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映画「X エックス」ネタバレ考察&解説 エログロだが実は崇高な気概に満ちた作品!監督の70年代ホラーへの愛が凄まじい。

「X エックス」を観た。

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2013年の「サプライズ」に出演しつつ、自らも「キャビン・フィーバー2」「サクラメント 死の楽園」などのホラー映画を監督してきた、タイ・ウェストがメガホンを取ったホラー映画。本作では彼が脚本/編集も担当している。主演は、ルカ・グァダニーノが監督したリメイク版「サスペリア」のミア・ゴス、共演は日本では劇場未公開となってしまったが、「スクリーム」シリーズの第5弾に出演していたジェナ・オルテガ、「スモーキン・エース 暗殺者がいっぱい」のマーティン・ヘンダーソン、「ピッチ・パーフェクト」シリーズのブリタニー・スノウ、「ドント・ルック・アップ」などにも出演しながらミュージシャンとしても人気を博している、スコット・メスカディなど。制作プロダクションは「ヘレディタリー 継承」「ミッドサマー」など、数々の傑作ホラーを送り出してきたあの「A24」。レーティングは「R15+」である。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:タイ・ウェスト

出演:ミア・ゴス、ジェナ・オルテガ、マーティン・ヘンダーソンブリタニー・スノウ、スコット・メスカディ

日本公開:2022年

 

あらすじ

1979年、テキサス。女優マキシーンとマネージャーのウェイン、ブロンド女優のボビー・リンと俳優ジャクソン、自主映画監督の学生RJとその恋人で録音担当のロレインら6人の男女は、新作映画「農場の娘たち」を撮影するために借りた農場を訪れる。6人を迎え入れたみすぼらしい身なりの老人ハワードは、宿泊場所となる納屋へ彼らを案内する。そんな中マキシーンは、母家の窓ガラスからこちらをじっと見つめる老婆と目が合ってしまう。

 

 

感想&解説

70年代テキサスの田舎を舞台にしたホラー映画で、若い男女が殺人鬼に襲われるというプロットだけを聞くと、どうしてもトビー・フーパー監督「悪魔のいけにえ」を思い出してしまうが、本作はそれだけに留まらない、様々なホラー映画の名作にオマージュを捧げた作品であった。作り手のやりたい事が観客に伝わってくるという意味では、幸福感の高い映画だったが、終わったあとの劇場では「今年観た中で、最悪の映画だ。」という若い観客からの発言もあり、かなり好みが分かれそうな作品ではある。たしかに、今までにどれだけ作られてきたか分からないほどに使いまわされたストーリー展開だし、ホラー映画でありながらも恐怖感はかなり薄い。今までに体験したことのない”刺激的なホラー映画”を期待してしまうと、ガッカリするだろう。だが監督の”映画への愛”を、色濃く感じる作品なのである。劇中に登場する「RJ」という自主制作のフィルムメーカーが、ポルノ映画の撮影をしながら、助手兼彼女に「これは崇高な”シネマ”なんだ」と語るシーンがあるが、あれは本作の監督であるタイ・ウェストのつぶやきだと感じるのだ。

この「X エックス」、内容的には完全にホラー映画なのだが、まるで”アート映画”のような美しい映像と演出が随所に挟み込まれる。画面は70年代のグラインドハウス風味の荒いフィルム感で統一され、冒頭の死体が転がる屋敷の中で警察官が”何か”を見つけて驚愕するシーンから、グイグイと世界観に引き込まれるのだ。そして舞台はその24時間前に巻き戻り、自主映画のクルーである6人の男女がポルノ映画の撮影のために田舎の農場に向かい、そこでみすぼらしい老夫婦であるハワードとパールに出会うという展開になる。この後、ミア・ゴスが演じる主人公マキシーンと老女パールが初めて会話するシーンになるのだが、机のレモネードを挟んで向かい合う二人のシーンはこの後の展開上、とても重要だ。ここで老女パールは、自分も昔はダンサーとしても女性としても魅力的だったこと、戦争によって夫を戦場に取られてしまったこと、そして、もう自分たちの美しかった時間は奪われてしまったことなどを語る。


本作で描かれるテーマは「若さと老い、性と死」だろう。そして主人公マキシーンと老女パールを、明らかにそのテーマの対比として配置している。その証拠に、なんとこの二人を演じているのは、どちらもミア・ゴスなのである。一人二役でこのヒロインと殺人鬼を演じさせているのは、明らかにこの老女パールを単なる狂人の快楽殺人者として描くつもりがなく、この老女もマキシーンの”あり得る将来像”だと伝えたいからだろう。ここからネタバレになるが、ラストの対決で「私はあんたのようにはならない」と言い放ち、ショットガンの反動によって動けなくなったパールの頭を車で弾き潰したマキシーンは、登場シーンと同じく運転中コカインを鼻から吸いながら帰路につく。昔のホラー映画の定番である、”清純な処女が生き残る”というお約束を完全に無視し、自分の人生を享受し欲望のままに生きる女が勝利する映画なのである。パールが男たちを殺す方法は、ナイフやピッチフォークによる刺殺だ。そしてそれは、ヒッチコックの「サイコ」と同じくセックスのメタファーでもある。最初の「RJ」刺殺シーンの後に、パールが突然踊り出す場面の恍惚の表情は、彼女が性行為の快感を感じているからだろう。セックスの欲望に蝕まれ、若者たちを次々と殺す老女パールと主人公マキシーンは、表裏一体の関係なのだと思う。

 

 


そして老夫婦の自宅のテレビからは、いつも「悪魔を恐れろ、そして神を称えるのだ」と説教を垂れる、キリスト教原理主義者が映し出される。この老夫婦は保守的で強固なキリスト教信者だろうが、ラストに、このテレビに映る宗教扇動家の失踪した娘がマキシーンであることが分かる。そしてこの画面の男は、娘の失踪は悪魔に唆された若者の仕業だと言っていたが、個人的に実はマキシーンはこの狂信的な親から自ら逃げてきたのではないかと想像する。自分を”セックスシンボル”だと言い聞かせ、自分の人生を切り開くためにポルノ映画に出演する主人公は、ひと昔前のホラー映画では真っ先に殺される対象だ。だが本作で彼女は、唯一生き残るキャラクターとなる。どうやらこの作品は三部作の一作目のようで、次はプリクエルにあたる「Pearl」というタイトルらしい。老女パールの若かりし日を描いていくようだが、そうなると三作目ではまたマキシーンのその後が描かれるのかもしれない。彼女がたびたび口にする“聖なる介入”は、キリストの存在を指しているのだろうが、この父親との関係も今後シリーズで語られるのではないだろうか。


オマージュ作品としては、「悪魔のいけにえ」「シャイニング」「サンゲリア」「サイコ」あたりだろうが、特に印象的なのは”人食い巨大ワニ”の登場という意味で、トビー・フーパー監督「悪魔の沼」だ。序盤には泳ぐマキシーンの背後に、巨大ワニがどんどんと接近してくる様子を真上から俯瞰するというスリル満点のシーンがあったが、本作は”ワニ映画”としても記憶に残る作品になっている。タイ・ウェスト監督いわく、本作のプロダクションデザインの影響には「断絶」などのアメリカン・ニューシネマの存在があったとも語っており、つくづく1970年代の映画に愛を捧げた作品なのだと感じる。終盤には気まずいベッドシーンもあり、非常に居心地の悪い思いをするのはシャマラン監督の「ヴィジット」を思い出したが、本作が描こうとしているのは”人は必ず老いて衰え、そして死ぬ”という恐怖そのものだ。そんな誰もが身近に感じる感情をアイロニカルに表現した映像作品として、本作はタイ・ウェスト監督のブレイクスルー的な一本になると思う。個人的にかなり楽しめた作品だったので、「A24」作品としては初の続編となる「Pearl」の公開も楽しみだ。

7.5点(10点満点)