「エルヴィス」を観た。
「ロミオ&ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」「華麗なるギャツビー」などのバズ・ラーマン監督が、「世界で最も売れたソロアーティスト」としてギネス認定されているエルヴィス・プレスリーをテーマにメガホンを取った、音楽ドラマ。「サスピシャス・マインド」「監獄ロック」「ハートブレイク・ホテル」などの往年の名曲に乗せて、42歳という若さで亡くなったアメリカロック界最大のスターの生涯を描いていく。主演は、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」に出演していたオースティン・バトラー。共演としては、マネージャーのトム・パーカーを「フォレスト・ガンプ 一期一会」「プライベート・ライアン」などの名優トム・ハンクス、エルビスの妻となるプリシラを「ヴィジット」のオリヴィア・デヨングが演じている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング、リチャード・ロクスバーグ、
日本公開:2022年
あらすじ
腰を小刻みに揺らし、つま先立ちする独特でセクシーなダンスを交えたパフォーマンスでロックを熱唱するエルビスの姿に、女性客を中心とした若者たちは興奮し、小さなライブハウスから始まった熱狂はたちまち全米に広がっていった。しかし、瞬く間にスターとなった一方で、保守的な価値観しか受け入れられなかった時代に、ブラックカルチャーを取り入れたパフォーマンスは世間から非難を浴びてしまう。やがて故郷メンフィスのラスウッド・パークスタジアムでライブを行うことになったエルビスだったが、会場は警察に監視され、強欲なマネージャーのトム・パーカーは、逮捕を恐れてエルビスらしいパフォーマンスを阻止しようとする。それでも自分の心に素直に従ったエルビスのライブはさらなる熱狂を生み、語り継がれるライブのひとつとなる。
感想&解説
エルヴィス・プレスリーが亡くなったのが1977年という事で、世代的に僕はほとんど生前の彼を知らない。もちろんテレビの映像などで何度も観た事はあるが、「キング・オブ・ロックンロール」と呼ばれる、エルヴィスのライブパフォーマンスや音源をしっかりと聴いたことがなく、本作が楽しめるか不安だったが、結論それは杞憂だった。本作はエルヴィスそのものに焦点を当てたドキュメンタリーというよりは、彼が生きた1950~1970年のアメリカとエルヴィスを取り巻く”ショービズ”の世界を描いた作品だからだ。そして本作はトム・ハンクス演じる「パーカー大佐」の存在が大きく、実質は彼が裏の主役だとも言える。いわゆる「悪徳マネージャー」として、彼がエルヴィスの人生にどのような影響を及ぼしたのか?が本作で語られる大きなテーマであり、物語の推進になっているからである。よってエルヴィス・プレスリーや楽曲の知識がなくても、本作は十分に楽しめる映画になっている。
監督は「ロミオ+ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」「華麗なるギャツビー」などの、バズ・ラーマン。古典と言われるストーリーを、独特の感性と映像美によってスピーディに魅せていくのが特徴的な作家であり、本作でもその作風は遺憾なく発揮されている。特に前半のハンク・スノウのマネージャーを務めていたパーカー大佐が、初めてエルヴィスのステージを観るシーンは本作の白眉だろう。カントリーを聴きにきた観客の前にピンクのスーツとリーゼントで現れたエルヴィスは、「オカマ」だと観客にヤジられる。ところがパフォーマンスを始めた瞬間、会場の空気が一変して、女性たちが彼の魅力に取り込まれていく様子が、非常に上手く表現されている。そしてその様子にカットバックして少年時代のエルヴィスが、教会や集会でゴスペルやブルースといった黒人音楽に触れて育ったこと、更にそれらの音楽に彼が強烈な影響を受けてきたことが描かれる。
これら一連のシーンによって、このステージで表現されている”腰振り”や”ステップ”が単に小手先の見世物ではなく、彼が真にブラックミュージックからインスパイアされ、音楽によって身体が動いてしまうが故の”官能性”なのだという演出になっており、この場面におけるエルヴィスのパフォーマンスに説得力が生まれている。最初は保守的だった女性たちが次々と絶叫し夢中になるのは、単なるエルヴィスの外見だけではなく、この”ロック”というジャンルが持つ魅力そのものなのである。また同時に彼が生きた50~60年代は、黒人と白人の間には埋めがたい差別が横たわっており、それは聴いている音楽すらも例外ではないという説明にもなっていて、このシーンには大いに興奮させられた。黒人発祥のブルースやゴスペルを進化させ、白人アーティストとして”ロックンロール”というジャンルを大衆音楽として定着させたのが、このエルヴィス・プレスリーであるという事が、この場面から映像的に解りやすく理解できるのである。
しかも、ブルース界の巨人であり、ギブソン"ES-335"がトレードマークだった「B.B.キング」とエルヴィスに深い親交があったり、「のっぽのサリー (Long Tall Sally)」「ルシール (Lucille)」などの曲で有名なリトル・リチャードが登場したりと、ビートルズ以前の知識がほとんどない自分にとっては、面白くて勉強になるシーンが目白押しだ。特に中盤まではエルヴィスの躍進と共に楽しい場面が続き、時間があっという間に過ぎる。故郷メンフィスのスタジアムで行われたライブでは、あの”腰の動き”と反体制的な言動で強い影響力を持ち始めたエルヴィスに対し、保守的な警察がライブを監視し、パーカー大佐を通して「指一本でも動かせば逮捕だ」と脅されるシーンがあるが、この後のエルヴィスの行動は感動的だ。「誰に何を言われようと、最後は自分の心に従え」と、おもむろに「トラブル」を歌い始めるエルヴィスは、圧巻のライブパフォーマンスを行い、アーティストとしての”表現”を貫くのである。これはカッコ良すぎる。
だが終盤に向けて、徐々に物語は不穏になっていく。ここからネタバレになるが、数々のマーチャンダイジングや楽曲の大ヒットによって順風満帆に見えたエルヴィスも、2年間のドイツへの徴兵や母親の急死、妻プリシアとの出会いや歌わない映画俳優への転向などを経て、だんだんと人気が陰っていく。そして時代そのものも、黒人公民権運動の指導者として活動していたキング牧師の暗殺や、ジョン・F・ケネディ大統領に続いて、弟のロバート・ケネディ上院議員が銃殺されたりと世相は混沌としてくる。そんな中、エルヴィスはもう一度歌手としての復活を目指し、暗い世相を反映させた「明日への願い(If I Can Dream)」などを発表しながらも世界ツアーを計画するが、パーカーはエルヴィスを巧みに誘導し、自身の「ギャンブル負債を帳消しすること」と「無制限の融資枠の提供」を条件に、インターナショナル・ホテルで行うショーの専属契約をホテルオーナーと結んでしまう。
さらに、ホテルでの連夜のショーから国内イベントへと過密スケジュールにあえぐエルヴィスは、過労と薬物によって身体が蝕まれていく。しかもエルヴィス悲願の海外ツアーが出来ない理由は、トム・パーカーが移民であることから、アメリカへ戻れないというリスクだけを考えた利己的な理由だったことも解り、ますますパーカーへの不信感を募らせていく。だが、エルヴィスは過去の膨大な経費を請求されて関係が断ち切れないのである。一年後、エルヴィスは妻プリシラとも離婚してしまうが、過労と薬物によってそのまま心臓発作で倒れ、42歳の若さでこの世を去ってしまう。この終盤の展開は悲壮感が常に画面に漂い、彼が薬物に溺れたことで明らかにアーティストとしての輝きが失われていく様子が観ていて辛い。トム・ハンクス演じるパーカー大佐の独白も憎々しく、当然だが本作は決してハッピーエンドではないのだ。この鑑賞後の”やるせなさ”が、ロックドキュメンタリーという共通項を持ちながらも、「ボヘミアン・ラプソディー」とは決定的に違う点だろう。
上映時間159分という長尺にも関わらず、最後まで飽きさせないバズ・ラーマンの演出力の高さと、エルヴィスを演じたオースティン・バトラーの演技と歌唱は見事だったし、映画としてゴージャスで見応えのある作品だった。そして、何と言っても本作におけるトム・ハンクスの貢献度は凄まじいものがある。珍しく悪役だが、彼の新たな代表作だと感じた。また単なる一アーティストを描くというよりは、50〜60年代の音楽シーンやアメリカそのものを描いていたという意味で、最後まで興味深く鑑賞できたのも大きい。エルヴィス・プレスリーの大ファンでなくても、アメリカのロック史に興味がある人なら観て損はない映画だと思う。とても面白かった。
7.5点(10点満点)