映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンの映画ブログです。劇場公開されている新作映画の採点付きレビューと、購入した映画ブルーレイの紹介を中心に綴っていきます!

映画「ビースト」ネタバレ考察&解説 執拗に襲ってくるライオンとは何のメタファーなのか?まるで「ジュラシック」シリーズの変奏曲のような作品!

「ビースト」を観た。

f:id:teraniht:20220909213210j:image

「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」「ワイルド・スピード スーパーコンボ」「ソー ラブ&サンダー」など、大作アクション映画のイメージが強いイドリス・エルバが主演を務めるサバイバルアクション。監督は「ハード・ラッシュ」「2ガンズ」「エベレスト 3D」などのバルタザール・コルマウクルアイスランド出身の監督で、定期的に作品を発表している才人だ。共演は「ハードコア」「チャッピー」などのシャルト・コプリー。彼は何と言っても「第9地区」での主演が印象深い俳優だろう。イドリス・エルバ演じる父親ネイトの娘役である、イヤナ・ハリーとリア・ジェフリーズは本作が本格デビュー作となる新人らしい。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:バルタザール・コルマウクル
出演:イドリス・エルバ、シャルト・コプリー、イヤナ・ハリー、リア・ジェフリーズ
日本公開:2022年

 

あらすじ

妻を亡くして間もない医師のネイト・ダニエルズは、ふたりの娘たちを連れ、妻と出会った思い出の地である南アフリカへ長期旅行へ出かける。現地で狩猟禁止保護区を管理する旧友の生物学者マーティンと再会し、広大なサバンナに出かけたネイトたちだったが、そこには密猟者の魔の手から生き延び、人間に憎悪を抱くようになった凶暴なライオンが潜んでいた。ライオンに遭遇したネイトは、愛する娘たちを守るために牙をむく野獣に立ち向かっていく。

 

 

感想&解説

本作のキャッチコピーは「父VSライオン」だが、これほど端的にこの映画の内容を現わしたコピーはないだろう。94分というジャンル映画として完璧な上映時間で繰り広げられるのは、非常にシンプルなサバイバルアクションだ。イドリス・エルバ演じる父親が、南アフリカに娘2人と訪れる場面から映画は始まるのだが、現地で旧友の生物学者マーティンと合流し広大なサバンナに向かったと思ったら、モンスターライオンと遭遇してしまい、あれよあれよと事態は最悪な方向に向かっていく。2005年のピーター・ジャクソン監督版の「キング・コング」が、コングが登場するまでに1時間を要していたのと比較すると(これはまったく意味のない比較だが)、あまりにスピーディに物事が展開するため、飽きるヒマがない。これは本作の大きな美点だろう。

そして、ハッキリ言って本作は「ジュラシック・パーク」の変奏曲だと言える。それは、「ジュラシック・パーク」のロゴが入ったシャツを、長女のメアが着ている場面からもすでに宣言されている。車のルーフに乗ってライオンが襲い掛かるシーンや窓ガラスを破って牙を剥くシーンなどは、歴代のジュラシックシリーズで何度も観たことがある場面だし、獰猛な動物に襲われるというシチュエーション自体が恐竜かライオンかの違いはあれど、どうしても似てきてしまうのは仕方がないかもしれない。ただそれでも、各シーンは十分にスリリングでハラハラさせられる。車の下に隠れながら、襲ってくるライオンと戦う場面や密猟者に囲まれる場面など、演出の上手さと音響の迫力も相まってスクリーンに引き付けられた。ただ一点、どうしても残念な点がある。ここからネタバレになるが、ラストの決着まで、あまりに「ジュラシック」と同じ展開にしてしまったところだろう。前半の”ライオンは縄張り争いをしている”という伏線の回収にはなっているが、結局ライオン同士の殺し合いで決着させるのは、いつも主人公が恐竜に襲われて大ピンチの時に、ティラノサウルスが現れて彼らを救ってくれる「ジュラシック」のパターンを嫌でも思い出させる。しかもその肝心な場面を見せないのだ。その直前の場面が、「父VSライオン」のガチンコバトルという無茶で破天荒な場面で面白かっただけに、このオチだけは残念だった。

 

この映画、海外での評価では「陸のジョーズ」と呼ばれているらしいが、明らかにスティーブン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」とは違う点がある。それは”ライオンの全身”がかなり早い段階で描かれることだ。ジョーズ」ではかなり後半までジョーズの姿は映さず、”見せない演出”によって盛り上げを作っていたが、これは当時VFXが無く「アニマトロニクス」と呼ばれる鮫のロボットが故障したり、予算の都合でクオリティが低かったりという、技術的な問題で全身が撮影できなかったことが大きい。その点、本作のライオンは凄まじいVFXのクオリティで、明るい太陽の下を動き回る。ギレルモ・デル・トロの「パシフィック・リム」やギャレス・エドワーズ版「GODZILLA ゴジラ」など、夜の場面を多用し暗い怪獣映画が多い中で、これだけハッキリとモンスターを映しているのは本作の大きな特徴のひとつだろう。しかも怪獣という架空の生き物ではなく、狂暴そうな外見にカスタマイズされてはいるが、”ライオン”という我々が見慣れた動物を描いている。これを違和感なく成立させているのは、素直に驚きだ。この技術力があったからこそ、「人間とライオンが戦う映画」という相当にハイコンセプトで古めかしいテーマの作品が、この2022年に公開されたのだと思う。

 

序盤のあるシーンで、生物学者マーティンに友好的なライオンが飛びつくというショットがあるのだが、直前まで実物のライオンを撮影していると思っていただけに、かなりビックリしてしまった。スーツアクターがライオンを演じて撮影したらしいが、2016年ジョン・ファブロー監督「ジャングル・ブック」の頃のCGと比べると、技術の進歩には驚くばかりだ。また全編通して長いワンカットが多用されており、これもいつどこから襲われるか分らないという、強い緊張感を醸し出すのに一役買っていたと思う。

 

 

こう書くと単なる映像だけの”サバイバルアクション”で、ドラマが無い作品のように感じるかもしれないが、実はそんなことはない。主人公ネイトは自分が医者なのにも関わらず、妻と別居していたために彼女のガンに気付けず、妻を失ったことをひどく後悔している。そして長女のメアは、その事から父親に対して不信感を持っておりネイトに辛く当たり、妹のノラはそんな二人の様子を悲痛そうに見ているという構図が序盤で描かれる。本当に10分弱ほどのシーンからこの情報が過不足なく表現されるのだが、このキャラクターの関係性があることで、本作は確実に面白くなっている。親子とライオンが対峙し逆境に立たされることによって、彼らの絆が強まっていくことが実感できる構成になっているからだ。本作中、何度かネイトは妻の幻を見るのだが、その度に彼女はネイトを導いていく。何度も執拗に襲ってくるライオンは妻の死、母の死という悲しみに直面した親子を立ち直らせるために、まるで亡き妻がネイトたちに遣わした、”困難/哀しみの象徴”のようにも見える。だからこそ全てが終わったあと、妻は「もう大丈夫よ」とネイトに夢の中で伝えるのだろう。本作は亡くなった妻の生まれ故郷を舞台に、壊れかけた親子が互いに助け合うことで、再び絆を取り戻す物語でもあるのだ。

 

”後世に残る名作”とか”今年必見の話題作”などではないだろうが、B級ジャンル映画としては間違いなく楽しめるし、思った以上の出来だと思う。いかにも「ジョーズ」や「ジュラシックシリーズ」を生んだ”ユニバーサル・スタジオ”のサバイバルアクションという感じで、スピルバーグ監督へのリスペクトも強く感じる。どうやらスティーヴン・キング原作のホラー「クジョー」にもインスパイアされているらしく、セント・バーナード犬のクジョーがコウモリに咬まれて狂犬病になり人間を襲うというホラーなのだが、本作ではライオン狩りを行う密猟者への復讐という、”モンスター側の理由”があるのも面白い。終盤のイドリス・エルバとライオンの一騎打ちシーンは、あまりの非現実感に笑ってしまうが、こういう場面があるだけでも観客の記憶に残る映画になっていると思う。良い意味で気楽に観られて、適度にハラハラできる楽しい作品だった。

6.0点(10点満点)