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映画「非常宣言」ネタバレ考察&解説 作り手からの"観客を楽しませる意欲"を感じる作品!特に没入感の演出が素晴らしい!

「非常宣言」を観た。

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ザ・キング」「優雅な世界」などのハン・ジェリム監督が手掛けた、韓国産パニックスリラー。出演は「殺人の追憶」「パラサイト 半地下の家族」などのソン・ガンホ、「甘い人生」「KCIA 南山の部長たち」などのイ・ビョンホン、「シークレット・サンシャイン」「素晴らしい一日」などのチョン・ドヨン、「クローゼット」のキム・ナムギルなど豪華キャストだ。サイコパスの犯人によって、上空2.8万フィートの飛行機内でバイオテロが発生し、乗務員や乗客全員が死の恐怖にさらされることになるが、地上では着陸許可が出ないという極限状態に追い込まれた人々を描く、強烈な設定の作品である。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ハン・ジェリム
出演:ソン・ガンホイ・ビョンホンチョン・ドヨン、キム・ナムギル
日本公開:2023年

 

あらすじ

飛行機恐怖症のパク・ジェヒョクは娘とともにハワイ行きの航空機に搭乗するが、離陸後まもなく乗客が相次いで謎の死を遂げ、機内はパニックに陥る。一方、地上では飛行機を標的にしたウイルステロの犯行予告動画がネット上にアップロードされていた。捜査に乗り出したベテラン刑事ク・イノは、その飛行機が妻の搭乗した便だと知る。テロの知らせを受けた国土交通省大臣スッキは、緊急着陸のため国内外に交渉を開始。副操縦士ヒョンスは乗客の命を守るべく奮闘するが、機体はついに操縦不能となり急降下していく。

 

 

感想&解説

2023年一発目の劇場鑑賞は、すでにネット上でも好評価の韓国映画「非常宣言」。ソン・ガンホイ・ビョンホンという、韓国映画界の2大スターが出演する航空パニックスリラーということで、予告を観た昨年から楽しみにしていた作品であった。監督はハン・ジェリムで、ソン・ガンホとのタッグは「優雅な世界」「観相師ーかんそうしー」に続く3作目。前回の監督作である2017年の「ザ・キング」は、「モガディシュ 脱出までの14日間」のチョ・インソンが主演しており、韓国では大ヒットしたらしい。今回ハン・ジェリム監督の作品を初めて鑑賞したのだが、これだけ複雑なショットの多い作品を、観客に分かりやすく整理しながら見せ切る手腕には感心した。どうやら100%完璧なコンテを仕上げて、プリヴィズを駆使しながらコンテ通りに撮影していく手法を採用したらしい。それにしても、いつもながら国内公開される韓国映画のクオリティの高さには驚かされるばかりだ。

乗客のいる乗り物にウィルスがバラまかれる危機を描いた作品では、ジョルジ・パン・コスマトス監督&バート・ランカスター主演の1978年作品「カサンドラ・クロス」を筆頭に、航空パニックの名作という意味では、ジャック・スマイト監督&チャールトン・ヘストン主演「エアポート’75」、そして2大スター俳優が共演するディザスター映画という観点では、ジョン・ギラーミン監督とポール・ニューマンスティーブ・マックイーン共演の「タワーリング・インフェルノ」あたりが有名だろう。テロリストの犯罪によって、上空の旅客機が空港に着陸できなくなってしまうというシチュエーションは、レニー・ハーリン監督の「ダイ・ハード2」でも描かれていたし、バイオテロを扱った韓国映画だと「新感染 ファイナル・エクスプレス」という傑作もあった。そういう意味では、本作「非常宣言」の設定自体はそれほど珍しいものではないだろう。だが、やはり本作は”見せ方”が圧倒的に上手いのである。

 

物語は、飛行機の中と地上のふたつの場面から構成される。冒頭、テロの首謀者であるリュ・ジンソクが飛行機内にウィルスを体内に隠して持ち込むシーンが描かれ、それと同時に地上にいるソン・ガンホ演じる刑事ク・イノが、ネットにアップされていた犯行予告動画から犯人の住所を特定し、リュ・ジンソクが殺人ウィルスを持って、ハワイ行きの飛行機に乗り込んだことが判明する。しかも運悪く、その飛行機にはク・イノ刑事の妻も乗っていた。さらに飛行機恐怖症のイ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョクは、娘と共にそのハワイ行きの航空機に搭乗するのだが、空港内でリュ・ジンソクの不審な言動を目撃していた為、乗務員と共に彼を警戒していた。だが離陸後まもなく乗客が吐血しながら謎の死を遂げ、機内はパニックに陥ってしまう。ジェヒョクは挙動不審なリュ・ジンソクを取り押さえるのだが、彼自身もすでにウィルス感染しており、「この飛行機の全員を殺す」と語りながら死を遂げる。

 

ここからネタバレになるが、機内で感染が広がっていく中で機長もウィルスに倒れてしまい飛行機は失速、あわや激突かという直前にジェヒョクの機転により、なんとか難を逃れるのだが、機内ではSNSによってウィルスの蔓延を知った乗客がパニックに陥っていた。だが同時に地上ではク・イノ刑事の活躍により、リュ・ジンソクの所属していたブリコム社に捜査の手が入り、ワクチンの存在が明らかになり希望が見えていた。機内からテロの知らせを受けた国土交通省大臣スッキは、緊急着陸のため国内外に交渉を開始するが、ワクチンが本当に効くのか?と懐疑的なアメリカや日本の各国は、感染拡大を恐れて着陸を拒否してくる。仕方なく韓国に戻る決断をする副操縦士ヒョンス。だが彼も感染が進行しており、いつ操縦できなくなるか分からない。そこでトラウマを抱えた元パイロットである、ジェヒョクが機体の操縦を行うことになる。そんな中、韓国内でも危険なウィルスを持ち込むなとデモが勃発しており、着陸場所が決まらないまま飛行機は燃料切れが迫っていた。そして乗客たちは、自分たちが感染しているウィルスを国内に持ち込まないよう、自己犠牲を覚悟し始める。絶体絶命の中、妻の命を救うために自らの身体にウィルスを打ち込み、ワクチンの有効性を自らの身体で実証したク・イノ刑事は、即刻飛行機を着陸するよう伝達する。そして、遂にジェヒョクは決死の着陸を試みるのだった。

 

 

とにかく、この航空機テロというシンプルなストーリーの骨子に対して、どれだけ要素を詰め込むのかと驚かされる。息つく間を与えないほどに、飛行機内と地上の両方で次々とアクシデントが起こり、観客の感情を揺さぶってくるのだ。正直、ソン・ガンホ演じる刑事の奥さんがテロが起こる飛行機に、たまたま乗り合わせるという偶然は出来過ぎだし、イ・ビョンホン演じるジェヒョクが元パイロットであり、過去の彼の判断によってこの飛行機の副操縦士の奥さんが亡くなっていたという設定も、かなりご都合主義だろう。特に飛行機が日本の成田空港に着陸するという場面で、領空を侵害したという理由で航空自衛隊が威嚇とはいえ、民間の航空機に射撃するというシーンは現実的にはあり得ないだろう。リアリティを重視する方はこういうシーンがノイズになるのだろうが、この映画の場合、ただ作品を盛り上げるため全ての要素が組み上げられており、ひたすら娯楽映画に徹している。その為、ストーリーの完成度という意味では決して高いとは言えないのだが、とにかく面白い事だけは間違いない。この”面白い”という一点においては、この映画は群を抜いていると思う。

 

それを特に感じた場面は、中盤のソン・ガンホ演じる刑事がブリコム社の社員をカーチェイスで追いかけるシーンだ。このシーン、いわゆる車の中にカメラを設置して1カット(に見える)長間し演出のため、観客はまるで車に同乗している気持ちにさせられる。そしてそのまま自動車事故が起こり、本当に事故に巻き込まれたようなショットになっているのだが、映画全体としてはまったくこのシークエンスは必要ではない。刑事が普通に追いついて、社員に話を聞くという流れでもお話としては成立するにも関わらず、あえてこの”長回し風”事故ショットを入れているのだ。このシーンが意味しているのは、作り手の”観客を1分たりとも飽きさせない”という意志に他ならないだろう。そしてその意志のとおり、141分という2時間越えの作品とは思えないほど、あっと言う間に時間は過ぎる。終盤には韓国パニック映画のお家芸ともいえる、自己犠牲による感涙シーンも用意されており、しかもしっかりと泣かされてしまうのだ。この作品の持つパワーには感服するしかない。

 

結局のところ、本作は「没入感の演出」が素晴らしいのだ。まるで自分が飛行機に乗り合わせた当事者のような気持ちになり、否応なくパニックに巻き込まれていく。その為、飛行機内では終始カメラがグラグラと揺れ、安定感がない。フィックスした構図をあえて使わず、観客を乗客の不安な心情とリンクさせていくのである。もちろん、これも全く新しい手法ではない。だが、この作品においては確実に有効な演出だろう。またサイコパスである犯人リュ・ジンソクを除いたキャラクターについては、ある程度観客が理解できる行動を取るのも良い。この極限状態においては、受け入れを拒否する側の主張も感染した側の気持ちも理解できるからだ。だからこそ、そこに対立にドラマと感動が生まれる。自分の命を投げ捨ててでも、国内に感染を持ち込ませないという判断をする、あの乗客たちの気持ちは良く分かるのだ。細かいストーリーの整合性については粗が目立つのだが、この登場人物たちの感情については、リアリティがあると感じる。これらの要素が相まって、この没入感が生まれているのだろう。年明け早々、こういう映画が劇場で観られることはとても幸せだ。突き抜けた、そしてシンプルな娯楽映画として、ここまで楽しませてもらえれば申し分ない。また一本、航空パニック映画の良作が現れた事を喜びたい。

 

 

9.0点(10点満点)