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映画「ウーマン・トーキング 私たちの選択」ネタバレ考察&解説 実は唯一の男性ベン・ウィショーの役割が肝!あのラストシーンに込められたであろうメッセージとは?

「ウーマン・トーキング 私たちの選択」を観た。

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死ぬまでにしたい10のこと」や「ドーン・オブ・ザ・デッド」などで女優としても活躍しつつ、「アウェイ・フロム・ハー 君を想う」「テイク・ディス・ワルツ」など監督としてもキャリアを重ねているサラ・ポーリーが、10年振りに監督復帰を果たしたドラマ作品。原作は、南米ボリビアの宗教コミュニティ内で実際にあった事件をもとに執筆されたミリアム・トウズの小説で、サラ・ポーリーは脚本も担当している。第80回ゴールデングローブ賞では「最優秀脚本賞」「最優秀作曲賞」にノミネートされ、第95回アカデミー賞では「作品賞」と「脚色賞」にノミネートされた結果、「脚色賞」を受賞している。出演は「ドラゴン・タトゥーの女」「キャロル」のルーニー・マーラ、「蜘蛛の巣を払う女」のクレア・フォイ、「MEN 同じ顔の男たち」のジェシー・バックリー、「リリーのすべて」のベン・ウィショー、「ノマドランド」のフランシス・マクドーマンドなど。フランシス・マクドーマンドはプロデューサーも務めている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:サラ・ポーリー
出演:ルーニー・マーラクレア・フォイジェシー・バックリー、ベン・ウィショーフランシス・マクドーマンド
日本公開:2023年

 

あらすじ

自給自足で生活するキリスト教一派のとある村で、女たちがたびたびレイプされる。男たちには、それは「悪魔の仕業」「作り話」だと言われ、レイプを否定されてきた。やがて女たちは、それが悪魔の仕業や作り話などではなく、実際に犯罪だったということを知る。男たちが街へと出かけて不在にしている2日間、女たちは自らの未来を懸けた話し合いを行う。

 

 

感想&解説

もともとは南米ボリビアの宗教コミュニティ内で実際にあった事件をベースに、サラ・ポーリーが監督/脚本を担当し、”寓話”として映画化した作品らしい。実際に牛を眠らせる薬剤を使って女性を昏睡させ、暴力的な性行為を受けたうえに誰が父親か分からない子供を妊娠するなど、この映画で描かれている事件は女性にとって途轍もない恐怖だろう。冒頭、キリスト教一派の村で暮らす少女の身体に身に覚えのないアザが付いていることから、彼女が叫び声を上げるシーンで映画は幕を開ける。だがこのコミュニティの男たちは、「悪魔の仕業」や「作り話」だとこの訴えに取り合わないこと、さらにここの女性たちは読み書きが出来ない事がナレーションにて説明がされる。そんなある晩、寝室に忍び込んできた男に少女が気付いたことから、犯人一味は逮捕されるが、男たちの保釈までの2日間で、彼女たちは今後の”身の振り方=生き方”を決める必要があることが示される。

それは「男たちを赦す」「男たちと闘う」「この土地を去る」という、3択の選択肢から選ぶことであり、彼女たちは全員で投票を行うことになる。だが「闘う派」と「去る派」が同数だった為、代表である8人の女性たちが限られた時間の中で、議論しながら結論を出し、行動しなければならない事が描かれるのが序盤までの展開だ。それぞれの女性が今までの経験、宗教観などから意見を出し合い、時に対立していくのだが、この序盤まではこの作品の”時代設定”はまったく分からない。ここからネタバレになるが、女性たちの置かれている「男性には一切意見できない/頼み事はできない」といった、あまりに男尊女卑で封建的な設定や、「女性はほとんど読み書きができない」というセリフからも、いつの時代の設定なのだろう?と思いつつ、それにしては眼鏡のデザインが現代っぽいなと思っていると、なんと「デイドリーム・ビリーバー」を爆音でかけながら疾走する、国勢調査の車が現れる。ここからなんと本作の時代設定が2010年であり、ほぼ現代を描いている作品だということが判明する。(予告編ですでにネタバレしているが)

 

2010年の時代背景で車が通れる土地なら、上空には飛行機だって飛んでいるだろうし、それこそ警察や国の管理も入るだろう。実際にはメノナイトと呼ばれるキリスト教一派には、世間と隔絶して暮らす人たちはいるようだが、あれだけの人数の白人女性が大人になるまで、まったく読み書きが出来ないという設定には違和感がある。そこで初めて、この作品が2010年のどこか架空の場所を舞台にしており、この現実の世界ではない、作り手のメッセージを伝えるための”寓話”であることが分かってくるのだ。本作のテーマソングのように使われる、この「デイドリーム・ビリーバー」は日本では忌野清志郎によるカバーバージョンの方が有名になってしまったが、元はザ・モンキーズの楽曲で、”夢見心地で幸せな主人公”を描いたあまりに有名でポップな楽曲だが、この作品では非常にシリアスな展開やエンディングでも使われていることで、いわゆる「対位法(悲しい場面で楽しい曲が流れる演出)」的な効果を生んでいる。上手い選曲だ。

 

 

また本作では特徴的なキャラクターが多く登場するが、個人的にはフランシス・マクドーマンド演じる年配女性ヤンツが、短い出演時間ながら非常に印象的だった。3つの選択肢のうち、もっとも投票数が少ない「男たちを赦す」という選択を推進しようとする代表格であり、この土地から離れることで宗教的な破門のリスクを説きつつ、篤い信仰心から女性陣に男性への赦しを求めるのだが、そんな彼女の顔には大きな傷が付いている。明らかに自らも過去に男たちから暴力を振われ、心と身体に文字通り傷を負ってきたことが示唆されるのだ。また「大きすぎる」と度々”入れ歯”を外すグレタという老女も、過去に口から血を流すカットがインサートされることにより、彼女も男たちの被害者の一人だと描かれる。このレイプ事件は、過去からこのコミュニティ内では脈々と続いており、そしてこれからも継続されいくことがここから表現されているのだろう。劇中でも、”赦し”はキリストの教えの大きな根幹ではあるが、暴力行為への”許可”だと取られる危険性について議論されていたが、ここで偏った信仰を優先してしまう顔に傷のある女性ヤンツを、ルーニー・マーラー演じる主人公オーナと対照的に配置しているのだと思う。

 

本作は基本的には、会話劇だ。だが会話劇の傑作、シドニー・ルメット監督の「12人の怒れる男」のように、ドラマチックに状況が変化して、カタルシスが得られるタイプの作品とは言い難いし、セリフも観念的で宗教観が強いので難解だ。「男たちと闘う」「この土地を去る」を巡って、時にはメリット/デメリットを書き出したり、自分の幼い息子を思って、”男”という定義の線引きについて議論を重ねていく女性たち。そんな女性陣の中でただ一人、ベン・ウィショー演じる書記のオーガストという役があることで、本作は絶妙なバランスを取りながら、この難しいテーマを成立させていると思う。本作における男性の登場人物はオーガスト一人なのだが、実は彼自身もあの女性グループの中では、”書記”という肩書のせいで軽々しく発言を許されなかったり、男という性別のせいでなにかと敵対視されてしまったりする。その中でもオーナは彼にさまざまな局面で意見を求め、信頼を寄せる数少ないキャラクターなのだが、実は男性を一人だけ配置することで、女性が強い環境においてはフィジカルではなく精神面で、同じ問題を抱えてしまう可能性が、ごく軽くではあるが示唆されているのも上手い。そして男性にもいろいろなタイプがいることも表現されていて、基本的には女性たちによる性的に虐げられてきた状況からの選択を描いた物語だが、彼の存在のおかげで男性にとっても感情移入しやすい構造になっていると感じる。

 

終盤にサロメオーガストに言う、「もし、あなたが何を言っても取り合ってもらえず、そしてそれが一生続くとしたら、どう感じると思う?」というセリフは、今まで主体性を奪われ続けてきた女性たちの魂の言葉だと感じたが、この映画はラスト、今までの宗教観として強制されてきた”赦し”から脱却し、女性たちが主体性を取り戻したことで、子供を連れて男たちから離れる旅に出る。そしてラストカット、恐らく生まれてきたオーナの赤ちゃんがスクリーンに大写しとなり、「あなたたちの物語は、私たちのものとは違うだろう」とナレーションで語られ、そのままエンドクレジットとなる。冒頭で「これは、あなたが生まれる前の話である」と語り映画が始まるのだが、この時点で観客には、ここで言う”あなた”が誰だかわからないのが、このラストでやっとそれが繋がる構造なのである。この赤ちゃんは今まで語られてきた”寓話”を越えた、観客側が生きている現実世界の”未来の象徴”であり、これからを生きる女性たち全員に向けたメッセージなのだろう。

 

本作は話し合うことでそのコミュニティの課題を解決に導く、”プロセスの重要さ”を説いた作品でもあると思うが、正直やや伝えたいメッセージが全面に出過ぎていて、窮屈なイメージの作品でもある。言いたいことを詰め込み過ぎていて、シーンやセリフに解釈の余地や余白がない印象なのだ。ただ逆に言えば監督サラ・ポーリーの伝えたい事は存分に伝わってくるし、映画としても見応えのある佳作であることは間違いない。男性女性のそれぞれの視点からも、感じるものは違うだろう。ショッキングなテーマだし、宗教観も強く決して楽しいタイプの映画ではないが、実力派俳優たちのアンサンブルも素晴らしい、力強い一作だと思う。

 

 

7.0点(10点満点)