映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「ガンパウダー・ミルクシェイク」ネタバレ感想&解説 いくつオマージュの元ネタが探せるか?!ただそれだけに留まらない、しっかりしたメッセージ性も孕んだ快作!

ガンパウダー・ミルクシェイク」を観た。

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ハロン・ケシャレスと共同で監督/脚本を担当した、2013年「オオカミは嘘をつく」がクエンティン・タランティーノの大絶賛を受け、世界的に認知されたイスラエル人監督のナボット・パプシャドが手掛けたバイオレンスアクション。主演は「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のネビュラ役でブレイクした他、大ヒット作品「ジュマンジ」のリブート作品でもヒロインを演じたカレン・ギラン。共演者はテレビシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」「ターミネーター:サラ・コナークロニクルズ」のレナ・ヘディ、「ジェラルドのゲーム」のカーラ・グギーノ、「ブラックパンサー」のアンジェラ・バセット、「グリーン・デスティニー」「クレイジー・リッチ!」のミシェル・ヨー、「サイドウェイ」のポール・ジアマッティなど豪華キャストだ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:ナボット・パプシャド

出演:カレン・ギラン、カーラ・グギーノアンジェラ・バセットミシェル・ヨーレナ・ヘディポール・ジアマッティ

日本公開:2022年

 

あらすじ

ネオンきらめくクライム・シティ。暗殺組織に所属する凄腕の殺し屋サムは、ターゲットの娘エミリーを匿ったせいで組織を追われ、命を狙われてしまう。次々と送り込まれる刺客たちを蹴散らしながら夜の街を駆け抜けるサムは、かつて殺し屋だった3人の女たちが仕切る図書館に飛び込む。女たちはジェーン・オースティンバージニア・ウルフの名を冠した武器を手に、激しい戦いへと身を投じていく

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全28p構成。

縦型変形オールカラー。紙質もクオリティ良し。カレン・ギラン、クロエ・コールマンなどキャスト陣のインタビュー、ナボット・パプシャド監督のインタビュー、作家の王谷晶氏、映画評論家の尾崎一男氏、宇野維正氏のレビュー、プロダクションノートなどが掲載されている。

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感想&解説

本作を監督したナボット・パプシャドは1980年生まれらしいが、インタビューで「自分は映画をたっぷり観て育っている」と答えているように、本当に過去の映画作品に強いオマージュを捧げている作品だと思う。もちろんそれらを知らなくても全く問題なく楽しめる作品だが、スクリーンから監督の好みがダダ漏れ出ているので、思わずこちらも楽しくなってくる。これらのシーンを単純な”パクリ”だと片づけてはいけない気分になるのだ。特に影響を強く感じるのはジョン・ウー作品だろうか。銃撃戦が多い映画ということもあり、レナ・ヘディ演じる主人公の母親スカーレットが二丁拳銃でジャンプしながら発砲するシーンなどは、チョウ・ユンファ主演の「男たちの挽歌」だろうし、子供のエミリーに銃撃戦の最中にヘッドフォンをして音楽を聴かせる場面は、ニコラス・ケイジジョン・トラヴォルタの「フェイス/オフ」の場面そのままだ。このままどこかに、例の”白い鳩”が出てくるのではないかと思ったくらいである。また殺し屋たちご用達の病院があったり、武器調達用の図書館や銃が持ち込めないダイナーなど、独特のルールがある世界というのは「ジョン・ウィック」シリーズの影響だろう。ジョン・ウィック」にも、殺し屋の掟によって運営されている”コンチネンタル・ホテル”といった舞台があったが、ガンパウダー・ミルクシェイク」の世界にも”警察の存在”がまるでないというのも含めて、かなりチャド・スタエルスキデヴィッド・リーチへのインスパイアは感じる。

また映画の冒頭がノワール調で始まる事と、暗殺者として登場するカレン・ギラン演じるサムの格好からは、1968年ジャン=ピエール・メルヴィル監督の「サムライ」を思い出させる。アラン・ドロン演じる殺し屋が被っていたハットと同じく、主人公サムにハットを被せることによって”一匹狼の殺し屋”という印象を強くしており、彼女は序盤からカッコいい。だが「殺しの後の一杯」を酒ではなくバニラ・シェイクにする事によって、それでも彼女は”女性らしさ”を失っていないという前のシーンとのギャップを表現しており、このシーンにはニヤリとさせられる。終盤の場面でサムが、日本語の書かれたピンクの「マシュマロ」と書かれたTシャツを着ているのも、その流れだろう。まるで男のように生きている強いマッチョな女性キャラクターというのは過去作にも存在していたが、本作に登場する主要キャラたちは”女性らしさ”を捨てていないのだ。特に女性図書館員の3人の女性たちは衣装も女性らしく、スタイリッシュだ。だが彼女たちは、決して男たちには搾取されない。恋愛によって男に弱みも見せないし、彼女たちのコミュニティの中で強く生きている。これに対して、本作に登場する男たちは情けなくバカばかりだ。息子を殺されたロシアンマフィアのボスが語る、「家庭の中に居場所がない」という男の勝手な理屈が現れたセリフなどは顕著だろう。笑気ガスを吸って笑い転げる三人組殺し屋の馬鹿馬鹿しさなどからも、この映画からは「ガールズエンパワーメント」のメッセージを強く感じる。圧倒的に女性が強くて正しいのだ。そしてこれが本作では、非常に痛快なのである。


また他のインスパイア元としては、もちろんクエンティン・タランティーノ作品だろう。序盤のダイナーで、母娘がミルクシェイクを向き合ってストローで吸い込む場面は、パルプ・フィクション」のパンプキンとハニー・バニーの変化形だろうし、アンジェラ・バセット演じる「アナ・メイ」というキャラクターが、やたらとFワードの汚い言葉を連発するのは、”サミュエル・L・ジャクソン”オマージュだと思う。「子供の前だから」とたしなめられる場面には笑ってしまった。また終盤のミシェル・ヨーのアイパッチや音楽の使い方も含めて、「キル・ビル」からの影響も少なからず感じる。またもう一作、強烈に想起したのは2012年日本公開のニコラス・ウィンディング・レフン監督「ドライヴ」だ。ライアン・ゴズリング演じる”ドライバー”が着ていたのは「サソリ柄のスカジャン」だったが、本作のサムが着ているのはボウリング場で飾ってあった「トラ柄のスカジャン」というのも近いし、カーチェイスで追われている時にいきなり暗がりに入り、ライトを消してやり過ごすという表現も、当時「ドライヴ」を観て感心したシーンを思い出した。あとは子供を守りながら大人も成長していく物語という意味では、やはりリュック・ベッソンの「レオン」だろうか。あとはセルジオ・レオーネ監督の西部劇のような首吊りシーンなどもあり、本作からは新旧さまざまな作品からのオマージュを感じるのである。

 


だが実は本作「ガンパウダー・ミルクシェイク」は、上記のような過去作のオマージュだけではなく、新しいアクションシークエンスを作ろうとしているのが素晴らしい。病院で両腕が動かなくなったサムが三人組と戦うシーンは、まるで半分コメディシーンのようだが激しいバイオレンス描写にもなっており、手にガムテープでメスと銃を括り付けるあたりから、「これから、どうなるんだろう?」と目が離せない場面になっていたし、サムとエミリーが二人羽織状態で行うカーチェイスシーンもフレッシュなシーンで楽しめた。しかも本作がさらに良い点は、絶対に子供には目をつぶらせて人が死ぬ場面は見せないし、彼女には殺人の非はないという表現を徹底しているところだ。例えば車で人を押しつぶすというシーンも、ハンドルを握っているのエミリーなのだが、あくまでアクセルを踏んで車を前進させているのは、大人であるサムなのである。こういった子供への配慮は、主人公が女性である本作らしい演出だと思う。サムにとってエミリーは、任務を放棄しても命を捨てても守るべき存在であり、だからこそ二人の間には固い絆が芽生えるのも納得感がある。そして8歳9ヶ月のエミリーの存在こそが、逆にラストシーンでは、ポール・ジアマッティ演じるネイサンの命も救うことになるのだ。


序盤で救出したエミリーにサムが、「どこか怪我はない?骨折や出血は?内出血は?」と聞く場面があるが、それは母親スカーレットがサムに聞いていた内容だったことが判るシーンからも、本作は親子の物語でもあり、世代を超えた女の戦いでもあることが描かれる。ダイナーのシーンでマフィアを皆殺しにする場面での、「もう傍観するのは終わり。どちらかにつかなきゃ。」というミシェル・ヨーのセリフには、これからの女性の生き方を総括するような響きがあったのが印象的だ。男たちに守られて生きる時代は終わり、これからは自分たちでサバイブしていくのだというまるで宣言のようである。ラジオから流れるマーキュリー・レヴの「GODDESS ON A HIWAY」を聴きながら、ラストシーンで彼女たちはバンに乗って旅に出る。もちろん車の中は女性だけだ。中盤の戦闘シーンで、ジャニス・ジョプリンの「Piece Of My Heart」がかかるが、登場人物がなぜ全員がガラケーなのか?いつの時代で、舞台はどこなのか?がいっさい分からない世界観の中で、この曲の歌詞のように本作では徹頭徹尾「男との戦い」を描き、そして彼女たちはその戦いに勝利する。そして、その姿に男性の観客も解放感を感じる作りになっているのである。


それは劇中の彼女たちが子供を守り、仲間に敬意を払い、自分の罪を認めて謝罪し、そしてそれを許す高潔な人物だからに他ならない。しかも母親スカーレットは夫の復讐による殺しによって、娘サムに会えなくなったし、サムもエミリーの父親を殺してしまうことにより深く後悔する。やはり人を殺すのは、不幸を生むことも本作は描いているのだ。だからこそ彼女たちは、男たちが運営する「会社(ファーム)」と呼ばれる、組織自体から身を守る為に仕方なく暴力に頼るのである。この設定が本作を、単純な女性万歳のバイオレンスアクションから、メッセージのある娯楽映画にしている気がする。2022年のこの現実世界でも、ロシアの馬鹿な男が組織を率いて、馬鹿な戦争を仕掛けているが、世界が変わるにはもっと女性リーダーの台頭が必要なのかもしれない。映画が終わったあとに、ふとそんな事を考えてしまった。

7.5点(10点満点)