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映画「NOPE ノープ」ネタバレ考察&解説 タイトルの「NOPE」は監督からのメッセージ?馬とチンパンジーとUFOの意味とは?圧倒的に楽しい娯楽映画!

「NOPE ノープ」を観た。

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2017年「ゲット・アウト」、2019年「アス」の監督作ほか、2021年の「キャンディマン」のプロデュースなどでも高い評価を受ける、ジョーダン・ピールの長編監督第3作。元々はコメディアン出身だが、監督デビュー作「ゲット・アウト」が低予算映画ながらも全米興収1億7500万ドルの大ヒットを記録し、続く「アス」も高評価だったことから、今やアメリカの若手監督を代表するポジションまで昇りつめた監督だと思う。田舎町に突如現れた、不気味な謎の飛行物体の撮影を試みる兄妹が描いた本作は、ジョーダン・ピールの新境地とも言える作品になっていたと思う。そして撮影監督は、「TENET テネット」「ダンケルク」などクリストファー・ノーラン監督作品でお馴染みのホイデ・ヴァン・ホイデマで、見事な画面を作り出していた。出演は「ゲット・アウト」のダニエル・カルーヤ、「ハスラーズ」のキキ・パーマー、「ミナリ」のスティーブン・ユァン、「潜水服は蝶の夢を見る」のマイケル・ウィンコットNetflixの人気シリーズ「The OA」のブランドン・ペレアなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ジョーダン・ピール
出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーブン・ユァン、ブランドン・ペレアマイケル・ウィンコット
日本公開:2022年

 

あらすじ

南カリフォルニア、ロサンゼルス近郊にある牧場。亡き父からこの牧場を受け継いだOJは、飛行機の部品の落下による衝突死とされた半年前の父の事故死をいまだに信じられずにいた。そしてこの事故の際に一瞬目にした飛行物体を忘れられずにいるOJは、雲に覆われた巨大な飛行物体のようなものを目撃したことを妹エメラルドに明かす。兄妹はその飛行物体の存在を収めた動画を撮影すればネットでバズるはずだと、飛行物体の撮影に挑むが、そんな彼らに想像を絶する事態が待ち受けていた。

 

 

感想&解説

ジョーダン・ピール監督の2017年「ゲット・アウト」を観た時、世間の評価とは裏腹にまったくノレなかったのをよく覚えている。描きたいテーマは理解できるのだが、サスペンススリラーとしてあまりに荒唐無稽な設定に鼻白んでしまったのだ。そして、それは次回作の「アス」でもまったく同じ感想を抱いた為、個人的にジョーダン・ピール作品とは相性が悪いのだろうと思っていた。どちらの作品も「黒人への(肉体的な憧れも含んだ)差別意識」「階級と貧富」といったテーマを、エンターテイメント作品として映像化している上に、単純なセリフではなく”メッセージ”として、観客に委ねてくる手腕には感心したのは事実だ。ただ、それを表現したいが為の脚本の展開に違和感を感じるという感じだろうか。前作「アス」のネタバレになってしまうが、政府によって作られたクローン人間が実は地上にいるオリジナルの人間たちとつながっており、そのドッペルゲンガーたちと主人公たちの行動が同期してしまうという結末には、どうしても素直に驚けなかったのである。これは、いわゆる”オチ”のインパクトに頼った作風だと感じた為かもしれない。

そういう意味で本作「NOPE ノープ」は、あまり期待せずに劇場に足を運んだのだが、結論として個人的にはジョーダン・ピール監督作で断トツで好きな作品になった。それどころか、今年鑑賞した作品の中でも上位ランクインは確実だ。まず、本作は素直に”娯楽映画”として面白い。シンプルに映像と脚本の力で、グイグイと興味を持っていかれるのである。前作までの社会的なメッセージは薄く、いわゆる”どんでん返し”のオチで推進する脚本ではない。予告編でも示唆される、空に浮かぶ「謎の物体」とは何なのか??という”引っ張り”も映画中盤には明かされるが、最後まで素直に登場キャラクターたちに感情移入しながら、極上のスリルを味わう事が出来るのだ。監督はコロナ禍の撮影において、「劇場に観客を戻せるスペクタル映画であり、夏休み向けジャンル映画のメジャー大作を作ろう」という意志があったらしいが、本作はまさにその通りの映画になっていると思う。過去作品のようにメタファーを散りばめながら、観客に考察を促すような作品ではなく、娯楽映画の楽しさを満喫して欲しいというコンセプトなので、ストーリーがシンプルで”力強い”。

 

鑑賞ながら思い出したのは、スティーブン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」「E.T.」「ジュラシック・パーク」「宇宙戦争」、M・ナイト・シャマランの「サイン」あたりだ。特に「サイン」には、「シックス・センス」で大ブレイクしてから「アンブレイカブル」~「サイン」へと続くシャマラン監督作の立ち位置も含めて、類似点を多く感じる。ある限られた閉鎖空間での攻防という点でも近しいと言えるだろう。スピルバーグ作品の「ジョーズ」「ジュラシック・パーク」は序盤の”恐怖の対象を見せない”サスペンスの作り方から、「宇宙戦争」の侵略者による絶望的で悪夢的な展開、「E.T.」のある有名すぎるシーンのパロディ的な使い方まで、エンターテイメント映画のクリエイターとして圧倒的な才能を持つ、両監督へのリスペクトを強く感じる。ちなみに馬の納屋で、主人公OJが宇宙人のような”何か”から襲われるというシーンがある。OJが横から突然現れた”何か”に思いっきりパンチを入れると、実は”着ぐるみ”を着た子供だったというミスリード場面なのだが、これはローランド・エメリッヒ監督「インデペンデンス・デイ」における、ウィル・スミスの宇宙人への”爆笑パンチシーン”を思い出してしまった。こういった場面からも、過去のジャンル映画の良かったところが詰まった作品だと感じる。

 

ここからネタバレになるが、本作は突然父親を空からの落下物(コイン)によって殺された兄妹のOJとエメラルドが、空に浮かぶ謎の物体を見つけてしまったことから、その「UFO」らしい物体を動画撮影して一儲けしようと試みるという序盤、電気機器店員のエンジェルの助けを借りて監視カメラを設置したことにより”動かない雲”の存在を発見し、そこからこの飛行物体に襲われる羽目になる中盤、そしてこの「UFO」だと思っていた存在は、物体そのものが人を飲み込んでしまう”生物”だったことが明かされ、この飛行生物を撮影するためにカメラマンのホルストと共に、決死の撮影作戦を立てる後半という全体の構成になっている。映画冒頭では、イギリス出身の写真家エドワード・マイブリッジが「動物の運動」という16枚の連続写真で、馬の走る動きを解析し、これが映画の“ルーツ”になったこと、さらにこの写真で馬に乗っているのは黒人なのだが、この黒人の名前は歴史に残っていないことなどが語られる。ここから本作は、この映画が改めて「黒人の主人公=乗り手」であることを宣言しながら、はっきり冒頭から「撮影」をテーマにした作品だと宣言している。異星の侵略者から地球を守る話でも、それによる政治や宗教のゴタゴタを描く話でもないのである。

 

さらに平行して、本作の重要な要素である「ジュピター・パーク」というテーマパークの支配人である、スティーブン・ユァン演じる”ジュープ”の物語が語られる。彼には過去にあるトラウマが潜んでおり、子役時代にチンパンジー”ゴーディ”と共演したTV番組で、突然のゴーディの暴動により共演したキャストたちが惨殺されるという悲劇を目の前で見ていたことが描かれる。この突然起こったチンパンジーの暴動とは、「飼い慣らし抑圧してきた生き物からの逆襲」という描写だろうが、本作の”UFO”も実は生き物そのものだった事を考えれば、この両者は同じ立場の存在だと言える。チンパンジーもエイリアンと同じで、人間の都合で自由にコントロールできる存在ではないという事だろう。

 

だが、ここに主人公が「馬の調教師」だという設定を入れることで、本作はもう一段階レイヤーを作っているのが上手い。馬も人間の都合で売買されハリウッド映画では見世物にされる存在なのだが、OJは最初から売った馬を必ず買い戻すと宣言しているし、常に彼には馬への強い愛情を感じる。冒頭でOJの父親が馬を横にするシーンがあるが、後半にOJがUFOから追われるシーンでも同じ場面がある。足を負傷しているOJがUFOから逃れるために馬に乗るシーンだが、彼らが強い信頼関係を築いていることを些細な演出で描いている。これにより動物や生き物を単なる人間の敵だと決めつけず、愛情があれば共存できる事も同時に描いていると感じるのである。

 

 

この映画では、基本的に”見世物”として搾取されてきた弱き存在からの逆襲を、UFOという強大な存在に託して描いていると思う。それは映画という究極の見世物を製作している、映画業界に対する自戒もあるかもしれない。だがラスト、エメラルドが”井戸の撮影装置”で決定的な瞬間をとらえるというカタルシスも、同時に描いて強い印象を残す。あの井戸の撮影装置は、映画撮影におけるカメラそのものだろう。ここからも正直、過去作のように本作の明確なメッセージは受け取れない。まるで西部劇のようにOJが馬に乗って現れるラストシーンも含めて、ジョーダン・ピールがまるで観客の一方向からの考察や解釈を、「NOPE」と否定しているような作品だと感じる。いままで散々考察されてきた監督が、本作は「シンプルに楽しんでほしい」と言っているような映画に感じたのである。

 

本作の冒頭では、聖書の一節「わたしはあなたに汚物をかけ、あなたをはずかしめ、あなたを見せものとする(ナホム書 第3章6節)」という文が引用される。そしてこの通りのことが劇中で起こり、本作の中でも忘れられない強烈な印象を残す。「ジュピター・パーク」の人々を飲み込んだ後、UFOが大量の血や金属・人工物を吐き出す場面だが、こういうシーンがあるだけでこの映画を観て良かったと心底思う。撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマIMAXで捉えた映像も素晴らしく、本作は確実にIMAXでの鑑賞をオススメする。各キャラクターの存在感も忘れがたく、特にエメラルドを演じたキキ・パーマーは、ラストの大活躍も含めて最高だ。総括すれば、難しいことを考えずに、最高の娯楽映画としてシンプルに楽しめる作品だった。個人的にジョーダン・ピール作品への苦手意識が大幅に改善された本作、これは出来れば映画館で観るべき力作だと思う。

8.5点(10点満点)