映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンの映画ブログです。劇場公開されている新作映画の採点付きレビューと、購入した映画ブルーレイの紹介を中心に綴っていきます!

映画「aftersun アフターサン」ネタバレ考察&解説 完全解説!あのディスコシーンの意味は?海のシーンは?「アンダープレッシャー」の選曲の意味は?ラストシーンの意味も解説!

「aftersun アフターサン」を観た。

f:id:teraniht:20230527013058j:image

本作で第95回アカデミー「主演男優賞」にノミネートされ、リドリー・スコット監督の「Gladiator2」の主人公ルキウスに抜擢された事でも話題となったポール・メスカルが父親カラムを演じ、800人ものオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオが娘のソフィを演じた、ヒューマンドラマ。監督/脚本は3本の短編を手掛けたのち、これが長編デビュー作となるスコットランド出身のシャーロット・ウェルズ。2018年には「フィルムメーカー・マガジン」の”インディペンデント映画の新しい顔25人”に選ばれ、世界中から注目されている新鋭監督である。2022年のカンヌ国際映画祭で上映されるや大絶賛され、スタジオA24が北米の配給権を獲得したことも話題になった本作。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
日本公開:2023年

 

あらすじ

11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。

 

 

感想&解説

本作は、シャーロット・ウェルズ監督の自伝的な内容らしい。それにしても余白の多い作品で、まったく事前の情報がないまま観始めると、終盤までこの映画のテーマすら掴めない。しかもすべてを明確に描くタイプの作品ではなく、観客に想像の余地を残しながら終わるような映画で、鑑賞後に今観た映像のピースを嵌めながら、監督が伝えたかったであろうメッセージを探っていくことで、ようやく全体像が見えてくるような作品だ。基本的にはある父と娘が、トルコのリゾート地でバカンスを楽しんでいる姿を切り取っていくだけの映画に見えるからだ。だがそこに時折、家庭用ビデオカメラで撮った粒子の荒い映像が挟まってくる。かと思えば、突然大人になったソフィーの姿が登場したりと状況説明、イメージのような心象風景、記録映像がシームレスに映し出されるうえに、それらを規則性なく並べたような作りになっているので、意図がわからないとやや混乱する。

だが、作り手の意図が分かれば、実はシンプルな映画だとも言えるかもしれない。ここからネタバレになるが、この映画は大人になったソフィーがあの父親と過ごしたひと夏の想い出をビデオカメラの映像を観ながら、回想しているという作品なのである。だからこそ、まるでシャッフルされたようなブツ切りの映像が羅列され、まばゆいばかりに美しくも楽しい旅の映像が積み重なっていく。特に11歳のソフィーが体験する経験は、どれも甘酸っぱい。仲良くなった自分よりちょっと年上の男女たちが、イチャイチャしている姿を見て置いていかれたような気分になったり、知り合った同じ年くらいの男の子と勢いでキスしてみたりする。だが、それでも彼女はまだまだ子供のため、なんでも自分を受け入れてくれる父親との時間にも喜びを感じており、まるで子供が大人になっていく過程を描く”青春映画”のようだ。

 

だが、実はこの映画は”もうひとつの側面”も提示してくる。もっとも分かりやすく本作のメッセージが明確になるシーンは、あの”海のシーン”だろう。カラオケを父親と一緒に歌いたかったソフィーは、カラムにそれを拒否されたことで、ふてくされて部屋に戻らず、父親だけが部屋に戻っていく場面がある。すると突然、漆黒の海の中に父親カラムが入っていくシーンがインサートされる。そしてそのまま、彼が戻るシーンは描かれない。この時点ではこのシーンが何を意味しているのかは分からない。だがその後、部屋の鍵を持っていなかったソフィーがフロントマンにお願いして部屋に戻ると、そこには裸で寝ているカラムがいるという場面がある。そしてさらにその後、まったく別の流れで裸のまま泣くカラムの姿が描かれるのだ。そこでようやく、それらのシーンを繋ぎ合わせることで、父親カラムが海で自殺をしようとして失敗し、ひとしきり泣いたあとで、そのままベッドで寝てしまったことが理解できるのである(ソフィーへの手紙も映される)。あれだけ楽しそうにソフィーと接していたカラムは、実は心を病んでいたのだ。カラムのセリフで「40歳まで生きられるとは思っていない」というものがあったが、彼はいつも自分の死を意識している。だが少女時代のソフィーをそれを知る由もないのだ。

 

 

年上の女の子にもらった、黄色のリストバンドはホテルのバーで、何でも注文ができる”大人の象徴”だし、カラムと購入した絨毯は、大人になった今でも使い続けている大事な父親との想い出だ。だがカラム自身は彼の腕のギプスが象徴しているように、白い包帯に覆われているような、その内面の心はひどく傷ついているのである。そして、その原因は観客には提示されない。だが空港に娘を見送り、別れを惜しむように手を振る我が子をビデオカメラに収めると、そのカラムを俯瞰で見つめるカメラ視点になり、彼が光の射すドアの向こうに去っていくシーンでこの映画は終わる。これは彼自身がソフィーとの旅行のあとで、暗い海に身を投げたのと同じように、その後に自分の命を絶ったということを示したシーンなのだろう。だからこそ、大人になったソフィーはビデオカメラを観返して、あの楽しかった夏を思い出しているのである。途中のディスコシーンの明滅は、父親を亡くし大人のなったソフィーの見ている心象風景で、徐々に薄れゆく父への記憶を表現しているのだと思う。激しく明滅する暗闇の中で、若き日の父親の姿は一瞬だけ見えるが、決して彼のもとに辿り着くことは出来ないのである。

 

そしてこの幼いころのソフィーの想い出と、現実のコントラストが非常に残酷なのである。カラムはソフィーの母親との関係が良好そうだったことを考えても、離婚の原因は浮気や暴力などではなく、彼がLGBTQだった為ではないかと推察する。途中のシーンで意味深にも、男同士でキスしている二人をソフィーが見かけてしまうシーンがあったし、ソフィーも同性のパートナーがいたことからも、映画の中ではハッキリと描かれないが、随所にその要素が匂わされていた。あるシーンで、UKのロックバンドであるブラー(Blur)の「テンダー」がかかっていたが、1999年のアルバム「13」からのシングルカットだった為、おおよその時代背景はそのあたりだろう。まだ保守的な時代において、カラムはさまざまな疎外感を感じていたのだと感じる。さらにクイーンとデヴィッド・ボウイの共作である「アンダープレッシャー」が、父娘のダンスシーンにて非常に特徴的に使われていたが、ダンスミュージックとしてはやや違和感のある選曲だ。だがその歌詞は、「プレッシャーが僕の上にのしかかる/これは世界の仕組みを知るという恐怖/良き友達が叫んでいる場面を見るんだ/”僕をここから出してくれ”」という歌詞で、カラムから見ている世界を表現していると感じた。そして、クイーンのボーカルであるフレディ・マーキュリーはLGBTQであり、HIV感染合併症により亡くなっているし、デヴィッド・ボウイバイセクシャルで有名なアーティストだ。

 

「わたしの心のカメラに残すから」というのは、劇中のソフィーのセリフだ。そして、その心のカメラに残っている記憶も時間と共に薄れていく。この実際に起こりうる刹那のイメージを、映画というフォーマットに見事に焼き付けた作品だと思う。身近な大事な人を亡くした経験のある人なら、この映画はしばらく抜けない棘のように感性に刺さる可能性があるだろう。ただし大きな物語の起伏がある作品ではないので、この作品は配信やソフトで観てしまうと、集中が途切れてしまうかもしれない。だからこそ映画館で観るべき作品だとも言える。タイトルの「after sun」とは日焼け跡のことだが、ひと夏の想い出を表現している良い題名だと思うし、このアート作品のタイトルにピッタリだ。またソフィを演じたフランキー・コリオの自然体の演技も素晴らしかったし、ポール・メスカルもアカデミー「主演男優賞」にノミネートされただけのことはある、圧巻の表現力だった。

 

これぞ映画だからこそできる表現であり、シャーロット・ウェルズ監督の非凡な才能が堪能できる一作だ。シナリオで魅せる作品というよりも、映像演出と編集で映画を推進していくタイプの作品だが、だからといってVFXを多用している訳でもなく、新しい表現手法が感じられた映画だった。とはいえ、やや技巧に走り過ぎている感もあるし、日常風景の中のロングテイクなど、作品の意図がわからないと特に前半は退屈に感じるかもしれない。だが、全体的にはとても記憶に残る良作だったと思う。またすごい才能の監督が現れたのは、素直に嬉しい。次回作が楽しみである。

 

 

7.5点(10点満点)