映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンの映画ブログです。劇場公開されている新作映画の採点付きレビューと、購入した映画ブルーレイの紹介を中心に綴っていきます!

映画「モガディシュ 脱出までの14日間」ネタバレ考察&解説 リュ・スンワン監督の最高傑作!エンタメ性とメッセージ性が見事に両立している稀有な作品!

モガディシュ 脱出までの14日間」を観た。

f:id:teraniht:20220819100033j:image
「ベルリンファイル」「ベテラン」のリュ・スンワン監督がメガホンをとり、実在した事件の人物であるカン・シンソン大使の「脱出」という手記小説を映画化した、アクションドラマ。突然ソマリアで内戦に巻き込まれた、韓国と北朝鮮の大使館員たちによる脱出劇をドラマティックに描いている。出演は「チェイサー」「海にかかる霧」のキム・ユンソク、「藁にもすがる獣たち」のチョン・マンシク、「シルミド SILMIDO」のホ・ジュノ、「ザ・キング」のチョ・インソン、「新感染半島 ファイナル・ステージ」のク・ギョファンなど。韓国で著名な映画祭である「第42回青龍映画賞」では、「最優秀作品賞」「監督賞」を含む5部門に輝き、世界三大ファンタスティック映画祭のひとつ「ポルト国際映画祭」では、オリエント部門の最高作品賞を獲得している。さらに2021年度の韓国映画でNo.1の大ヒットを記録し、近年の韓国映画でも特に成功した一作と言えるだろう。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:リュ・スンワン

出演:キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョン・マンシク、チョ・インソン、ク・ギョファン

日本公開:2022年

 

あらすじ

ソウル五輪を成功させた韓国は1990年、国連への加盟を目指して多数の投票権を持つアフリカ諸国でロビー活動を展開。ソマリアの首都モガディシュに駐在する韓国大使ハンも、ソマリア政府上層部の支持を取り付けようと奔走していた。一方、韓国に先んじてアフリカ諸国との外交を始めていた北朝鮮も同じく国連加盟を目指しており、両国間の妨害工作や情報操作はエスカレートしていく。そんな中、ソマリアで内戦が勃発。各国の大使館は略奪や焼き討ちにあい、外国人にも命の危険が迫る。大使館を追われた北朝鮮のリム大使は、職員と家族たちを連れ、絶対に相容れない韓国大使館へ助けを求めることを決める。

 

 

感想&解説

以前から映画館で観たいと思っていたが、タイミングが合わずになかなか観れなかった「モガディシュ脱出までの14日間」を、上映終了間近ですべり込み鑑賞。結論、本当に観て良かった。さすがに作品の舞台となっているソマリアでの撮影は断念したものの、全編モロッコでのオールロケーション撮影らしく、俳優とスタッフ陣が4カ月以上の間”100%ロケで撮影する”という誓いを立てて作った映画らしい。1990年当時のソマリア内戦の様子をリアルに切り取りながらも、作品の根幹になっているのは朝鮮半島の”南北問題”だ。だが、それだけに留まらない重層的なメッセージを含んだ作品であり、素晴らしい完成度の121分であった。リュ・スンワン監督の代表作と言えば、2013年「ベルリンファイル」と2015年の「ベテラン」で、両作ともにアクションの娯楽性と骨太な社会性が両立した力作だったが、それでも本作と比べてしまうと大きく見劣りする。それほど素晴らしい傑作であった。

舞台は、1990年ソマリアの首都モガディシュソウル五輪を成功させた韓国は国連への加盟を目指しており、多数の投票権を持つアフリカ諸国の官僚にロビー活動をしていた。キム・ユンソク演じる韓国大使ハンも、賄賂を平気で要求してくるソマリア政府上層部とやり合いながらも、彼らの支持を取り付けようと奔走しているが、敵対する”リム・ヨンス大使官”率いる北朝鮮も同じく国連加盟を目指しており、両国間の確執はエスカレートしていた。そんな中、現政府に不満を持つ反乱軍によってソマリアに内戦が勃発したことで、国中はたちまち銃声が鳴り響き、平然と街中で殺人が行われる地獄と化してしまう。アメリカや中国など各国の大使館も暴徒が襲い、略奪や焼き討ちに遭うがそれは北朝鮮大使館も同じで、大使館を襲われたリム大使やテ・ジュンギ参事官は、職員とその家族たちを連れて脱出を試みる。だが道中で反乱軍に襲われ絶体絶命に陥ったリム大使一行は、敵対する韓国大使館へ助けを求める。自分たちの食料も万全とは言えず、ソマリア政府の防衛も当てにならないハン一行は、北朝鮮の大使館員たちを受け入れるべきかどうか悩むが、結果的に彼らを韓国大使館に招き入れる。


ここで行われる夜の食事シーンが抜群に良い。最初こそ、毒が入っていることを恐れて料理に手を付けない北朝鮮側に対して、茶碗を交換して安全を示すハン大使だったが、北朝鮮側の人々が料理に手を付け始めると、そこに奇妙な譲り合いと助け合いが生まれる。この両陣が対面しながらの食事シーンにはまったくセリフが無いのだが、食器の当たる音や咀嚼音がかなり大きめに設定されている事により緊張感を高め、彼らの挙動のひとつひとつに意識が集中するように演出されている。そんな中、ふと南北の女性間で食べ物を箸で押さえてもらったり、ふと同じものを掴もうとして譲り合ったりする姿が描かれるのだが、この”同じ釜の飯を食う”という場面により、観客は”北と南”という対立を越えた同じ人間としての絆を感じるのだ。このシーンの演出だけでも、リュ・スンワン監督の非凡な才能をひしひしと感じるが、これもその直前にリム・ヨンス大使官の北朝鮮サイドが反乱軍に酷い仕打ちを受け、必死の脱出劇を行っている描写をしっかり入れている事も、上手く作用しているのだろう。要するにこの時点で観客は、韓国側にも北朝鮮側にも無事にこのモガディッシュから脱出してほしいと思える”刷り込み”がしっかりとされているのである。


ここから参謀同士は疑心暗鬼になりながらも、両大使は協力体制を作り、お互いにパイプのあるイタリア大使館とエジプト大使館にそれぞれ依頼して、モガディッシュ脱出のルートを画策することになるが、イタリア大使館は韓国陣営だけなら脱出可能という条件を出してくる。自国のことだけ考えるなら、ハンはその条件を飲めば良いのだが、彼は北朝鮮のメンバーも助けようとする。ハンとリムの間にはもう信頼関係が構築されているのである。このあたりの心理描写も熱い。この作品はキャラクターの内面がしっかりと描かれているので、彼らの取る行動やセリフに不自然さを感じない。彼らがどんな性格で何を重要視しているか?がさりげないシーンの数々から伝わってくるのだ。またそんな彼らを飲み込もうとする、ソマリアの過酷な内戦の風景のリアリティたるや。子供たちが平然と銃を持ちそこら中で銃声が鳴り響く。そして理不尽な暴力によって、次々と人が死んでいくのである。大勢の非道徳な人間がそこにいて、蹂躙が目の前で起こっているように感じられる描写には驚かされる。観ていて、本当にこの”モガディッシュ”の街自体が怖いのである。

 

 


そして何と言っても、本作の白眉シーンは終盤のカーチェイスだろう。ここからネタバレになるが、銃撃に備え車を本や土の入った袋で防御し、避難を約束してくれたイタリア大使館まで突き進む4台の車。だが途中で政府軍の検閲によって止められてしまい、チョン・マンシク演じる韓国大使のコン書記官が思わず白旗を上げようとするが、なんと旗だけが取れて棒の先端が窓から出てしまい、銃だと間違われるという場面になる。普通ならコミカルさが生まれるくらい、「そんなバカな」という突飛なシーンだが、冒頭から積み上げた”コン書記官は何をやってもダメな男”という細かい演出の数々が爆発することで、ある意味での”伏線回収”になっているのも面白い。そしてここから、ひたすらソマリア政府から逃げるための怒涛のカーチェイスになるのだが、これがまたとてつもない。これだけ世界中の映画でカーアクションが描かれているにも関わらず、いまだにこれほど緊張感の高い場面が作れるのかと驚嘆させられる。あれだけ撃たれていて、乗客がほとんど無傷なのはご愛敬だと思うが、非常に完成度の高いカーチェイスシーンであることは間違いないだろう。VFXを多用せず、リアルな撮影だからこその臨場感が伝わってくるのだ。


そしてダメ押しは、ラストシーンのあの絶妙なニュアンスだ。北南の個人たちが手を取り合ってあの困難な局面を乗り越えたとはいえ、またひとたびそれぞれの国に戻れば、組織と組織の対立構造は変わらない。本当なら抱き合って互いの再会を誓い合いたいはずなのに、彼らは無言でそれぞれの車に乗り込んでいくのである。もちろんセリフでは、そんな彼らの心情は何一つ語られない。キム・ユンソクとホ・ジュノの表情だけだ。ただこの場面を観れば、彼らが抱いている感情は痛いほど伝わってくるし、自分たちの今住んでいる世界の状況について思いを馳せる。個人的にこういう感情にさせてもらえる事が映画を観る喜びなので、本当に鑑賞できて良かった。とにかく画面、演出、役者陣の演技に至るまでトータル点がすこぶる高い、ほとんど減点ポイントのない映画だったように思う。エンタメ性も高く十分に面白いのに、メッセージ性も高いという新たな韓国映画の傑作であった。

9.0点(10点満点)