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映画「女神の継承」ネタバレ考察&解説 モキュメンタリー形式ならではツッコミ所は満載!だが主演女優の演技は素晴らしい!

「女神の継承」を観た。

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「チェイサー」「哀しき獣」「哭声/コクソン」と、監督として数々の名作を残してきているナ・ホンジンが、原案/製作を担当したタイ&韓国合作のホラー。監督は「心霊写真」「愛しのゴースト」「ABC・オブ・デス」などを手がけた、タイのホラー監督バンジョン・ピサンタナクーン。本作のレーティングは「R18+」である。ナ・ホンジンの大ファンとしては、彼がプロデュースする新作とあっては観るしかない。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:バンジョン・ピサンタナクーン
出演:ナリルヤ・グルモンコルペチ、サワニー・ウトーンマ、シラニ・ヤンキッティカン
日本公開:2022年

 

あらすじ

タイ東北部の村で脈々と受け継がれてきた祈祷師一族の血を継ぐミンは、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返すようになってしまう。途方に暮れた母は、祈祷師である妹のニムに助けを求める。ミンを救うためニムは祈祷をおこなうが、ミンにとり憑いていたのは想像をはるかに超えた強大な存在だった。

 

 

感想&解説

ナ・ホンジン監督が「哭声/コクソン」のスピンオフ作品として、同作に登場する祈祷師を主人公にした物語を思いついたことからスタートした映画という事で、本作はかなり前から楽しみにしていた。タイと韓国の合作のホラーらしく、監督のバンジョン・ピサンタナクーンは全く知らないクリエイターだったが、タイではかなり有名な監督らしい。そして本作はあのナ・ホンジンが原案・製作を手掛けており、彼は2009年の「チェイサー」、2012年「哀しき獣」、2017年の「哭声/コクソン」まで傑作しか作っていない韓国の映画作家であり、個人的にいつも新作を心待ちにしているクリエイターの一人だ。そして本作「女神の継承」は、確かに「哭声/コクソン」の延長線上にあるような世界観の作品で、祈祷師や万物に霊魂が宿るアニミズムシャーマニズムを題材にしており、湿度の高いホラー映画になっている。だが残念ながら、あの”ナ・ホンジン・クオリティ”を期待すると肩透かしを喰う作品かもしれない。

本作はいわゆるフィクションを、まるでドキュメンタリーの映像のように演出する表現手法である”モキュメンタリ―方式”を採用している。撮影部隊がタイの山奥にある小さな村で暮らす祈祷師に密着し、その周りで起こる事件を撮影していくという内容なのだが、実はこのドキュメンタリー演出がかなりノイズになっていると感じる。まず映画作品なので当然なのだが、カットすべきところに適切な編集が入っている上に、突然カットインする風景映像などがとても”劇映画”っぽい。さらに「それは事前にカメラをセットしていないと撮れない構図なのでは??」という高い位置からの俯瞰ショットが入っていたり、建物と人物の構図がたまたまとは思えないほど”決まっていたり”、突然大型花火が打ち上げられたりと、しばしばリアルタイムで撮影しているとは思えない、ドキュメンタリーぽくない画が挟まれるのである。またカメラマンがドアを開けて飛び込んだ先で、自殺未遂の女性が倒れていても、まるでカメラが動揺していないのも気になる。驚いてブレたりカメラを落としたり、周りの人間がクルーが撮影していることに激怒したりといったシーンも限定的で、いかにも何度かリハーサルして構図を考えた画面に見えてしまうのだ。

 

そしてPOVホラーではお約束だが、「撮ってないで逃げろ、もしくは助けろよ問題」がやはり本作でも発生する。どんなに自分の命が危険な状態でも、彼らはカメラを手放さずに丁寧に映像で周りの状況を説明してくれる。目の前で仲間が襲われていても、カメラを投げ出して助けたりせずにその様子を撮影し続ける。自分だったら、絶対にカメラをほったらかして逃げるような場面でも、彼らは”謎のプロ意識”でオーディエンスを満足させようと頑張ってくれるのである。これらの場面は、もちろんある程度はお約束だとはいえ、こういう場面が続くと個人的には猛烈に醒める。またどうしても、全体的に映像演出に”既視感”が強い。既発のホラー映画「REC」や「パラノーマル・アクティビティ」「ヴィジット」「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」などで観たことのある、似たような映像になってしまっているのが残念だ。特に夜の防犯用隠しカメラで、画面外から突然出てきて脅かす”ジャンプスケア”は、過去のホラー作品で何回観たか分からない。また全編なにか不穏なシーンでは、これでもかと不気味なBGMが鳴り響き、これもいかにも意図的に編集された”映画”であるという印象が強くなってしまっている。これなら結局モキュメンタリ―形式じゃなく、しっかりとしたホラー映画として作ってほしかったと思ってしまうのだ。

 

ここからネタバレになるが、おおよその物語の流れは、祈祷師であるニムの姉にあたるノイの娘ミンが、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返すようになる。そこでニムは、一族の新たな祈祷師の後継者としてミンが選ばれ憑依されたのだと思うが、実は彼女にはもっと凶悪な”何か”が取り憑いていた。そして、それはミンの母親であるノイの夫の祖先から続く、強大な怨恨が原因だったというストーリーだ。いわばタイ版の「エクソシスト」であり、実際に「エクソシスト」では悪魔に憑依されたリーガンが十字架で自慰行為をする場面があったが、本作でもミンが不特定多数の男と職場でセックスをしたり、叔父に性的な発言をしたりといった場面があり、かなり影響は強いと思う。また終盤で、憑依された男たちが撮影クルーに襲いかかり、人肉を喰らうシーンはほとんどゾンビのようで、そこにもあまりオリジナリティは感じられない。ただ一点、憑りつかれたミンがペットとして飼っている犬を沸騰した鍋に突っ込み、茹で上がった犬を食べるシーンだけは、行き過ぎたシーンとして印象には残った。ホラー映画としてこういうエクストリームな場面があることは、大事なことだと思う。

 

 

ここまでかなり辛口な感想が続いたが、ではまったく面白くない作品かといえば、決してそんな事はない。特に前半の牧歌的な描写と後半の地獄絵図の落差は、見所だろう。いきなり主人公だと思ったニムが、最後の祈祷を前に急死する展開も意外性があったし、先祖が行ってきた業がその子孫に影響するというのも非常に悲劇的で、ホラー映画らしい展開だと思う。祈祷師として人々を救う女性が主人公の映画なのに、始まった段階ですでに救われる可能性のない物語だったのだ。エンディングでのニムの独白は、それを端的に表現していた名場面だと思う。そしてなんといっても、本作最大の貢献者はミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチだろう。端正な可愛らしい顔立ちの女性なのだが、憑依されてからの演技と表情は、完全に自分が女優であることを忘れているかのような熱演で凄まじい。まさに獣になったように机の上で放尿するわ、生肉を食いちぎるわ、一瞬だがトップレスになる場面もあったりと、このレベルで自我とプライドを捨てられる女優は世界でも少ないのではないだろうか。映画を観ながら、彼女のプロ魂にはひたすら感服した。

 

「ナ・ホンジンのプロデュース作品」という事で、ハードルが上がり切った状態での鑑賞だったこともあり、正直やや期待ハズレだった本作。ただ終盤の畳みかけるような悪夢的な展開や、まったく救いのない完全なバッドエンドなど、観客に媚びない振り切った作品だったことは間違いない。大真面目なホラー映画として怖がりに行くというよりは、少し穏やかな気持ちで”モキュメンタリー・ホラー・コメディ”くらいの感じで鑑賞すると、より楽しめる作品な気がする。131分とややホラーとしては上映時間が長いため、家でビールでも飲みながら配信で鑑賞するのに適している作品かもしれない。やはりナ・ホンジンには、監督作としての新作を早く撮ってほしいと思わされた一作であった。

6.0点(10点満点)