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映画「ザ・メニュー」ネタバレ考察&解説 あの耳元の囁きは何を伝えているのか?あの追いかけっこの意味は?スリラーの"旨味"が詰まった良作!

「ザ・メニュー」を観た。

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ゲーム・オブ・スローンズ」や「メディア王~華麗なる一族」などのTVシリーズの演出家として注目された、マーク・マイロッドがメガホンを取り、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」「ドント・ルック・アップ」などの、社会派エンターテイメント作品で有名なアダム・マッケイがプロデューサーを務めた、サイコスリラー。あるカリスマシェフが仕切る孤島の高級レストランに到着した、富裕層の客人たちの運命が描かれていく。出演は「シンドラーのリスト」「イングリッシュ・ペイシェント」のレイフ・ファインズ、「スプリット」「ミスター・ガラス」のアニャ・テイラー=ジョイ、「アバウト・ア・ボーイ」「女王陛下のお気に入り」のニコラス・ホルト、「ムーラン・ルージュ」「ジョン・ウィック」などのジョン・レグイザモなど。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。

 

監督:マーク・マイロッド
出演:レイフ・ファインズニコラス・ホルト、アニャ・テイラー=ジョイ、ホン・チャウ、ジョン・レグイザモ
日本公開:2022年

 

あらすじ

有名シェフのジュリアン・スローヴィクが極上の料理をふるまい、なかなか予約が取れないことで知られる孤島のレストランにやってきたカップルのマーゴとタイラー。目にも舌にも麗しい料理の数々にタイラーは感動しきりだったが、マーゴはふとしたことから違和感を覚え、それをきっかけに次第にレストランは不穏な空気に包まれていく。レストランのメニューのひとつひとつには想定外のサプライズが添えられていたが、その裏に隠された秘密や、ミステリアスなスローヴィクの正体が徐々に明らかになっていく。

 

 

感想&解説

アダム・マッケイがプロデュースしたサイコスリラーという事と、予告から漂う不穏な雰囲気に惹かれて鑑賞。いかにもアダム・マッケイらしい、ブラックな風刺とユーモアに溢れた快作だった。事前に想像していた、展開のナナメ上を行く場面の数々には、驚きながらもワクワクさせられる。いわゆる「ワンシチュエーション・スリラー」で、ほとんどが孤島のレストラン内だけでストーリーは展開するのだが、まったく飽きさせない。基本的には不条理でダークな展開が次々と起こるが、世界観や設定がしっかりと作られているので、アンフェアな気持ちになったり無理な展開に興ざめすることもない。本作で登場する手の凝った料理の数々のように、ウェルメイドな良質スリラーに仕上がっていると思う。もちろん「年間ベスト級!」というようなテンションではないが、こういう作品が定期的に映画館で鑑賞できるのは、素直に嬉しい。

舞台は太平洋沖の孤島に存在し、一人あたり1,250ドルもするコースを提供するという、高級レストラン「ホーソン」。カップルのアニャ・テイラー=ジョイ演じる”マーゴ”と、ニコラス・ホルト演じる”タイラー”は船で他の客と一緒にレストランに向かい、レイフ・ファインズ演じるカリスマシェフの"ジュリアン・スローヴィク"と対面する。他のお客は、ホーソンのオーナーと知り合いだというIT長者の男性3人組、落ち目の映画俳優とアシスタントの女性、富裕層な熟年夫婦、料理評論家と編集者という全11名だった。洗練されたレストランの中では、スローヴィクの忠実なスタッフたちが整然とした動きで料理を作り、黙々と盛り付けを行っていたが、料理が運ばれてくるとスローヴィクが悠然と現れ、「今日の料理は、ただ食べないでほしい。味わってほしい。」と言う。そしてテーブルに運ばれてくる料理は、独想的といえば聞こえは良いがあまりに風変わりなメニューばかりだった。「パンのないソースだけのパン皿」や「個人的に知られたくない情報が、焼き付けられたトルティーヤ」などが運ばれてくると、一同はだんだんと不安げな表情になってくる。

 

ここからネタバレになるが、そして第4の料理である”混乱”が運ばれる頃になると、その不安はついに決定的なものになる。スローヴィクの右腕だという副料理長のジェレミーが突然、客の目の前で拳銃自殺し、その直後に肉料理が運ばれてくるのだ。そしてスローヴィクは「これもコースのうちだ」と告げ、今日のゲストは皆、罰すべき対象者であることを宣言するのである。悪事を働くことで儲けているIT成金や、料理人の酷評することで店を潰していく評論家、浮気を繰り返す変態老人と、何度も来店してるにもかかわらず過去に食べた料理など全く覚えてない老夫婦、プライドだけ高く他人を顧みない映画俳優など、彼らはスローヴィクの料理やスタッフたちの努力に価値を感じているのではなく、有名な高級店で食事するという”ステータス”のためだけに店を訪れ、シェフの人生を台無しにしてきたと語る。そしてスローヴィクは、その場を離れようとする老夫婦の男性の左手の薬指を切り落とし、自分の料理に口を出してくるオーナーを無情に水死させる。彼はここにいる全員を殺し、レストランのスタッフも全員死ぬことで、「人生最後の最高傑作」を完成させるという目的のため、”死のフルコース”を振る舞っていたのだ。だが、マーゴだけは彼の死のリストには無かった。彼女はタイラーに急遽、連れてこられただけの存在だったからだ。

 

 

本作のタイラーは、非常に特殊なキャラクターだ。彼だけがスローヴィクからの招待状で、料理が最後まで提供された後に全員が死ぬことを、事前に知っていた存在だからだ。それにも関わらず振られた恋人の代わりに、マーゴを連れてレストランにやってくるのだが、本作のテーマは文字通り「最後の晩餐」だろう。レストランのテーブルにはスローヴィクの母親を含めた12人が座るのだが、これは”12人の使徒”がモチーフで、”裏切者のユダ”にあたるのが、このタイラーという訳だ。彼はスローヴィクの料理を心底盲信しており、出される料理に対して、常に解説を入れてウンチクを垂れる。だが実際に料理が出来るか?と言われれば、まったく作ることは出来ずに、スローヴィクから酷評を浴びる。彼は創作できない、ただの評論家なのだ。この場面は強烈に「映画作家=クリエイター」から、いわゆる映画評論家たちへの痛烈なパンチだと感じる。そういえばローランド・エメリッヒ監督も98年「GODZILLA」では、著名な映画評論家ロジャー・エバートを登場させてコケにしていたが、タイラーの存在は多くのスタッフと共に丹念に作り上げた映画を、一度観ただけで簡単に批評し、時には酷評する”評論家”たちへの批判なのではないだろうか。

 

だからこそ、スローヴィクがタイラーに向けて放った、「君のせいで、我々の芸術の謎が丸見えだ」というセリフにも頷ける。この作品のシェフ”スローヴィク”は、芸術家でありクリエイターなのだ。タイラーがシェフから耳元で何かを囁かれる場面があるのだが、内容は観客には聞こえないという演出になっている。これは裏返せば、観客にはとても聞かせられないような、痛烈な批判の言葉をイメージしたシーンなのだろう。アダム・マッケイの監督作「ドント・ルック・アップ」に、批評家らが多くの批判を寄せたことに対して、出演者のロン・パールマンが怒りの反論をしたことが記事になっていたが、こういう事象が積み重なり、今までの映画評論家への恨みがこもった言葉が囁かれたのではないかと想像するのだ。そしてそれにショックを受けたタイラーは、ユダと同じく首吊り自殺を遂げるのである。

 

また劇中の印象的なシーンとして、男性ゲストだけに「45秒を与えるから逃げろ」という場面がある。これはコーネル・ワイルド監督「裸のジャングル」やメル・ギブソン監督「アポカリプト」でお馴染みのシーンで、いわゆる「命懸けの鬼ごっこ」だ。これは並外れた身体能力を持っていれば生き残れるというテストであり、男としての生存能力が問われる試練なのだが、本作の男たちは女性を置き去りにしてくにも関わらず、いとも簡単に捕まってしまう。この場面があることで、「彼らはなぜもっと対抗しないのか?」という疑問が起きにくい構造にしているのは上手い。本作の男性キャラクターたちは、自ら戦って生き残れるような強い人間ではないのだ。そしてそれと対をなす存在が、庶民であり、シェフに対して堂々と「私は食べたいときに、食べたいものを食べる」と宣言するマーゴだ。だからこそスローヴィクと対立しながらも、彼のクリエイティビティを認めることで、最後に生き残るのはマーゴだったという訳だ。その象徴が、彼女が最後にオーダーする”チーズバーガー”だ。スローヴィクが若かりし頃の写真を見つけたマーゴは、彼が本当に料理を作ることが好きだった頃の象徴である”庶民的なバーガー”を作らせることで、スローヴィクに料理を作り、それを食べてもらう事の喜びをもう一度思い出させたのだろう。そしてそれをテイクアウトすることで、彼女はレストランを脱出できるのだ。

 

最後のデザートは、クラッカーとマシュマロ、チョコを焼いて作る「スモア」だが、このあたりのシーンはロビン・ハーディ監督「ウィッカーマン」やアリ・アスター監督「ミッドサマー」を思い出す。頭にチョコの帽子を被せられ、マシュマロの服を着させられる様が、強烈に”奇祭”っぽいからだろう。そしてスローヴィクがレストランに火を放つことで、本作は幕を閉じるのだが、これもやはりオマージュを感じる。レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルトジョン・レグイザモといった芸達者な役者陣が、それぞれ素晴らしい仕事をしており、このシュールな物語にリアリティを与えているが、特にエルサを演じた”ホン・チャウ”という女優が、異彩を放っており印象的だった。アレクサンダー・ペイン監督の「ダウンサイズ」やポール・トーマス・アンダーソン監督の「インヒアレント・ヴァイス」などに出演していたらしいが、これからウェス・アンダーソンヨルゴス・ランティモス作品への出演が決まっているらしく、今後注目の役者だろう。

 

資本主義への痛烈な批判やアーティストを評価する批評家へのカウンターなど、様々な角度から考察できる作品だし、サイコスリラーとしても観客を飽きさせない良作だった本作。「ワンシチュエーション・スリラー」として、しっかりと脚本を煮詰めた結果だと思う。マーク・マイロッド監督には、アダム・マッケイと組んでまた長編劇場用映画を作ってほしい。派手さはないが、面白さの旨味が詰まった作品であった。

 

 

7.5点(10点満点)