映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「エンパイア・オブ・ライト」ネタバレ考察&解説 本作を構成する3つの要素を解説!あの傷ついたハトは何を象徴しているのか?まるで美しい名画のような作品!

「エンパイア・オブ・ライト」を観た。

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アメリカン・ビューティー」「1917 命をかけた伝令」の名匠サム・メンデスが監督/脚本/製作を手掛け、撮影監督にロジャー・ディーキンスを迎えて制作された、ヒューマンドラマ。出演は「女王陛下のお気に入り」「ファーザー」のオリビア・コールマン、「スモール・アックス」のマイケル・ウォード、「裏切りのサーカス」「ジュラシック・ワールド 炎の王国」のトビー・ジョーンズ、「キングスマン」「英国王のスピーチ」のコリン・ファースなど。音楽は「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」など、デヴィッド・フィンチャー監督のサントラで有名なトレント・レズナーアッティカス・ロス。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:サム・メンデス

出演:オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、コリン・ファーストビー・ジョーンズ、トム・ブルック

日本公開:2023年

 

あらすじ

厳しい不況と社会不安に揺れる1980年代初頭のイギリス。海辺の町マーゲイトで地元の人々に愛されている映画館・エンパイア劇場で働くヒラリーは、つらい過去のせいで心に闇を抱えていた。そんな彼女の前に、夢を諦めて映画館で働くことを決めた青年スティーヴンが現れる。過酷な現実に道を阻まれてきた彼らは、職場の仲間たちの優しさに守られながら、少しずつ心を通わせていく。前向きに生きるスティーヴンとの交流を通して、生きる希望を見いだしていくヒラリーだったが、ある悲劇が二人を襲う。

 

 

感想&解説

1980年代初頭のイギリスのリゾート地を舞台に、「エンパイア劇場」という映画館で働く人たちの絆を描いたヒューマンラブストーリー。監督のサム・メンデスがコロナ禍におけるロックダウンを経て、「映画館が無くなってしまうのではないか」と懸念を持ったことから、”映画館への愛”を形にした作品らしい。近年、アルフォンソ・キュアロン監督「ROMA ローマ」、ケネス・ブラナー監督「ベルファスト」、スティーブン・スピルバーグ監督「フェイブルマンズ」など、著名な映画監督が自身の幼少期の体験を交えながら、”映画への愛”を語る作品が増えた気がするが、本作もその流れにある作品なのだと思う。そしてその愛が爆発しているかのように、撮影監督の名匠ロジャー・ディーキンスを迎えて描く「エンパイア劇場」の美しさたるや。タイトルである、「エンパイア・オブ・ライト(光の帝国)」とは、まさに光の芸術である映画を提供する、この”映画館”のことであろうが、本作を語る上でこのルックスの魅力は切っても切り離せないと感じる。

序盤、大晦日の屋上で夜空に打ち上げられた花火を、オリヴィア・コールマン演じるヒラリーと、マイケル・ウォード演じるスティーヴンが見上げた後、思わずヒラリーがスティーヴンにキスをするというシーンがある。コリン・ファース演じる支配人エリスの身勝手な誘いや、自分の人生に閉塞感を感じていた彼女が、この花火が作り出す雰囲気と、スティーヴンが放つ”異性としての魅力”に抗えず、身体が勝手に動いてしまったという名シーンなのだが、これはこの美しいシチュエーションが無ければシーンの流れが成立しない。映像的な美しさが、物語上の意味を作っているという見事な場面だと思う。このシーンが観れただけで、この映画を観た価値があったと思えるくらいのインパクトを残す場面だったが、他にも全編を通してロジャー・ディーキンスの手腕を堪能できるカットが目白押しだ。そもそも撮影監督の名前がこれだけバリューを生んでいるのは、スピルバーグ監督作品の常連であるヤヌス・カミンスキーと彼くらいなのではないだろうか。「ブレードランナー2049」「1917/命をかけた伝令」と、連続でアカデミー撮影賞に輝いているロジャー・ディーキンスは、本作でもノミネートされており期待がかかっている。


本作の構成する大きな要素として、3つの要素があると思う。一つ目はヒラリーとスティーヴンの”恋愛劇”だ。過去のつらい経験から心に闇を抱えたまま、淡々と毎日を生きるヒラリーと、黒人差別に晒されながら、大学で建築を学ぶという夢をあきらめ映画館で働くことに決めたスティーヴン。この年齢も人種もまったく違う二人が恋に落ちる様は、ともすれば相当に嘘っぽく見えてしまうだろう。だが彼らが世間から軽んじられる辛い人生の中で、どうしようもなく惹かれ合い、性愛に溺れていく様子は妙にリアルで生々しい。劇場の未使用フロアで、仕事中にも関わらずセックスしてしまう二人は、倫理的には決して褒められたものではないが、ヒラリーとスティーヴンというキャラクターの強い感情を描く上では必要なシーンだったのであろう。傷ついたハトを二人で治療し、そのハトを空に放った直後に二人は身体を求め合う。ハトの羽ばたきは、二人にとって”解放”を意味しているのだろう。さらにそのハトを助けるため、高い棚に手を伸ばした際に、スティーヴンのお腹が見えた事をわざと強調している場面があるが、あれはヒラリーの目線を通して女性の性的な欲望を映像化した、印象的なショットだったと思う。このあたりの演出は非常に上手い。

 

 


そして二つ目の要素は、”黒人差別”だ。1980年から81年のサッチャー政権下のイギリスにおいて、かつてないほどの不況にあえぐ白人の労働階級者たちのフラストレーションが、移民の黒人たちに向けられていき、強烈な差別が横行していたという時代背景が小出しに語られる。「サルは生まれた国に帰れ!」と街中でスティーヴンがイギリス人に罵られるシーンがあるが、移民である黒人が自分たちの仕事を奪っていくと考えられていたのだ。ここからネタバレになるが、後半でスキンヘッドの集団がドアのガラスを破って映画館に乱入し、スティーヴンを袋叩きにするというシーンがあるが、あれは誇張ではなく1980年代における、イギリスのリアルな描写なのだろう。劇中でも語られる「ニュー・クロス火災事件」とは、ニュークロスでのハウスパーティー中に多くの黒人の若者が火災で死亡し、それが人種差別者の放火であると疑われた事件だ。これらのイギリスにおける不安定な情勢が、スティーヴンに建築家という夢を諦めさせる原因となっているのである。


そして最後の要素が、映画や音楽といった”ポップカルチャー”だ。劇中でも、エンパイア劇場でプレミア上映されるヒュー・ハドソン監督「炎のランナー」やハル・ニーダム監督「トランザム7000」、劇場の看板にはマーティン・スコセッシ監督「レイジング・ブル」のタイトルと、80年初頭までの多くの映画作品が挙がり、”時代感”を演出している。その中でももっと印象的に使われているのが、ハル・アシュビー監督/ピーター・セラーズ主演の1979年イギリス映画「チャンス」だ。自分が劇場で働いていながら、今まで一度も映画を観た事がないというヒラリーのために、映写技師のノーマンが上映するのがこの作品で、オチの部分まで本作では上映される。知的障害があって、テレビばかり見て過ごしている庭師のチャンスが、ある日屋敷の主人の死をきっかけにして街に出た事により、メディアや周囲の誤解によって次期大統領にまで祭り上げられるというコメディ作品だが、問題のラストシーンはチャンスが水の上を歩くという場面で終わる。これは明らかに、チャンスを”神”として描いているのだが、いわゆる純粋な者が神聖な存在だと説く「聖なる愚者」を主人公にしており、ロバート・ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ」でも同じテーマが描かれていた。


そしてこの「チャンス」のラストシーンを観て、映画の持つシンプルな感動に身を委ねたヒラリーは感激の涙を流す。彼女の閉じられていた世界が、劇場で映画を観たことによってまたひとつ広がったのである。監督がインタビューで「ヒラリーが映画を観なかったのは、感情の水門を開きたくないからだ」という発言があるが、ここにもサム・メンデス監督の”映画愛”が描かれているのだろう。また音楽についても、本作ではかなりフォーカスされており、特にイングランド出身の黒人白人メンバーの混合バンドである「ザ・スペシャルズ」は、スティーヴンのお気に入りバンドとして描かれている。ジャマイカのスカのリズムに、パンクの精神性を足したような楽曲群で、ファーストアルバム「The Specials」はエルヴィス・コステロがプロデューサーを務めており、高いメッセージ性を備えた名盤として今でも評価されている。あの白黒のジャケットはロックファンにはお馴染みだろう。この黒人白人混合バンドで、移民が多かったジャマイカのスカを取り入れたサウンドというのは、当時のイギリスに住む若者たちにとって、どれだけ”自由の象徴”として響いたか計り知れない。このバンドが好きだという設定からも、このスティーヴンという青年の人物像を描いているのである。


とはいえ映画のテンポは、ゆっくりとしてかなりスローペースだし、なにか大きな起伏が用意されているストーリー展開でもない。また小さな各シーンを寄せ集めて作ったような構成で、強い推進力のある”一本の軸”も薄い。ただ映画としては非常に魅力的という、不思議な作品だと思う。特にスティーヴンが遂に大学に行けることになり、街を出る彼とヒラリーの別れのシーンにおける強いエモーションなどは、素晴らしい余韻を残す。全編に亘ってこういった名場面が次々に現れるため、まるで美術館の中で順番に絵画を観ている気がしてくる位だ。これもサム・メンデスの演出と、ロジャー・ディーキンスの撮影の賜物なのだろう。主演のオリヴィア・コールマンは、もはや言わずもがなの名演でヒラリーという難しいキャラを演じきっており、彼女の主演以外ではこの作品は成立しなかっただろうと思わせるし、マイケル・ウォードもこれから別の監督の作品でも観たいと思う位に魅力的な俳優だった。インパクトという意味では地味だが、劇場で観て良かったと思う作品だったのは間違いない。またブルーレイで再見しながら、画面の細部まで堪能したい映画だった。

 

 

6.5点(10点満点)