「ワイルド・スピード10 ファイヤーブースト」を観た。
2001年の第1作「ワイルド・スピード」からスピンオフ「スーパーコンボ」を合わせると計11作が作られた、ユニバーサル・ピクチャーズの看板タイトルのシリーズ最新作が公開になった。ナンバリングとしては第10作であり、次回作の制作もすでに発表されている。監督は「グランド・イリュージョン」「トランスポーター」シリーズを手掛けた、フランス人監督のルイ・ルテリエ。本シリーズをブーストした立役者であり、シリーズ3作目「TOKYO DRIFT」から6作目「EURO MISSION」と、前作「ジェットブレイク」の監督を手掛けたジャスティン・リンは、本作ではプロデュースと脚本に回っている。出演はお馴染みのヴィン・ディーゼルをはじめ、ミシェル・ロドリゲス、タイリース・ギブソン、サン・カン、シャーリーズ・セロン、ジェイソン・ステイサムらに加え、「アクアマン」のジェイソン・モモアやオスカー女優のブリー・ラーソンらも参戦。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ルイ・ルテリエ
出演:ヴィン・ディーゼル、ミシェル・ロドリゲス、ジェイソン・モモア、ジョン・シナ、ブリー・ラーソン
日本公開:2023年
あらすじ
パートナーのレティと息子リトルBと3人で静かに暮らしていたドミニク。しかし、そんな彼の前に、かつてブラジルで倒した麻薬王レイエスの息子ダンテが現れる。家族も未来も奪われたダンテは、12年もの間、復讐の炎を燃やし続けていた。ダンテの陰謀により、ドミニクと仲間たち“ファミリー”の仲は引き裂かれ、散り散りになってしまう。さらにダンテは、ドミニクからすべてを奪うため、彼の愛するものへと矛先を向ける。
感想&解説
もはやこのシリーズに細かいツッコミを入れること自体が、無粋なのだろう。「ワイルド・スピード」の最新作を観に来る観客は、「こんなのあり得ない」とか「物理法則に逆らっている」などの”お約束”はすでに解っていながら、それでも楽しんでいるからだ。よって、ローマの街をあれだけ巨大な球体形の爆弾が、坂をゴロンゴロンと転がるのを車で阻止しようとしても、例えローマ市内の河に落ちた中性子爆弾という核兵器が爆発しても(しかも死者はゼロ)、「ワイルド・スピード」だからというエクスキューズだけで、これらのシーンは成り立ってしまう。ほとんどその究極系が前作「ジェットブレイク」だったと思うが、ダクトテープで張り付けた宇宙服(?)を着たローマンとテズが、宇宙に打ち上げられるシーンを観たときは、もうこれが成立してしまうなら”本当に何でもアリ”だと思ったものだ。振り返ってみれば、シリーズ1作目は”ストリートレース”と改造車の強盗団というモチーフが面白く、そこに潜入捜査というエッセンスが融合した良作だったが、すっかりこのシリーズも本数を重ねたことで、良くも悪くもおバカ超大作アクションとしての地位を確立したのだと感じる。
そして、そのシリーズもいよいよ本作「ファイヤーブースト」が第10作目ということで、最終章らしい。「MEGA MAX」「ICE BREAK」「ジェットブレイク」「スーパーコンボ」などの邦題タイトルの数々も、完全にこのシリーズの”トーン&マナー”を意識しているのだろう。「ファイヤーブースト」という、あまりにもダサいサブタイトルが許されるのは、もはやこのシリーズの特権だとさえ思う。ここからネタバレになるが、本作は第5作目の「MEGA MAX」で登場した、麻薬王レイエスの息子ダンテが最強の敵としてドムの前に立ちふさがる展開となるのだが、映画冒頭では「MEGA MAX」における、金庫引き回しのクライマックスシーンの中に、ジェイソン・モモア演じるダンテも現場に居たのだという追加ショットを編集でうまく繋いでおり、面白い場面になっていた。ここにサラッとブライアンが登場してくるのも作り手の意図に乗せられつつ、ファンにとってはアガるポイントだろう。それにしても、前作まではシャーリーズ・セロン演じるサイファーが最強の敵なのかと思わせておいて、あっさりとそれを上回る敵を用意しサイファーが仲間に加わるという、ドウェイン・ジョンソン演じる「ホブス捜査官」、ジェイソン・ステイサム演じる「デッカード・ショウ」、ジョン・シナ演じる「ジェイコブ・トレット」に続く、”恒例の展開”にも笑ってしまう。
恐らくこの敵役「ダンテ」とは、イタリア出身の詩人/哲学者であり、イタリア文学最大の古典「神曲」を書いた、”ダンテ・アリギエーリ”からの引用だと思う。本作の最初のアクションシーンが、イタリアローマなのは偶然ではないだろう。「神曲」は「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部からなる叙事詩であり、今回の「ワイルドスピード」最終章も、当初は二部作の予定が三部作に変更になったそうだが、今回の「ファイヤーブースト」はさしずめダンテが描いた「地獄篇」といったところだろうか。それだけ今回の「ダンテ」はキャラクターが立っていて、面白い。やけに陽気でありながら、人を殺すことになんのためらいもないサイコパスであり、主人公ドムを追い詰めることだけに復讐を燃やす男を、ジェイソン・モモアが嬉々として演じている。元々ジェイソン・モモアは、ハワイ州ホノルル生まれで南国系の雰囲気が強い俳優のため、この陽気なイメージとサイコパスの組み合わせがキャラとして際立っているのだ。特に中盤、彼が二つのお団子ヘアーで死体と遊ぶ場面は、完全にサイコホラーのような演出で、過去のワイスピシリーズにはないグロテスクな場面で最高だった。さらにダンテはタイマンでの格闘能力が低いのが特徴で、ここが過去の悪役とは違うところだろう。彼は完全に”知力”と”戦略”で勝つタイプなのである。
それにしても、本作は上映時間141分の中で無駄なシーンが多い気がする。雑貨店でのローマンとテズの喧嘩シーンや、ハンのドラッグ入りマフィンのくだりなどは全く必要のない場面だし、大して面白くもない。さらにレティとサイファーが戦う場面も、作劇上この後で二人が協力して脱出することがミエミエなので、この格闘に意味がないことを分かりながら観ることになるし、前作ラストから続くハンとデッカードの格闘シーンも退屈だ。とにかく仲間うちの格闘シーンが始まると、完全にストーリーが停滞してしまうことで、結果の分かっているただの小競り合いに感じてしまう。そもそもワイスピシリーズは、”人VS人”の格闘シーンに期待している訳ではなく、カーアクションを始めとするアクションシークエンスがウリのシリーズだと思うので、このあたりはもっとバッサリとカットして、他に時間を使えば良いのにと思ってしまった。ただでさえ、これだけシリーズが続くと登場人物が多すぎて、一人一人の見せ場が少ないのだ。特に今作ではローマン/テズ/ラムジー/ハンの4人はまとめて行動しており、”十把一絡げ”感が強いし、ブリー・ラーソン演じるミスター・ノーバディの娘テスや、エージェント・エイムス、亡きエレナの妹イザベルなど、新規キャラも多数登場して各シーンが大混雑している。
さらにドムの弟ジェイコブは、前作からキャラの変化が大きすぎて、おおいに戸惑う。今回はドムの息子である、リトル・Bと行動する保護者役とはいえ、前作「ジェットブレイク」ラストまでの寡黙で粗野なキャラクターは完全に崩壊し、ノリの良いおじさんになってしまった。これも正直、前作からの流れで観ると違和感が強い。しかも終盤のジェイコブ自己犠牲のシーンも、これまでのシリーズの展開から絶対に生きているだろうから、まったく感動もない。これは、終盤におけるローマンたち”飛行機墜落組”も同じだろう。「死んだと思ったら、実は生きていました」が多いシリーズなので、なにが起こってもまったくハラハラしないのである。レティが生きていて驚かされた過去作が、もはや懐かしい。これは主要登場人物のすべてに言えることで、スクリーン上ではどんなに絶体絶命な場面でも、常にそこに”彼らは死なない”という安心感が付きまとうため、スリルが生じない作りになっているのだ。ラストのドミニクがリトル・Bを乗せて、爆発に飲み込まれそうになりながら車で貯水路をほとんど直角に下りていき、水にダイブするシーンでも、次の場面では当然のようにケロッとして水面から這い上がってくる。子供を連れているから脱出が困難になるとか、身体にダメージを負うなどの展開はまるでないのだ。
そして、南極を歩いて脱出中のレティとサイファーの前に、ガル・ガドット演じるジゼルが潜水艦で登場するシーンが描かれ、またしても苦笑いがこぼれてしまう。ジゼルは「EURO MISSION」で死亡した設定だったが、もちろんそんな事は「ワイルドスピード」シリーズには関係ない。彼らは常に作り手の都合によって生き返る、不死身の存在なのだ。さらにルーク・ホブスの登場も示唆されて、いよいよ次作は”全員登場”ということなのだろう。今回は恒例のファミリーでの食事シーンは冒頭に持ってきて、ドミニクを孤立させるダークなラストに持っていきたかったのだろうが、正直ドミニクたちの行く末もまったく心配していない。「水戸黄門」と同じで、水戸光圀も助さん格さんも、そして八兵衛も弥七も決して死ぬことはないし、最後は完全勝利することが約束されたようなシリーズだからだ。そしてこれが、もはや「ワイルド・スピード」の美点であり特徴なのだろう。どれだけ派手で、クラッシュと爆発のあるアクションシーンが観られるか?が本シリーズの肝なので、次回作もそこは期待したいところだ。ドムの母親役として、91歳の伝説的女優リタ・モレノが登場するくらいの人気シリーズになった本作、とにかくこのテンションのままラストまで走り抜けてほしいと思う。
5.5点(10点満点)