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映画「奈落のマイホーム」ネタバレ考察&解説 エンディングの”スマイリー感”が曲も含めて素晴らしい!「イエローサブマリン」にはツッコミどころ満載だが、コメディとパニックのバランスの良い佳作!

「奈落のマイホーム」を観た。

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「ザ・タワー 超高層ビル大火災」「第7鉱区」のキム・ジフンが監督を務め、2021年に韓国で映画興行収入第2位を記録したというパニックムービー。出演は「悪いやつら」「鬼はさまよう」のキム・ソンギュン、「ハイヒールの男」「毒戦 BELIEVER」のチャ・スンウォン、「コンフェッション 友の告白」のイ・グァンス、「未成年」のキム・ヘジュンなど。やっと購入したマンションが突如として開いた、巨大な陥没穴「シンクホール」に落ちてしまったことから、なんとかそこを脱出するべく奮闘する人々の運命を描いた韓国映画だ。公開からかなり時間が空いてしまったがやっと鑑賞できたので、今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:キム・ジフン
出演:キム・ソンギュン、チャ・スンウォン、イ・グァンス、キム・ヘジュン
日本公開:2022年

 

あらすじ

平凡な会社員ドンウォンは11年の節約生活の末、ソウルの一等地にマンションを購入する。念願のマイホームに家族と引っ越した彼は同僚を招いてパーティを開くが、大雨でシンクホールが発生し、わずか1分でマンション全体が飲み込まれてしまう。反りの合わない隣人マンスや同僚たちと共に地下500メートルにまで落下したドンウォンは脱出するべく手を尽くすが、さらなる大雨によって穴は水で満たされていく。

 

 

感想&解説

いわゆるディザスター型パニック映画の範疇なのだが、明らかにコメディの要素が強く、終始笑わされるという面白いバランスの作品だった。今までのパニック映画だと「タワーリング・インフェルノ」や「ポセイドン・アドベンチャー」のように、基本的にはシリアスなトーンで阿鼻叫喚を描き、災害に巻き込まれた人たちの葛藤や別れなど主に”悲劇”が描かれるのだが、本作は特に終盤までは笑いの要素が”通低音”のように、ほとんど途切れない。そこが決定的に過去作と差別化されていると言えるだろう。とはいえ、もちろん終盤には災害映画としてのスリリング度も格段に上がってくるので、ジャンル映画として物足りないとは感じない。もちろんツッコミどころは満載だし、ご都合主義な展開がかなり多い作品だが、あまり深刻すぎないライトなエンターテイメント・パニック映画の良作だし、昨今の韓国映画のクオリティもしっかりと担保されているので、鑑賞後の満足度は高い。トータルバランスの高い一本と言えると思う。

まずこの”シンクホール”という現象は、ここ日本でも2016年に福岡市博多駅前で道路がいきなり陥没した事故があったこともあり、相当に現実味がある。幸い九州の陥没事故は死傷者も出ず、工事業者の対応や迅速に通行止めできたこと、さらには事故から1週間で完全復旧したことなどがメディアで報道され、海外からネット上で称賛されていたが、特に数年前の韓国ではこのシンクホール現象が頻繁に発生しており、社会問題にもなっていたそうだ。ソウル市内では地下鉄工事や下水道や施設の老朽化などが原因で、今でも潜在的にシンクホールが潜んでいるらしく、韓国社会では身近な問題として認識されているのだろう。さすがに本作のように地下500mの陥没となると映画内のフィクションだと感じるが、韓国内で今の時代を掴んだテーマでありリアリティがあったからこそ、国内映画興行収入第2位を記録できたのだと思う。ちなみに1位は大傑作「モガディッシュ 脱出までの14日間」なので、この2位という実績は素晴らしい結果だ。

 

また韓国の格差社会や市井の人々の生活にも切り込んだシーンも多く、このあたりはポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」の流れも感じる。主人公ドンウォンが会社の同僚と”引っ越しパーティ”をしている場面で、向かいの高層マンションを見ながら「(あの高級マンションは)見えるけど、登れないエベレストだ」と言う場面があるが、サラリーマンとして多額のローンを抱えてやっと購入したマンションだが、世の中には信じられないくらいの金持ちが存在していること、さらにチャ・スンウォンが演じているマンスというキャラクターが、一人息子の為にいくつもの仕事を掛け持ちしながら、なんとかやりくりしている姿を描くことによって、格差社会を重層的に浮かび上がらせているのも上手い。また全ての配役において、いわゆるイケメンや美女といった分かりやすいキャラクターの配置も絶妙に避けており、”リアルな市民”の生活を描こうという姿勢が映画全体から伝わってくる。

 

そのリアルな市民が、極限状態に陥った時にどのような行動を取るのか??を本作は描いていくのだが、前半こそどのキャラクターも全員パッとせず、全体的に本当にユルい日常の描写が続く。具体的には引っ越しのときの駐車違反でのいざこざや、社内恋愛での先輩社員の嫉妬、買った高級な椅子に家族の誰が座るかで争うシーンなどだ。だがこれらの場面の積み重ねがあるからこそ、中盤以降に彼らが取る行動の英雄性が際立つし、そのギャップが活きてくる。そして、なにより日常を懸命に生きている彼らのことが好きになって、絶対に最後まで生き残ってほしいと思えるのである。マンスが屋上にいる時、隣のマンションの住人とたまたま会話した直後に陥没が起きてしまう場面がある。その後、その住人がマンスたちを助けるために、集会の中全員反対の状況で一人、「ちょっといいですか」と声を上げる場面があるが、彼も本作の中では立派なヒーローだ。軽妙なタッチの作品ではあるが、こういう非常事態において人はいかに利他的に行動できるか、”人としての尊厳”をしっかり描いているのである。鑑賞していて2019年の韓国映画「EXIT」を思い出したが、非常に近いバランスの作品だと思う。

 

 

そういった意味でも本作は、VFXなどの特殊効果よりも役者陣の魅力が肝の作品だろう。完全にコメディリリーフとして、笑いのオイシイ場面を持っていくキム代理演じるイ・グァンスや、派手さはないが性格の良さを体現していたウンジュ役のキム・ヘジュンも素晴らしかったし、マンス役のチャ・スンウォンもラストでは、登場シーンからは想像もつかないほどの活躍を見せ、息子との親子関係も含めて成長を描いていく。そしてなにより、冴えないおじさんドンウォン役のキム・ソンギュンが見せる表情の数々が最高だ。小心者でただ堅実に生きてきた男が、真剣に家族の安否を思い、救えなかった命を悲しみ、息子のために勇気を振り絞って脱出を試みる姿が、とても感動を生むのである。本作はこのキャラクターたちの魅力が強いため、かなり作品自体の質を高めていると思う。登場人物に愛着を感じ映画のストーリーに没入できるので、細かい部分の粗は目をつぶりたくなる。また悲劇的なシーンでも、過度にウェットな演出をしていないのも好感が持てる。大げさな音楽や泣かせの演出を避け、ストーリーがまったく停滞しないため、作品のテンポが良いのだ。

 

とはいえ、やはり本作最大のツッコみポイントはこの穴からの脱出方法だろう。ここからネタバレになるが、大雨が降り注いでいるのは冒頭から描かれていたが、終盤になっていきなり水かさが増えているのは違和感がある。人工的な井戸ではないので、あれだけの広さと深さのある穴であれば、あそこまでの雨水が溜まるのは相当な時間がかかるだろう。また上からの土砂も相当落ちてくるだろうから、穴に溜まった水はあんなにクリーンな水ではなくほぼ泥水になっているはずで、あれほどの視界は確保できないはずだ。そこに来て、あの「イエローサブマリン」である。おそらく貯水タンクなのだろうが、キム代理のセリフではないが、本当にあの登場には「ワーオ」と声が出る。伏線もなにもなく、黄色いプラスチック製の”手ごろな”大きさの乗り物の突然の登場には、さすがに驚かされるのだ。しかも外からペットボトルのように回して蓋をするという不自然な設計まで施されていて、その後の割れた穴に中から腕を入れて完全に浸水を防ぐという場面も含めて、あの「イエローサブマリン」周りのシーンだけ、映画全体がファンタジックな雰囲気に包まれる。もちろんあれ以外の解決方法は難しいだろうが、ここはやや賛否の分かれる場面ではないだろうか。

 

イ・ビョンホンやコン・ユ、ソン・ガンホやファン・ジョンミンのような有名俳優が出演している訳でもないためか、韓国での大ヒットの割にはあまり日本での上映館数も多くなく、プロモーションもあまり目に留まらなかったが、なかなかの佳作であった本作。特にキム・ジフン監督の持ち味である、コメディ色とパニックアクションの掛け合わせという意味では、十分に観る価値のある作品だった。もっとシリアスなヒューマンドラマ&ディザスターがお好みなら、ユン・ジェギュン監督の「TSUNAMI -ツナミ-」などが鉄板だろうが、笑い泣きできる娯楽映画の最良バランスという意味では、本作に軍配が上がる。特にエンディングの多幸感は素晴らしい。家に縛られない、新しい生き方を見つけたカップルと、それを祝福する生き残った人たちが一緒に花火を見上げるラストシーンは、韓国の「Rumble Fish」というアーティストが奏でる「I go」という曲のポップさも含めて、まさしく”スマイリー”な気分になるだろう。「エクストリーム・ジョブ」を観た時にも思ったが、映画の中でこれだけコメディ要素をスベらずに成立できるのは、韓国映画の実力だと思う。

 

 

7.5点(10点満点)