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映画「スパークス・ブラザーズ」ネタバレ考察&解説 音楽ファンやクリエイターは必見!スパークスのファンじゃなくても楽しめる、良作ドキュメンタリー!

スパークス・ブラザーズ」を観た。

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ショーン・オブ・ザ・デッド」「ベイビー・ドライバー」や、近作でも「ラストナイト・イン・ソーホー」という名作を送り出した、エドガー・ライト監督が初めて手がけたドキュメンタリー映画。彼が大ファンだと公言する兄弟バンド「スパークス」に二年間密着し、総勢80名の関係者やアーティストらにインタビューして作り上げたという作品だ。トッド・ラングレンやベック、「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のフリー、「フランツ・フェルディナンド」のアレックス・カプラノス、デュラン・デュランニュー・オーダービョークなどの一流アーティストが彼らについて語り、「スパークス」の50年以上ものキャリアを振り返る内容はとても興味深い。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:エドガー・ライト
出演:ロン・メイル、ラッセル・メイル、ベック、アレックス・カプラノス、トッド・ラングレン
日本公開:2022年

 

 

感想&解説

正直言って、僕は「スパークス」の大ファンという訳ではない。2015年にフランツ・フェルディナンドスパークスと組んでリリースした、「FSS」というアルバムで彼らを初めて知り、フランツのボーカリストであるアレックス・カプラノスがコラボ相手として選んだアーティストとして、「スパークス」を初めて認識した位だ。僕はフランツのファンだったので、そこから新たにスパークスの音源を掘り始めた訳でもなく、彼らの知識はほとんど無いに等しい。アルバム名と同じ、その「FSS」というユニットでは、2015年以来二度と音源をリリースしていないが、本作を観るとその理由も頷ける。「スパークス」は基本的に同じことを繰り返すようなバンドではない事、彼らがそうやって今まで音楽業界で生き抜いてきたバンドであることが、141分かけて本作では語られるのである。

よって本作を観るきっかけとなったのは、監督エドガー・ライトが制作した初めてのドキュメンタリー作品であるということと、インタビューの対象がベック、アレックス・カプラノス、トッド・ラングレン、フリーといった著名アーティストだったからだ。特にエドガー・ライトは前作「ラストナイト・イン・ソーホー」が傑作だったこともあり、彼が「スパークス」という題材で、どんなドキュメンタリーを撮るのか?という点に興味が湧いたのだが、結果的に本作は素晴らしい出来に仕上がっていた。鑑賞する前は、スパークス」の楽曲や歴史に精通したファンじゃないと楽しめない作品なのかもと身構えたが、実際はまったくそんなことはない。70年代のデビュー初期から2000年代までの音楽シーンを背景にしながら、彼らの辿ってきた歴史が代表曲と共に一望できる上に、ロン・メイル&ラッセル・メイルという稀有な才能のアーティストが、世間に理解されない苦悩を抱えながらも着実にキャリアを築いてきた姿には感動できるし、終盤には彼らの”キャラクター”自体に惹かれているだろう。特にキーボード奏者である兄のロン・メイルは、強烈に愛着が湧く存在なのだ。

 

大前提として「スパークス」の知名度は(特に日本では)、それほど高くないと思う。劇中でも触れられているが、個人的にイギリスのバンドかと思っていたが、アメリカLA出身と聞いて驚いた。しかも彼らのデビューアルバムともいえる、1971年「ハーフネルソン」は、なんとあのトッド・ラングレンのプロデュースによって生まれたという事も、本作で初めて知った。トッド・ラングレンは1972年の「サムシング/エニシング?」という二枚組の名盤に収録されている、「I Saw the Light」「Hello It’s Me」などで知られるアメリカの大御所アーティストで、「XTC」や「グランド・ファンク・レイルロード」のプロデュースを手掛けていることは有名だが(XTCの「スカイラーキング」も大名盤!)、「スパークス」のプロデュースについてはあまり触れられていない気がする。そういう意味でも「スパークス」は誰もが知る大ヒット曲もないし、正直ややマニアックなアーティストだと思う。ただ「フラッシュダンス」などでも有名な、ジョルジオ・モロダーと組んでの1979年の「No.1イン・ヘブン」などを聴くと、この後で登場した「デペッシュ・モード」などのテクノ・ポップの源流を強く感じる。直接的ではないが、彼らの遺伝子が世界中のアーティストに影響を与えているという事なのだろう。

 

 

そんな彼らのドキュメンタリーとして、本作は滅法面白い。6年もの間、レーベルと契約できずアルバムがリリースできないという苦難の時期もあったようで、ミュージシャンは諦めてエンジニアとしての道を進もうとしたなどのエピソードも語られているし、「ぼくの伯父さん」「プレイタイム」のジャック・タチや、「ビッグ・フィッシュ」「シザーハンズ」のティム・バートンと映画を作るという計画が、途中で頓挫したりと彼らはいつも苦労が絶えない。映画から大きな影響を受けている兄弟が非常に悔しそうなのは印象的だが、劇中でレッチリのフリーが、「ポップミュージックの世界はユーモアが欠如している。だからスパークスはビッグになれないんだ。彼らは面白すぎるから。」という趣旨の発言を愛情を込めてしているが、これはステージ上で股間にソックスを被せて跳ね回っていた、フリーだからこそ言える発言だと思う。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」はロックの世界で、他を寄せ付けないくらいのユーモアを発揮してきたバンドだからだ。

 

本作を観ると、”信念を貫くことの難しさと大事さ”を痛感する。スパークス」の音楽性は多様に変化していて、ポップやパンクやエレクトロ、クラシックと様々なジャンルを取り入れながら時代を泳いできているが、それは決して時代に迎合している訳ではない。安易にその時の”売れ線”に走らず、彼らはいつも自分たちのやりたいことを貫いているだけなのだ。だからこそ大失敗もする。せっかく獲得したファンは新譜を聴くたびに落胆し離れていくし、バンドメンバーもコロコロと変化する。だが何度も「やつらは終わった」と言われながらも、スパークスは一貫して”クリエイティブであること”には迷いがない。「金も名誉もなく、彼らには音楽だけだ。尊敬する」と元バンドメンバーが語っているが、この言葉こそが彼らの存在を端的に表現していると思う。例えば、劇中で「My Baby's Taking Me Home」という曲が披露されているが、この「My Baby's Taking Me Home」というワンセンテンスをひたすら繰り返すだけの歌詞が、奇妙な恍惚感と興奮を生む名曲となっていたし、過去にリリースしたアルバムを21日間連続で、なんと1枚ずつ全曲演奏するという前例のないライブを行ったことにも素直に驚かされる。とにかく彼らの音楽と行動は挑戦的なのだ。

 

2022年は「スパークス」が楽曲制作を担当し、「ポンヌフの恋人」などのレオス・カラックスが監督した、アダム・ドライバーマリオン・コティヤール出演の大作ミュージカル「アネット」も日本公開され、サントラもカンヌ国際映画祭で賞を受賞しているらしい。今「スパークス」にとって、何度目かの絶頂期を迎えているのは間違いないだろう。そしてエンドクレジットでは、監督であるエドガー・ライトの面目躍如ともいえる名シーンが残されているので、絶対に最後まで席を立たないように。劇場でも「おおー」と観客から声が漏れていたが、本作にドキュメンタリーの枠を超えた、「映画作品」としての魔法をかけた素晴らしい演出であった。”彼らは2人揃ってスパークスであり、そこにエゴや役割などない”ということが、映像的に表現された名シーンだろう。思わず劇場からの帰り道に、スパークスのアルバムをAmazonで購入してしまったが、毎日決まったコーヒーショップに寄ってから、地道にスタジオで楽曲制作する兄弟の姿を観ていると、この作品によって彼らの音楽に出会えて本当に良かったと感じる。特に音楽ファンや、クリエイティブな環境にいる方には確実にオススメできる、良作ドキュメンタリーだった。

8.0点(10点満点)