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映画「カモン カモン」ネタバレ考察&解説 天才子役ウッディ・ノーマンの演技は必見!マイク・ミルズ監督の新たな良作!

「カモン カモン」を観た。

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「ザ・マスター」「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」「グラディエーター」などでノミネートされつつも、2020年アカデミー賞において「ジョーカー」で主演男優賞を獲得したホアキン・フェニックスを主演に迎えた、ヒューマン・ドラマ。監督は「20センチュリー・ウーマン」「人生はビギナーズ」のマイク・ミルズ。共演は本作で映画デビューとなる新星のウッディ・ノーマンや、「世界中がアイ・ラヴ・ユー」のギャビー・ホフマンなど。制作を手掛けているのは、「ムーンライト」「WAVES/ウェイブス」「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」などの映画会社「A24」で、マイク・ミルズ監督とのコラボは「20センチュリー・ウーマン」に続いて二作目となる。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:マイク・ミルズ
出演:ホアキン・フェニックス、ウッディ・ノーマン、ギャビー・ホフマン、モリー・ウェブスター
日本公開:2022年

 

あらすじ

ニューヨークでひとり暮らしをしていたラジオジャーナリストのジョニーは、妹から頼まれて9歳の甥ジェシーの面倒を数日間みることになり、ロサンゼルスの妹の家で甥っ子との共同生活が始まる。好奇心旺盛なジェシーは、疑問に思うことを次々とストレートに投げかけてきてジョニーを困らせるが、その一方でジョニーの仕事や録音機材にも興味を示してくる。それをきっかけに次第に距離を縮めていく2人。仕事のためニューヨークに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことを決める。

 

 

パンフレット

価格1,000円、表1表4込みで全52p構成。

表1表4が手帳のような手触りの紙質で、全体的な装丁クオリティが高いパンフレット。モノクロで統一されていて、デザイン性も高い。マイク・ミルズホアキン・フェニックス、ウッディ・ノーマンのインタビューや、ライターの門間雄介氏、岡本仁氏、コラムニスト山崎まどか氏のレビュー、プロダクションノートなどが掲載されている。

感想&解説

マイク・ミルズ監督の前作「20センチュリー・ウーマン」は本当に素晴らしい作品だったが、日本では2017年公開なので、もう5年前の作品になるのかと驚いてしまう。母と息子の絆を描いた物語で、55歳で15歳の息子を持つシングルマザーをアネット・ベニングが演じており、親子と言えども”お互いの世界”を生きていること、それでも親子の絆というのは確かに存在することを、卓越した演出力で伝えてくる名作であった。本作「カモン カモン」は「父親(設定上は叔父だが)と息子」にフォーカスしてしているのだが、マイク・ミルズは徹底して家族を描きたい映画監督なのだろう。そして、本作もやはり素晴らしい作品だったと思う。

基本的には、ホアキン・フェニックス演じるラジオジャーナリストの”ジョニー”が、精神を病んだ夫の看病のためにオークランドに行く妹のために、9歳の彼女の息子であり甥の”ジェシー”を預かるというだけの物語で、プロットとしては非常にシンプルな作品だ。監督/脚本を務めるマイク・ミルズが自ら父親になり、幼い子どもを風呂に入れてときに思いついた物語だそうだが、設定を父親ではなく、叔父にすることで主人公を”いきなり子育てをする”というシチュエーションに放り込むことに成功している。それにより、子育てをしながら感じる幸せや苛立ち、焦りや喜びといった様々な感情を丹念に描いており、このきわめてミニマムな作品の上映時間108分を、まったく退屈させないのは流石としか言いようがない。

 

そしてとにかく本作は、”ジェシー”を演じているウッディ・ノーマンが凄まじい。完全に天才子役の登場だと思うが、彼が大人と子供の間に度々訪れる”ややこしい軋轢”を、見事に表現しているのだ。劇中の彼は、非常にエキセントリックに見える。あえてホアキン・フェニックスを困らせるような質問をしたり、街なかで突然いなくなったりする。朝起きれば爆音でオペラを聴き、スイッチを入れると歌いだす”歯ブラシ”をねだったりもする。かと思えば、甘えてベッドで一緒に寝て欲しいと言ってきたり、一緒の時間を過ごすことに最大限の喜びを表現したりする。まさに子供が持っている「天使と悪魔」の顔を(多少極端な描き方をしてはいるが)、このウッディ・ノーマンは演技によって完璧に体現している。マイク・ミルズは彼をオーディションで見つけたときは、「映画の神様に助けられたと思った。この子しかいないと思ったね。」と語っているが、確かにこの映画を観ると納得だ。本作ではある意味で、アカデミー俳優であるホアキン・フェニックスを喰ってしまっている存在だと思う。

 

ジェシーは”親のいない孤児になった”という設定のゲームを、母親やジョニーに付き合わせるというシーンがあるが、これはスタッフの娘が実際にやっているという事を聞いた監督が、「映画に使わせてほしい」と頼んだということだが、この場面は子育ての経験がある自分には妙な納得感がある。実際の環境よりも辛い状況に自分がいることを想像して、更にそれに親をつき合わせることで、子供ながらに小さな幸せを感じるというゲームなのだろうが、最初このゲームへの参加を「バカバカしい」とジョニーは断る。これはあくまで「大人対子供」という構図のなかで、ジョニーは大人としての立場を貫いているがゆえのリアクションだが、映画の終盤、公園の中で向かい合って叫び合う二人は「大人対子供」ではなく、「人と人」の構図になっている。劇中で何度もぶつかり、気持ちを伝えあって信頼関係を築いた結果、彼らの関係は変わっていくのだが、本作で成長するのは子供のジェシーだけではない。ジョニーとジェシーは一緒に成長していたのである。

 

 

ホアキン・フェニックス演じるジョニーは、ラジオジャーナリストとして各地の子供たちへインタビューしているという設定なのだが、これは実際に9~14歳までの子供たちに、実際にインタビューして聞いた声を使用しているらしい。「もし答えたくない質問だったら、答えたくないと言ってほしい」という前提で、子供たちが住む街のことや今の生活、そしてこれからの世界や未来などについて聞いているのだが、これらを聞いていると益々、”大人と子供”の境界が曖昧になってくる。子供たちは本気で未来を見据えて、これからの世界について真剣に考えていることが解るからだ。それに対して、序盤には認知症を患った母親の言う事を聞き、世話をするジョニーの様子が挟みこまれ、妹ヴィヴから「ママの幻想に付き合わないで」と激怒されるシーンがあるが、これにジョニーは「付き合ってやれ」と言い返し、二人は激しく口論する。本作を観ていると、大人や子供、老人といった、「年齢=成長」という”固定概念”が解けていくのだ。

 

ジェシーは、ジョニーの録音機器を持って街を歩き回る。「海や風の音」を録音し、改めて世界を再発見していく。一方でジョニーは「録音するのは素晴らしい。永遠に残すことだから」と言い、ベットの中ではジェシーに「君はきっと大人になったら、この旅を忘れてしまうだろう。」と言う。親は子供に対して「ずっとこのままでいて欲しい」と願いながらも、子供は世界を発見しながら過去を忘れてどんどんと成長していく。ここからネタバレになるが、だからこそラストシーンで彼らが”録音”を通して、気持ちを伝えあう場面は感動的だ。彼らは彼らのやり方で、二人の数日間を永遠に"音"として残したのである。そして、その経験は記憶としても残っていくのであろう。そしてこれからジョニーとジェシーは、「考えもしないような事が起きる未来を”カモンカモン(先へ先へ)”」と進んでいくのだ。過度にウェットになり過ぎない結末も、極めて上品で美しい。

 

女王陛下のお気に入り」でアカデミー賞ノミネートされた、撮影監督ロビー・ライアンによるモノクロ撮影は作品のイメージにピッタリで、コントラストがハッキリした画面は抑制が効いるのに、情報量が多い。子育ての経験のアリナシでもしかすると印象が変わるかもしれないが、個人的には非常に胸に刺さった作品であった。「子供という存在のやっかいさと理解不能さ」をテーマに、大人と子供の関係を描きながらも、最後にはもっと大きな視点で「人と人」が持つポジティブな側面を描いた映画だと思う。マイク・ミルズ監督の作品は本当にハズレがないのがすごいが、本作では特に子役であるウッディ・ノーマンを発掘した功績は大きいと感じる。温かな気持ちで劇場を後にできる良作だった。

7.5点(10点満点)


20 センチュリー・ウーマン(字幕版)


人生はビギナーズ(字幕版)