映画「ナイトスイム」を観た。
製作に「ソウ」「死霊館」シリーズといった大ヒットホラーを手掛けたジェームズ・ワンと、同じくホラー映画で絶大なブランド力を誇る、「ブラムハウス・プロダクションズ」のジェイソン・ブラムが名を連ねていることで話題となっているホラー映画。監督は2014年にショートフィルムを発表し、今回そのフィルムを自ら長編映画化したブライス・マクガイア。本作が長編デビュー作らしい。2024年早々に公開された北米ではオープニング週末初日に興行収入No.1を記録している。出演は「オーヴァーロード」「ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ」のワイアット・ラッセル、「ドリームランド」「イニシェリン島の精霊」のケリー・コンドンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ブライス・マクガイア
出演:ワイアット・ラッセル、ケリー・コンドン
日本公開:2024年
あらすじ
難病に侵され早期引退を余儀なくされた元メジャーリーガーのレイ・ウォーラー。現役復帰を目指す彼は自身の理学療法も兼ねて郊外のプール付き物件を中古で購入し、妻イブや思春期の娘イジー、幼い息子エリオットとともに引っ越してくる。新たな生活を満喫する一家だったが、裏庭にあるプライベートプールは、なぜか15年も未使用のままだった。そのプールには得体のしれない怪異が潜んでおり、一家を恐怖の底へと引きずり込んでいく。
感想&解説
あのジェームズ・ワンとジェイソン・ブラムがプロデュースしたホラー映画という事で、大いに期待していた本作。ジェームズ・ワンの製作会社「アトミック・モンスター」と「ブラムハウス・プロダクション」の共同製作では、2023年ジェラルド・ジョンストン監督の「M3GAN ミーガン」が大ヒットしたが、本作も同じ体制の作品と言えるだろう。そもそもジェームズ・ワンは「インシディアス」「ソウ」「死霊館」シリーズの監督という事で、ホラー映画のクリエイターとして圧倒的な信頼感があるし、ジェイソン・ブラムも「ゲット・アウト」「ブラック・フォン」「ハロウィン」と意欲的なホラーを多く発表してきたプロデューサーだ。そんな二人が組んだホラー映画であれば、期待してしまうのも仕方ないだろう。
だが結論として、本作「ナイトスイム」は本当に残念な出来の作品だった。今回のレビューはかなり酷評になるのでご注意を。そもそもブライス・マクガイア監督とロッド・ブラックハーストというクリエイターが作った、ショートフィルムを長編映画化した作品らしいが「プールの中にいると”何か”に襲われる」という3分ほどのプロットを、98分に引き延ばすのはあまりに無理があったのだろう。YouTubeで観られるショートフィルムは、ホラーというよりもアート作品ぽい雰囲気で、夜のプールで泳ぐ女性を美しいライティングと構図で描いていく。すると水中にいる女性がプールサイドに気配を感じ、自分の姿に似た”何者か”を見た事によって忽然と姿を消してしまうというショートフィルムなのだが、水中撮影やカット割りも見事で約3分の映像としては、非常にセンスを感じさせる出来になっている。
ところがこれを今回、長編映画にした事で輝きを失ってしまったという事だろう。なぜなら長編の娯楽映画には”先が気になるストーリー”と”魅力的なキャラクター”が必要だからだ。過去に何十回も観てきた”呪いの家”をプールに変えただけという新鮮味のない設定と、プールの中で何かに襲われるというワンアイデアから飛躍しない上に、まったく驚きのないストーリー展開、印象的なシーンが一つもない演出。これだけ古今東西に名作娯楽映画が溢れている中で、それらの足元にも及ばないあまりに凡庸なホラー映画になってしまっている。もちろん過去のホラー映画からの引用も多く見られるのだが、そのどれもがオマージュとして劣化しているのだ。プールの排水溝で腕を引っ張られるシーンは「IT/イット」だろうし、平凡な一家を怪奇現象が襲う展開は「ポルターガイスト」や「ペット・セメタリ―」、父親が悪しき霊に憑依されるのは「シャイニング」だろう。
だが本作の致命的な点は、ホラー映画でありながらまったく怖くない点だ。突然大きな音で驚かすという典型的で安っぽいジャンプスケアはあるが、背筋がゾクゾクするような心理的な恐怖はまったくなく、キャラクターが追い詰められていく心理描写や、観ていて”自分だったらどうする?”という葛藤がまったく湧かない。いわば”ホラー映画として、この作品ならではの独特の魅力がないのだ。演出として遊園地のお化け屋敷のように、単発的な”ビックリ演出”が繰り返されるだけだ。この点においてはホラーの名手ジェームズ・ワンがプロデュースしているとは思えず、本作には名前貸ししているだけで全くタッチしてないのでは?と疑ってしまう。呪われた場所というテーマでは、ワン監督の「死霊館 エンフィールド事件」という傑作があったが、情報量も恐怖演出も密度がまったく違うのである。
ここからネタバレになるが、ストーリー展開もあまりに薄すぎる。難病が発症しメジャーリーガーとしての引退を余儀なくされているレイと妻イヴ、思春期の娘イジー、息子エリオットの家族。一家は憧れのプライベートプールを裏庭に備えた郊外の家を購入するが、プールでの理学療法を功を奏してレイの身体はみるみる回復していく。だがエリオットやイジーはこのプールに得体のしれない邪悪なものを感じていたのだったというストーリーなのだが、まず父親レイが病気になったことにより野球を諦めざるをえない無念さと、このプールで起こる悲劇がリンクしてないのだ。例えば選手への復帰を諦められず、自分の身体を治すため家族を犠牲にすることを選んだレイが霊に乗っ取られ、自分を犠牲にするといった展開なら理解もできるが、レイと妻イヴは心底愛し合っており家族思いの良い夫婦であるため、ラストの展開の必然性がない。理由なく無理に父親を犠牲にさせる胸糞のためだけの展開にはうんざりさせられる。
また娘イジーはやたら弟に対して厳しい態度を取り続けているのだが、最終的に本気で弟が溺れかけてるのに、手にガラスの破片が刺さったことの方に大騒ぎしまったく本気で彼を助けようとしていないようで、本当に仲の悪い姉弟に見えてしまう。イヴを演じていたケリー・コンドンは家族を助けようとする母親をしっかり体現しており良かったが、レイを演じたワイアット・ラッセルはカート・ラッセルの息子らしいのだが、どうにもキャスト陣全般に華がない。そしてストーリーもプールの水自体がそもそも長年に亘って呪われた水であり、そこに近づく人間が長年犠牲になっていたという展開にも何の意外性もなく、どこを取っても凡庸な映画なのである。
ホラー映画は劇中一つでも良いから印象的なシーンが欲しい。それは人が死ぬシーンでも良いし、その殺され方や死に方でも良い。もしくは強烈なキャラクター造形や設定によって観客の記憶に残っても良いが、本作は本当にどのシーンも記憶も残らない。終わってみればタイトルの「ナイトスイム」もほとんど意味を成していないし、恐らくこの映画自体の記憶も終日後には消えてしまうだろう。YouTubeのショートフィルムと同じく撮影自体は美しいので、監督はこの映画をアート映画のように撮りたかったのかもしれないが、ホラーはいわば”ジャンル映画”のひとつだ。もう少し娯楽映画としての演出やストーリーで楽しませて欲しいと思ってしまう。正直この映画を観て、ブラムハウス・プロダクションズとジェームズ・ワンの印象も悪くなってしまったが、さすがに天才クリエイター集団といえども凡作があるのは仕方がないのだろう。
2.0点(10点満点)