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映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」ネタバレ考察&解説 素晴らしいセリフと演出の数々!アレクサンダー・ペイン監督の新たな傑作!

映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」を観た。

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アバウト・シュミット」「ファミリー・ツリー」「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」などの名匠アレクサンダー・ペイン監督が、前作「ダウンサイズ」から約6年ぶりに公開した作品。主演は名バイプレイヤーであり、2005年日本公開の「サイドウェイ」でも監督とタッグを組んでいたポール・ジアマッティ、「ザ・ロストシティ」「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」のダバイン・ジョイ・ランドルフ、そして本作で映画デビューとなるドミニク・セッサ、「それでも恋するバルセロナ」のキャリー・プレストンなど。第96回アカデミー賞では「作品賞」「脚本賞」「主演男優賞」「助演女優賞」「編集賞」の5部門にノミネートされ、「助演女優賞」を受賞した他、第81回ゴールデングローブ賞でも「最優秀主演男優賞」と「最優秀助演女優賞」を受賞している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ポール・ジアマッティ、ダバイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ、キャリー・プレストン
日本公開:2024年

 

あらすじ

物語の舞台は、1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている教師ポールは、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることに。そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生アンガス、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーという、それぞれ立場も異なり、一見すると共通点のない3人が、2週間のクリスマス休暇を疑似家族のように過ごすことになる。

 

 

感想&解説

本作「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」は、久しぶりのアレクサンダー・ペイン作品であり、前作のマット・デイモン主演「ダウンサイズ」からは実に約6年ぶりの公開作品だが、本当に上品で温かい、そして映画監督アレクサンダー・ペインの巧さが際立つ傑作だったと思う。2014年公開の「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」は、気難しくて頑固者の父親とその息子が100万ドルの宝くじを換金しに、ネブラスカに向かう旅を描いたロードムービーがあったが、本作は雰囲気やユーモア感覚に近いものを感じる。ネブラスカ」はモノクロでシネマスコープという表現手法のため、70年代の良質なヒューマンドラマやアメリカン・ニューシネマを彷彿とさせるが、本作もやはり同じノスタルジックさを感じさせるのだ。

本作の舞台は1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校であり、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることになった、ポール・ジアマッティ演じる古代史教師のポール、母親が再婚したために急遽クリスマス休暇の間も寄宿舎に居残ることになった男子学生アンガス、そして食堂の料理長であり息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーという、年代も性別も肌の色もそれぞれ違う3人の人物を中心に描いていく。冒頭から配給会社である「UNIVERSAL」ロゴ表記が古く、レトロな作風を目指しているのがオープニングから表現されていて、まずグッと掴まれるが、劇中でも71年「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」でも印象的に使われていたキャット・スティーヴンスの楽曲が使われていたりと、全体的にまるで70年代映画を観ているような気分にさせられる。

 

そして本作は、デヴィッド・ヘミングソンが手掛けた脚本が本当に良い。冒頭の場面からそれほど上手くない聖歌隊のコーラスに対して、「素晴らしい」と褒め讃える教師の姿を描くことで、主人公の偏屈な教師であるポールとのコントラストを生んでいるし、ケータイ電話がない時代ならではの”電話”の使い方も上手い。旅行トランクを持って既に出発する寸前のアンガスに母親からかかってくる電話、教師ポールがアンガスの母親に連絡を取るためにかけるが繋がらず、アンガスだけがスキーに行けずに残留が決定してしまう電話、ポールとの会話に耐え切れなくなり、ホテルの空きを探すが途中でポールに切られる電話など、”断絶”の対象として電話が効果的に取り入れられている。そして最大の効果としては”孤独感”の創出だろう。

 

 

この作品の中では、アンガスがクリスマスの寄宿舎に”取り残された”という感じが絶対に必要になるが、ケータイ電話のどこでも誰とでも繋がれるという要素は、作劇的に圧倒的に邪魔になる。そこが本作を70年代という設定にしている要因のひとつなのだろう。またポールが歴史の教師という設定も後半に活きていて、ボストンの美術館で骨董品を観ながら「過去を学ぶことは今を知ることで、過去にはすべてがある」といかにも歴史教師らしい言葉を告げるのだが、アンガスが父親の症状を目の当たりにし自分も父親と同じような症状が出るのではないかと不安を口にした時、「君は父親とは違う。過去が君の人生の方向を決めたりはしない」といった言葉をかける。教師としてではなく、一人の友人として、そして人生の先輩としてアンガスに寄り添った言葉をかけるのである。

 

他にも名シーンは多い。ここからネタバレになるが、クレインに憧れていたのに招待されたパーティーで、クレインとボーイフレンドがキスしているのを見てポールが落胆するシーンもカメラワーク含めて上手いし、アンガスが実の父親に会うシーンのある”セリフひとつ”だけで、彼が正常ではないことが分かるシーンも無駄のない場面だった。また3人でボストンのレストランに入った際、あれだけアルコールに対して厳格だったポールが、アンガスのためにケーキをテイクアウトしお酒をかけて駐車場で火をつけるシーンは、楽しいシーンであるのと同時に彼を大人として認めたという意図が伝わり見事だ。さらにメアリーがポールに無地のノートをプレゼントするシーンなども含めて、前の場面でさり気なく交わされていた会話が後半のシーンに活かされることで、どの場面も本当に心に残るシーンになっている。

 

そして感涙必至のラストシーンだ。父親に会いに行ったことを母親と再婚相手に咎められ、アンガスをかばったポールは教師の職を追いやられてしまう。そして寄宿舎を去る朝、二人は会話を交わすのだが、ここも演出の抑制が効いてて本当に上品だ。劇中でもっとも感動的なシーンだけに、もっと”お涙頂戴”な場面に仕立てることもできるはずだが、音楽や演技で過度な演出はなくグダグダと泣かせてこない。サラッと言葉を交わすだけだが、二人が本当に熱い友情と信頼で結ばれていることが分かる名シーンだったのは、アレクサンダー・ペイン監督の手腕だろう。本来は悲しい場面になるはずだが、なぜか観ていて晴れやかな気持ちになるのは、ポールは教師という仕事を離れてしまうが、彼はもう一度夢であった本の執筆を始めることが想像させるからだ。

 

役者陣では芸達者なポール・ジアマッティはもちろん、「助演女優賞」を受賞したダバイン・ジョイ・ランドルフも素晴らしかったが、注目は本作で映画デビューしたドミニク・セッサだろう。顔つきも魅力的だし、新人とは思えない堂々とした演技で鬱屈や怒りを表現していたと思う。素晴らしい脚本と演出、役者の演技が絡み合って、ヒューマンドラマとしてもクリスマス映画としても、忘れがたい一作になっていた本作。アレクサンダー・ペイン監督の過去作としても、個人的にもっとも好きな作品になった。涙でぼやけた目でラストカットの「THE END」の文字を観ながら、良い映画を観たという満足感に浸れた作品であった。

 

 

9.5点(10点満点)