこの事件の根幹であり動機なのだが、この場面以降ではこれを描ける機会はない。だからこそ、この場面は流れているブルースの楽曲と共に、見応えのある素晴らしいシーンになっていたと思う。そこからガル・ガドット演じる大富豪の娘リネットが登場することで、ストーリーは大きく動き出すことになる。このリネットと踊るサイモンとジャクリーンのそれぞれの表情は、オチを知って鑑賞するとなかなか感慨深い。原作には登場しないブークと黒人シンガーの姪っ子ロザリーとの恋、そしてその恋を許さない過保護な母親、リネットの後見人スカイラーと看護師バワーズとの同性愛、リネットの事を想い続ける医師ウィンドルシャム、そして熟年シンガーであるサロメとポワロ。本作には立場や性別、年齢などを越えた様々な”愛の形”が描かれる。これこそが、この2022年にケネス・ブラナーが描きたかった「ナイルに死す」だったということだろう。そしてラストシーンで、トレードマークだった口髭を剃り「側にいて(STAND BY ME)」と歌うサロメのいるクラブを訪れたポワロが描かれ、この映画は終わる。まるで全く新しいポワロの人生がこれから始まることを予感させる感情的なラストシーンには、やはり驚かされる。本作は最後まで、「愛について」の映画だったのである。


そして、本作のもうひとつの見所はエジプト・ナイル川の風光明媚な舞台設定だ。もちろんほとんどがCGやセット撮影を駆使した映像なのだろうが、やはりスクリーンの大画面で観る明るい太陽光や夕陽の中で河を進む蒸気船、スフィンクスアブ・シンベル神殿などの美しいショットの連続は、単純に目に楽しい。往年の「大作洋画」を観ているという気分に浸れ、映画鑑賞としての満足感があるのである。また豪華客船を舞台にしているため、キャストたちの衣装や物語のキーとなるティファニーのダイアモンドネックレスなどの装飾品も美しく、映像としてゴージャスだ。特に客船カルナック号は全長72メートルの巨大セットを作って撮影したそうで、クリストファー・ノーラン監督の「TENET」でも使用された、「65mmパナビジョンカメラ」が贅沢なロングショットの数々を捉えている。そして本作でのガル・ガドットは、終始溜息が出るほど美しい。やはりスターとしてのオーラが他の出演者とはまるで違うのだ。これは本作の大きな魅力と言えるだろう。逆にアーミー・ハマーが二人の美女が取り合うほどの魅力的な男にはどうしても見えず、ミスキャストだった気がする。


繰り返しになるが、ミステリ映画としては80年以上も前の原作の映画化なので、ストーリーの起伏や意外性などに過度の期待はしない方が良いだろう。ただ「ナイルに死す」の映画化作品として、作り手の意図がはっきりと表れた意欲的なリメイクだと思う。画面を彩るセットや衣装、撮影の各要素も美しい。あとはキャスティングを前作ばりにもう少し豪華キャスティングで固めてくれたら、さらにスクリーン映えする大作映画として良かったのにと感じてしまうが、それは無いものねだりなのだろう。ただアネット・ベニングを久しぶりにスクリーンで観れたのは良かった。ポワロが世界中を旅しながら殺人事件を解決していくシリーズとして、まだまだアガサ・クリスティー原作で残された名作は多いと思うので、ぜひ次のポワロ作品もケネス・ブラナーに監督してほしいものだ。アクロイド殺し」のように映画化に向かない作品も、ケネス・ブラナーが新しい解釈で映像化してくれないかと夢想してしまう。リメイクシリーズの二作品目として、本作「ナイル殺人事件」は一定の需要を満たす、手堅い作品だったと思う。

6.5点(10点満点)