「ヘルドッグス」を観た。
「日本のいちばん長い日」「関ヶ原」「検察側の罪人」などの原田眞人監督と、「ザ・ファブル」「燃えよ剣」「図書館戦争」の岡田准一が3度目のタッグを組んだクライムアクション。深町秋生の小説「ヘルドッグス 地獄の犬たち」の映画化である。共演は、「64 ロクヨン」「今夜、ロマンス劇場で」の坂口健太郎、「蜜蜂と遠雷」「騙し絵の牙」の松岡茉優、「容疑者Xの献身」「テルマエ・ロマエ」の北村一輝、「黒い家」「「鉄道員(ぽっぽや)」の大竹しのぶ、アーティストのMIYAVIなど。すっかり”アクション俳優”というイメージが定着した、岡田准一のアクションシークエンスが見所の作品だということで、早速初日に鑑賞。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:原田眞人
出演:岡田准一、坂口健太郎、松岡茉優、北村一輝、大竹しのぶ、MIYAVI
日本公開:2022年
あらすじ
愛する人が殺される事件を止められなかったことから闇に落ち、復讐のみに生きてきた元警官・兼高昭吾。その獰猛さから警察組織に目をつけられた兼高は、関東最大のヤクザ「東鞘会(とうしょうかい)」への潜入という危険なミッションを強要される。兼高の任務は、組織の若きトップ・十朱が持つ秘密ファイルを奪取すること。警察はデータ分析により、兼高との相性が98%という東鞘会のサイコパスなヤクザ・室岡秀喜に白羽の矢を立て、兼高と室岡が組織内でバディとなるよう仕向ける。かくしてコンビを組むことになった2人は、猛スピードで組織を上り詰めていく。
感想&解説
映画のサブジャンルである、「潜入捜査モノ」には傑作が多い。洋画だとクエンティン・タランティーノ監督のデビュー作である「レザボア・ドックス」や、アル・パチーノ&ジョニー・デップ主演の「フェイク」、ジェームズ・グレイ監督でホアキン・フェニックス&マーク・ウォールバーグ共演の「アンダーカヴァー」、そしてアジア映画でもチェ・ミンシク&ファン・ジョンミンが出演していた「新しき世界」、そして「潜入捜査モノ」の金字塔であるトニー・レオン&アンディ・ラウ主演の「インファナル・アフェア」と、そのハリウッドリメイクであるマーティン・スコセッシ監督の「ディパーテッド」など枚挙に暇がない。これはマフィアなどの犯罪組織に極秘で潜入する捜査官という設定自体が、そもそもスリリングな上に、潜入した先で友情を感じてしまったり、所属していた警察組織に裏切られたりといった、キャラクターの葛藤や苦悩を描きやすいからだろう。この設定自体が、とても映画的な題材なのである。
本作「ヘルドッグス」も岡田准一が主演する、日本のヤクザ組織に元警察官が潜入捜査をするストーリーだと聞いて、てっきり「インファナル・アフェア」的な作品かと思ったが、実際はまったく違った。冒頭から岡田准一演じる”兼高”が、元犯罪者の男を格闘で殺すシーンから始まり、その後警察に確保されるのだが、そのまま潜入捜査官としてリクルートされる。そこで潜入すべき「東鞘会」というヤクザ組織の相関関係を説明されるのだが、まずこの説明がさっぱり分からない。登場する名前が多いうえに、この説明をする警察のおじさんが早口な上に滑舌が悪くて、ほとんどセリフを解読するのが困難なくらいだ。個人的にはこの場面を観て、この監督は観客に対して細かい設定を”理解させる気がない”のだと理解した。とにかく本作のセリフは全編聞き取りづらく、”黒澤オマージュ”なのかと思ってしまう。さすがにこの場面をラッシュなどで観た時に、本当に重要な情報として観ている方に伝えたいのであれば、監督としてこんな演出にはしないだろう。そう思いながら映画を鑑賞していくと、本作は「インファナル・アフェア」ではなく、チャド・スタエルスキ監督/キアヌ・リーブス主演の「ジョン・ウィック」に近いのだと気づく。
「ジョン・ウィック」は、凄腕の殺し屋ジョン・ウィックがニューヨークを舞台に、マフィアや世界中の殺し屋たちとひたすら殺し合いをするストーリーなのだが、実際の現実とは思えない世界観で映画は進行する。「コンチネンタル・ホテル」という殺し屋たちが集うホテルでは、コインによって武器が調達できたり死体の処理までできるし、世界中には殺し屋しかいないのでは?と思うほどに、主人公のジョン・ウィックは彼らに命を狙われる。実際のニューヨークを舞台にしながらも、実は完全に架空の世界の物語なのである。そして、それは本作も同様だ。まずヤクザの中に殺し屋集団「ヘルドッグス」という集団がいたり、MIYAVI 演じる十朱会長の護衛をするメンバーを選ぶ為に、銃をぶっ放しながらリングで生き残りバトルをさせたり、高級クラブではホステスに紛れ込んだ”女刺客ルカ”とのファイトシーンがあったりと、まったくリアリティの無い良い意味で「映画的なオモシロ場面」が満載なのだ。ヤクザが使う”拷問場”では、完全に死体の処理や血の消毒ができるらしく、こういう設定こそ「コンチネンタル・ホテル」を思い出させる。そもそも何人もの人間を殺している兼高を潜入捜査させて、ヤクザとはいえ殺人を実行させる警察組織などあり得ないだろう。とにかくそこら中で銃やショットガンが発砲され、彼らの周りは常に死体の山だ。ここからも本作は、「ジョン・ウィック」と同じくらいのリアリティラインで描かれた物語なのだと分かる。
そしてこの映画のもうひとつの大きな特徴は、”潜入捜査モノ”にも関わらず、ほとんど”バレる?バレない?”のサスペンスを描かないところだ。ここからネタバレになるが、中盤に若頭である”はんにゃの金田哲”が演じる”三神”に、兼高の正体がバレそうになる場面があるのだが、その直後に三神は坂口健太郎演じる”室岡”に殺されてしまう。いわゆる「組織に正体がバレる」という、この手の映画では定番の緊迫感がまったくないまま、主人公の兼高は圧倒的な強さで、ヤクザ組織の中において会長の側近までのし上がっていく。実はこの十朱会長自身や松岡茉優演じるボスの愛人も「元潜入捜査官」だったという、まさかの”どんでん返し”があるのだが、基本的にはヤクザ内の内部抗争劇と、岡田准一&坂口健太郎演じるキャラクターにおける関係の変化を描いていく作品だ。そういう意味では、ストーリーの起伏でガンガン引っ張る映画というよりは、この世界観とアクションシーンで魅せる作品なのだと思う。ただその肝心のアクションシーンも、暗い場面で思いっきりカットを細かく割りながら見せる手法なので、何が起こっているのかが分かりづらい場面が多い。岡田准一のアクションシークエンスだけは、身体能力の高さがレベル違いなのは一目瞭然なのだが、それ以外のアクション場面はやや物足りなく感じる。
ではこの映画、ただの「ジョン・ウィック」劣化版かと言えば、実はまったくそうではない。相当に面白いのだ。そして本作は、原田眞人監督版「ノワール」なのだと思う。映画から立ち上る雰囲気が、最高に色気がありダークだ。そして、役者陣の演技が相当良い。岡田准一は言うに及ばず、坂口健太郎のサイコ演技もやり過ぎにならない良いバランスだったし、松岡茉優もあまり過去に観た事のないタイプの役で存在感を出していた。MIYAVIはほとんどマンガのキャラクターのようで、本作のリアリティラインならではの面白い人物設定だったと思う。あの唐突な回し蹴りのスローモーションは、ほとんど”必殺技”のノリだろう。他にも北村一輝、大竹しのぶはベテラン俳優ならではの流石の安定感でしっかりと作品を支えていたし、SMバーのリーゼント姐さんや、抗争で鼻を食いちぎられたノーズガードのヤクザ幹部など、現実には絶対に存在しない”キャラ立ち”している登場人物たちは目に楽しい。
そして編集のテンポが異常に早くて、ほとんど無駄なシーンがないのもこの映画の特徴だ。138分というやや長い作品にも関わらず、体感時間としてはかなり短い。さらにどこで撮影したのだろう?と思わされる、序盤の廃墟や廃ホテルなどのロケーションの数々も、素晴らしかった。とにかく映画としての総合力が高いので、画面を観ていることに集中できる。「黒澤と小津では?」「小津」、「『アラビアのロレンス』と『ワイルドバンチ』では?」「『ロレンス』」という、これも武闘派ヤクザの会話としては全くリアリティのない会話がされていたが、いかにもシネフィルの原田眞人らしいセリフだ。また「闇の奥」というセリフを、登場人物たちが何度かつぶやくが、これはフランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」の原作である「Heart of Darkness」の邦題だ。カンボジアのジャングルの中に独立王国を作った、元グリーンベレー隊長のカーツ大佐の暗殺指令を受けたウィラードが、カーツの王国に近づくにつれて心の闇に飲み込まれていくという物語だったが、この作品で描きたかったのも、日本のヤクザ社会と悪徳警察の中で「闇に飲み込まれた男たち」だったのだろう。
ただ欲を言えば、この作品はもう少しレーティングを上げて、現状の「PG12」ではなく「R15+」くらいで作って欲しかった。拷問シーンもセックス描写もかなり中途半端で、このダークな世界観を描くにはやや”不謹慎さ”が足りない。こういう映画は、もっとブッ飛んでいて目を覆いたくなるような場面が、もう少し欲しい。他のレベルが非常に高かっただけに、ここは残念なポイントだった。とはいえ韓国ノワールの傑作群にも迫る勢いで、見応えのある力作なのは間違いない。岡田准一がジャニーズのタレントとは思えないくらい、段々とジャッキー・チェンやトム・クルーズ化してきたと思うが、真田広之がハリウッドに渡ってしまった今、こういうアクション映画スターが日本にもいてくれることは心強い。映画にとって役者の力は大きいと、改めて思い知らされた一作だった。
7.5点(10点満点)