「ブラック・フォン」を観た。
「エミリー・ローズ」「地球が静止する日」「フッテージ」などのスコット・デリクソンが監督したサイコスリラー。スコット・デリクソンといえば、2017年の「ドクター・ストレンジ」を大ヒットに導いたことで一躍メジャー監督になったが、続編「マルチバース・オブ・マッドネス」では監督から手を引いて、その代わりに次の作品として選んだのが、本作「ブラック・フォン」らしい。製作を手掛けたのは、「インシディアス」「ゲット・アウト」「ハロウィン」リブートなどのホラー・スリラーを多数送り出している、ブラムハウス・プロダクションズ。原作はスティーヴン・キングの息子である、ジョー・ヒルの短編小説「黒電話」だが、個人的には未読である。出演は「ガタカ」「トレーニング デイ」「6才のボクが、大人になるまで。」などの長いキャリアを持つイーサン・ホーク、「ハウス・ジャック・ビルト」のジェレミー・デイビス、さらにメイソン・テムズやマデリーン・マックグロウといったフレッシュな子役たちが才能を発揮している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:スコット・デリクソン
出演:イーサン・ホーク、メイソン・テムズ、マデリーン・マックグロウ、ジェレミー・デイビス
日本公開:2022年
あらすじ
コロラド州デンバー北部のとある町で、子どもの連続失踪事件が起きていた。気が小さい少年フィニーは、ある日の学校の帰り道、マジシャンだという男に「手品を見せてあげる」と声をかけられ、そのまま誘拐されてしまう。気が付くと地下室に閉じ込められており、そこには鍵のかかった扉と鉄格子の窓、そして断線した黒電話があった。すると突然、フィニーの前で断線しているはずの黒電話が鳴り響く。一方、行方不明になった兄フィニーを捜す妹グウェンは、兄の失踪に関する不思議な夢を見る。
感想&解説
イーサン・ホークは本当に役の幅が広い俳優だと思う。リチャード・リンクレイター監督の「ビフォア」シリーズや「6才のボクが、大人になるまで。」、アルフォンソ・キュアロン監督「大いなる遺産」のようなドラマや、シドニー・ルメット監督「その土曜日、7時58分」のようなサスペンス、アントワーン・フークア監督の「トレーニングデイ」のような刑事ドラマ、アンドリュー・ニコル「ガタカ」のようなSFまで、長いキャリアの中でまんべんなく各ジャンルに出演しつつ、しっかりとした評価を得ている名優だろう。「ブラック・フォン」はホラー・スリラーだが、過去には「パージ」や「フッテージ」のような作品はありながらも、彼のフィルモグラフィとしては、特に記憶に残るようなタイトルはなかった気がするので、本作はネットのレビューの評価が高いこともあり、かなり期待しながら鑑賞した。
ただその結果、思った以上にこじんまりとした小品というイメージで、観ている間は退屈しないし、そつなくまとまっているのは間違いないが、全体的に”薄味”の作品という印象だ。まずホラー映画としてはかなり怖さは控えめで、ジャンプスケアのシーンは若干あるものの、ホラー映画に期待する”怖いもの見たさ”という動機だと本作は拍子抜けだろう。残酷描写があれば、ホラー映画として優れているという訳では当然ないのだが、少年の猟奇殺人という重いテーマに対して、表現はかなりヌルいと言わざるを得ない。薄暗い地下室にある断線したはずの黒電話から、死者からの声が聴こえてくるというプロット自体は魅力的なのだが、実はこの電話、過去に犯人に殺された少年たちが主人公を助けるためにヒントをくれるという内容なので、この電話自体にまったく恐怖感は無い。結局、死者たちは主人公の味方なので、イ―サン・ホーク演じる”殺人犯グラバー”VS”少年フィニー”というシンプルな構造になり、まるで「脱出ゲーム」のような展開になっていくのだ。
この映画、基本的にはフィニーという少年による「密室からの脱出劇」がメインなのだが、そこに少年たちの”友情要素”が追加される。本作でもっとも面白いポイントはそこだろう。子供たちの友情映画と言えば、スティーヴン・キング原作の「スタンド・バイ・ミー」や「ITイット “それ”が見えたら、終わり。」あたりを思い出すが、本作は”死者たち”との友情を描く物語だ。序盤でいじめられっ子のフィニーを助けるロビンとの友情を描きながら、突如そのロビンが失踪してしまう。そしてその後にフィニーが監禁されることで、映画は本格的に動き出す。そしてロビンより以前に監禁され殺された少年たちから、次々と切断されているはずの電話から声が聴こえてきて、主人公フィニーに密室の地下室から脱出するヒントを与えるのである。この要素だけ聞くと面白そうなのだが、この少年たちのヒントが、彼の脱出に直接”謎解き”として絡んでこないのが残念だ。終盤まで彼らのヒントをフィニーが実行しても、すべて上手くいかないように見える。フィニーの作戦が前に進んでいるようには見えないのだ。
ここからネタバレになるが、結果的に過去の5人の少年がくれたヒントは、実は全て功を奏す。うまくいっていなかったのはミスリードだった訳である。必死で掘った穴も、取り外した窓の格子も、冷蔵の中の肉もすべて襲い掛かる殺人犯グラバーを殺すためには必要だったというオチなのだが、これこそ「辻褄合わせ」に見えてしまいあまり興奮しない。幽霊はすべて未来を見通せるということなのだろうか??それなら彼らはフィニーと直接コミュニケーションが取れるのだから、なぜこんな”まどろっこしい方法”を取るのか??どうしても、このオチがやりたいだけの設定に見えてしまうのだ。挙句の果てには、喧嘩が得意だったロビンから戦いのステップを教えてもらい、黒電話で殴るという展開には逆に意味で驚いた。もっと犯人との”頭脳戦”という展開になれば面白い設定だったと思うのだが、斧の攻撃を避けて電話でぶん殴るという解決策は、やや展開として弱い。また妹の”予知夢”という設定も上手く活かされているとは言い難く、無理やりに思えてしまう。予知夢で犯人の家の場所が当てられる妹の存在は、この映画を”なんでもあり”の世界観にしてしまっているのだ。
さらに問題なのは、犯人である”グラバー”がどういう人なのか?が全く描かれないところだ。本作において、イーサン・ホーク演じるグラバーは重要なキャラクターだが、最後まで映画を観ても彼の素性や動機はいっさい語られない。少年ばかりを誘拐して惨殺している動機は?誘拐してきた少年は殺してしまうのに、なぜ顔を仮面で隠しているのか?屋外で会った時はサングラスのみで仮面をしていなかったのに、密室の中で顔を見られるとあれほど怯えるのは何故なのか?弟との関係性は?何故あれほど冷徹にナタで頭を叩き割ることができるのか? ”グラバー”という人物について、過去も含めて何も語られないのである。長々と語る必要はないと思うが、弟はジャンキーのロクデナシではあるが、いわゆる”サイコパス”ではなかった事も含めて、なぜ兄グラバーは人を殺すのか?の背景をもう少し描く必要があったのではないだろうか。彼の人生の片鱗や過去を映像で暗示させるだけでも良いと思うのだが、本作ではそのヒントすら描かれないので、グラバーが”単なる悪役”になってしまっている。彼の実在感がまったくないのである。
さらにいかにも狭そうな田舎町で、同じ学校から何人も失踪者が出ているにも関わらず、警察がまったく容疑者を絞り込めておらず、グラバーはマジシャンの仕事をしているようだが、あれだけ同じトラックで犯行を繰り返しているのに、なぜ捕まらないのか?も謎だ。白昼堂々と少年たちに接触して、毎回車に連れ込んでいるのだから、目撃証言のひとつやふたつありそうだし、何か証拠を残していてもおかしくないだろう。挙句の果てには、妹の「夢」を完全に鵜呑みにしてあれだけの人数を出動させる警察なども考えにくい。要するに、この作品を構成している”世界観”にリアリティが全くないのである。映画は全てにリアリティがあれば良いという訳ではないが、こういった”ホラースリラー”のジャンルはキャラクターか世界観のどちらかに、この”自分の住んでいる現実”と繋がっている実在感がないとストーリーに入り込めないし、恐怖も感じない。ただの空想のお話に感じてしまうからだ。
ただ、兄妹を演じたメイソン・テムズとマデリーン・マックグロウは、とても魅力的だったと思う。特に妹役は、兄を想いながらも自力でしっかり生きている強いキャラクターが伝わってきて、素晴らしかった。だからこそ、兄妹が抱き合うラストシーンはグッとくる。登場する大人たちが揃いも揃ってダメ人間なのは、原作者ジョー・ヒルの父親であるスティーヴン・キングっぽい設定だが、本作は子供同士の友情と絆を描く展開はうまく描けていたと感じる。ただ、どうしても本作には作品からの熱気を感じなかったという印象だ。ただ映画を観ている104分と映画料金を損したとまではならない位には、楽しめる作品だと思うので、気軽にライトなホラーが観たいという需要には応えてくれる映画だろう。
5.5点(10点満点)