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映画「ボイリング・ポイント 沸騰」ネタバレ感想&解説 90分ワンカットが先走り過ぎて、映画作品としては残念な出来!ホスピタリティを感じないスタッフ達にイライラ!

「ボイリング・ポイント 沸騰」を観た。

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ロンドンにある高級レストランでの一夜を舞台に、錯そうする人間模様を描いたヒューマンドラマ。全編ノーカットの90分ワンショットで撮影されていることでも、批評家/観客ともに話題になってる作品だ。映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では99%フレッシュの高評価で、英国アカデミー賞では作品賞含む4部門にノミネートされている。主演は「ギャング・オブ・ニューヨーク」「裏切りのサーカス」「アイリッシュマン」などのスティーブン・グレアム、共演は「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のジェイソン・フレミング、「ポルトガル、夏の終わり」のビネット・ロビンソン、「コレット」のレイ・パンサキなど。監督は「ゾンビアーミー ~死者の軍隊~」などに俳優として出演しており、本作で長編監督デビューのフィリップ・バランティーニ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:フィリップ・バランティー
出演:スティーブン・グレアム、ジェイソン・フレミングビネット・ロビンソン、レイ・パンサキ
日本公開:2022年

 

あらすじ

一年で最もにぎわうクリスマス前の金曜日。ロンドンにある人気高級レストランのオーナーシェフのアンディは、妻子との別居や衛生管理検査で評価を下げられるなど、さまざまなトラブルに見舞われて疲れ切っていた。そんな中、アンディは気を取り直して店をオープンさせるが、あまりの予約の多さにスタッフたちは一触即発状態となっていた。そんな中、アンディのライバルシェフが有名なグルメ評論家を連れて突然来店し、脅迫まがいの取引を持ちかけてくるが……。

 

感想&解説

予告編を観たときに気になっていたが、ネット上でも非常に好評価のようだったので鑑賞してきた。とにかく「90分、驚異のワンショット。NOカット、NO編集、CG不使用」という宣伝文句が真っ先に飛び込んでくる予告編が印象的で、それだけで映画好きとしては興味を惹かれる。過去にもアルフレッド・ヒッチコック監督の「ロープ」、サム・メンデス監督の「1917」、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「バードマン」あたりは、CGや編集点を上手く作って”疑似ワンカット”の映像を作っていたし、エリック・ポッペ監督の「ウトヤ島、7月22日」やセバスチャン・スキッパー監督の「ヴィクトリア」は、本当にワンカットで長編映画を作ってしまったということで、公開当時話題になっていた。本作もそんなワンカット作品群に追加される新作という事だろう。監督はフィリップ・バランティーニという新鋭らしく、まったく過去作を観た事がないのだが、新人ながらもいきなりこの手法を採用するというのはすごい度胸だ。90分の間、スタッフ/俳優ともに絶対ミスが許されない現場というのは、とてつもないプレッシャーだと思う。

このワンカットという手法、もちろん作り手の意図があって選択されているのだと思うが、本作の場合はひたすらに主人公の精神状態を追い込み、その極限状態に観客の感情を”ライド”させるためだと感じる。カットを割らないことで、観客はこの主人公アンディのストレスを同じようにずっと感じ続け、気持ちが昂り続けるという効果だ。この映画は冒頭から、アンディやレストランのスタッフに過酷な状況を突き付け続ける。寒空の中自分のレストランに向かうアンディは、どうやら子供との約束を守ることが出来なかったようで、電話で家族に謝り続けているシーンから幕を開ける。その後レストランに到着したかと思えば、いきなり衛生管理局から店の管理体制についてチェックされたことにより点数を下げられ、それを店のスタッフに当たり散らしたアンディは、逆に自分の発注ミスを指摘されてしまう。他にも、堂々と遅刻してきたかと思えばすぐに薬物を仕入れにいくジェイクというダメスタッフがいて、その身代わりのスタッフがキレていたり、レイシストのテーブル担当が黒人女性スタッフになってしまい理不尽なクレームを入れられたり、忙しいにも関わらずメニューにないステーキを注文するインフルエンサーが現れたりと、これでもかと様々なトラブルがお店を襲う。

 

ただ、このトラブルのストレスに関して、主人公が感じているストレスとは違った意味で、観ているこちらがイライラしてくるのが問題だ。特に、アンディの右腕的な存在でありながらも昇級できないことにフレストレーションを抱いている女性シェフのカーリーが、女性支配人ベスと言い争う場面や、パティシエ見習いがリストカットしている事が解る場面などに顕著なのだが、とにかくこの店はスタッフたちが今の環境に不満を抱えていて、終始イライラしている。本来、店が忙しいのはお店にとって良い事だろう。客が多ければ、もちろんそれなりにやっかいな客だって訪れる。だからと言って、その状況を乗り切るために一致団結しているかといえば、同じ店のスタッフが人種差別に合っていても担当を変わってもらうとか、客のトラブルを回避するために、スタッフ同士が助け合っている訳でもない。シェフ長であるアンディは、どんなに忙しくてもほとんどキッチンで料理をしておらず、息子からの電話や料理評論家の対応で、すぐに仕事場を外してしまう。要するにこのトラブルの色々に関して、彼らの”自業自得感”を感じてしまうのである。この店のスタッフは、全体的にトラブル対応の優先順位がおかしいと感じてしまい、そこにイライラしてしまうのだ。

 

 

ここからネタバレになるが、特にナッツでアレルギーが出たお客の対応と、その後にメンバー全員でブリーフィングを始め、挙句に怒鳴り合いの喧嘩が始まったときは頭を抱えたくなった。まだ店内には多くのお客さんがいるのだ。とにかく閉店まで店を回して反省会は閉店後にやればいいし、あんなにスタッフが怒鳴り合っていては店内に声が丸聞こえだ。要するにこの店のスタッフには、基本的な”ホスピタリティ”を感じないのである。お客さんに対して良いサービスを提供して、楽しんでもらおうという気持ちをメインスタッフの誰一人からも感じない。よって、どうにも彼らを応援する気持ちになれないのだ。またこれはワンカットの構成にしたことの弊害だと思うが、いくら何でも矢継ぎ早にトラブルが起きすぎる。いくらクリスマス前の忙しい金曜日だという設定とはいえ、90分の間にこれだけトラブルが起こる上に、あのスタッフのレベルではこの店は1週間と持たないだろう。あれだけ店が忙しい中、スタッフに強く文句を言われたくらいで、トイレで泣きながらオーナーである父親に電話する責任者では困ってしまうのだ。

 

アンディも頼むからもっと落ち着いて料理に集中してくれと言いたくなる。料理評論家を連れてきたライバルシェフに文句を言うことは、店が終わった後で良いのだ。もちろんアンディの感情が不安定であり、酒とドラッグに依存していることが描かれ、ラストの展開になっていくのだが、残念ながら個人的にはこの作品ならではの特別なメッセージは感じなかった。どうしても、本作からは「90分ワンカットの映画を作る」という最初のコンセプトが先にあって、そこから派生してストーリーを肉付けしていったようにしか思えない。先に語りたいストーリーがあり、その最も効果的な選択肢としてワンカットを選んだという演出には見えなかったのだ。ラストシーンは、信頼していたカーリーに店を辞めると宣言され、ストレスのあまりバックルームに逃げ込んだアンディは酒とドラッグに逃げるが、その後家族に電話をし、再起の為リハビリすることを告げる。だが、そのまま部屋を出た彼が倒れてしまうシーンで映画は終わる。90分かけて彼の溜まりに溜まったストレスが爆発したところで、この映画は終わるのである。たしかにタイトルの”沸騰”、そのままである。

 

ワンカットにした為に、ライティングが変わると所々ピントがずれてしまい被写体がボケてしまっているし、カメラは終始グラグラしており落ち着かない。カメラパンはしばしば動きのタイミングが合っておらず、何が起こっているのか良く解らないシーンも多い。映像作品としてもとてもじゃないが完成度は高いとは言えないし、前述のとおり、ストーリーは褒められた出来ではない。コンセプトである”90分ワンカット”は達成できているが、それが映画としての完成度を上げている訳ではないのだ。役者陣やスタッフの準備や苦労を考えると、こんな作品をよく撮影できたなと単純に感心はするのだが、個人的には編集されていても、心に残る物語と映画的な演出の作品が観たいと思ってしまう。今回の作品の感想は、世間の評価と比べてかなり辛口になってしまった。

4.5点(10点満点)