映画「破墓/パミョ」を観た。
監督/脚本は「プリースト 悪魔を葬る者」「サバハ」を手掛けたチャン・ジェヒョン。本国韓国で今年2月に公開されて以来、観客動員1,200万人を達成し2024年の韓国映画の最高興行収入を記録したという、サスペンススリラーだ。出演は「オールド・ボーイ」「悪魔を見た」「悪いやつら」などでそれぞれ印象的な役柄を演じていたチェ・ミンシク、「梟 フクロウ」「タクシー運転手 約束は海を越えて」「コンフィデンシャル」などで名バイプレイヤーぶりを発揮してきたユ・ヘジン、「コインロッカーの女」やドラマ「トッケビ 君がくれた愛しい日々」のキム・ゴウン、ドラマ「ザ・グローリー 耀かしき復讐」のイ・ドヒョン、「白頭山大噴火」のキム・ジェチョルなど。巫堂とその弟子、そして風水師と葬儀師の4人が掘り返した墓には恐ろしい秘密があったという、オカルトホラーっぽいタッチでありながら、二転三転するストーリーが魅力の作品だろう。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:チャン・ジェヒョン
出演:チェ・ミンシク、キム・ゴウン、ユ・ヘジン、イ・ドヒョン、キム・ジェチョル
日本公開:2024年
あらすじ
巫堂ファリムと弟子のボンギルは、跡継ぎが代々謎の病気にかかるという奇妙な家族から、高額の報酬と引き換えに依頼を受ける。先祖の墓が原因であることがすぐに判明し、お金の臭いを嗅ぎつけた風水師サンドクと葬儀師ヨングンも合流。4人はお祓いと改葬を同時に行うことにするが、墓を掘り返す儀式を始めた矢先、不可解な出来事が彼らを襲う。
感想&解説
またしても韓国で面白いタッチの映画が公開され、2024年の韓国映画では最高興行収入を叩き出したらしい。チェ・ミンシクが主演ということで予告編でも気になっていた作品が、遂に日本でも公開になった。「破墓/パミョ」という変わったタイトルの作品で、ジャンルは”オカルトホラー”のようだが、それだけ韓国でヒットしている作品なら「もっと日本でも宣伝すれば良いのに」と思っていたが、なるほどこれは色々な意味で日本ではPRしにくい作品なのかもしれない。今回どんな作品だかまったく知らずに鑑賞したのだが、この作品の根底には「土地/祖先/墓/血族/歴史」といった要素が”通奏低音”のように流れており、そこには過去に日本が行った”朝鮮半島への植民地支配”に対しての視点が見え隠れする作品だったからだ。もちろん作り手や出演陣はそんな事をオフィシャルには発言しないだろうし、そこがこの作品の本質ではないが、本作があえて選んでいるテーマからもそれは浮かび上がってくる。とはいえ監督のチェ・ミンシクは親日家のようだし、本作はあくまでもエンターテイメント映画なので、それは”映画の面白さ”とはまた別の話なのは記載しておきたい。
映画冒頭は、韓国シャーマニズムの代表的な存在である巫堂(ムーダン)と呼ばれる職業の二人、ファリムと見習いのボンギルが、アメリカに住む大金持ちパク・ジヨン一家に呼ばれるシーンから幕を開ける。依頼主は後継ぎになる長男が代々奇妙な病気にかかるという一家で、生まれたばかりの赤ちゃんもその症状で苦しんでいるらしい。だがその赤ちゃんの側に立ったファリムは、原因がその血族が埋葬されている墓にあると指摘し、二人はベテラン風水師のサンドクと葬儀師のヨングンに協力を仰ぐために韓国に戻ることにする。早速四人は山中の墓を訪ねるが、墓石に名前すら刻まれていない質素な墓とその土地を見たサンドクは、”悪地だ”と帰ろうとするが、ファリムはお祓いの儀式である“テサルお祓い”をしながら墓を掘り返すべきだとサンドクを説得する。そしてファリムとボンギルが儀式を行う中、集められた男たちが墓を掘り返すと厳重に鎖が巻かれていた棺が出現し、その蓋を開けてしまったことでパク一家の祖父の魂が解き放たれてしまうというのが、序盤の展開だ。
飛行機に乗るファリムがCAに日本語で話かけられ、「私は韓国人です」とわざわざ訂正するシーンから、彼女が日本語を話せることの説明をしており、冒頭からこの映画が日本の”何か”を描くことが薄っすらと示唆されている。また依頼主であり一家の長男パク・ジヨンは出現した棺に対して、”蓋を開けずにそのまま火葬してほしい”と依頼してくるのだが、埋葬されていた祖父は親日派で朝鮮を売り飛ばした売国人だったとセリフでも語られていた為、一緒に埋葬されている物から、それらが明るみになるのを恐れたからの発言だろう。更に”キスネ”という日本の僧侶によって祖父はあの場所に埋葬されたことが語られる。そんな祖父は悪鬼となり、孫パク・ジヨンと彼の小さな息子の命を狙ってくるのだ。パク・ジヨンが乗り移られ首を回転させながら、黒い吐しゃ物をまき散らす展開はまるで「韓国版エクソシスト」だ。そして赤ちゃんに手をかけようという瞬間、呪われた棺を火葬することで除霊に成功する。だがパク・ジヨン本人は亡くなり、悪霊は「狐が虎の腰を切った」という謎の言葉を残していく。だが、それで万事解決ではなかったのである。
ここからネタバレになるが、第4章「祟り」の冒頭で、車を運転しているサンドクにカーナビが「ルートを変更します」と告げるのだが、文字通りここから物語は大きな”路線変更”を行うことになる。例の墓で謎の人面蛇を殺した労働者が祟られたことで、サンドクはもう一度”墓”に出かけていくが、そこで彼は”重葬”され縦に埋められた棺桶を発見することになる。そしてそれを保国寺の住職の助けを得ながら、火葬するまでの短い間だけ保管することを決めるが、深夜、日本の将軍の鬼霊が棺から抜け出したことで、鬼は住職を殺しボンギルに重症を負わす。そのまま将軍の霊は炎となって燃え上がり、どこかへ消えるが、病院のボンギルには将軍の部下の霊が憑りついてしまう。そしてサンドクはボンギルが口走る数字の羅列と「キツネが虎の腰を切った」という言葉から、朝鮮列島が虎に例えられる為、あの墓があった場所は韓国と北朝鮮を分断させる部分であり、日本の武将が打ち込んた鉄杭があることに気付く。キツネとは「キスネ=日本人」のことだったのだ。
この朝鮮半島の精気を断ち切るために日本が半島の風水ポイントに打ったとされる鉄杭という設定は、1985年から1995年のキム・ヨンサム大統領時代までに実際に韓国の巷で広がった、”日本の悪行”を糾弾した反日運動がベースにあるらしい(だが今では土地測量の為だというのが通説)。映画を観ていると、この”鉄杭”の話が突然出てくるので混乱させられるし、この悪鬼の精霊である将軍も「関ヶ原の戦い」というワードが出てくるので1590年代豊臣秀吉による”朝鮮出兵”が背景にあるのだろうが、なぜ武将を韓国の地に埋める必要があったのか?とか、この鉄杭を日本が打ったとされるのは1910~1945年に朝鮮半島を占領した間だろうから、まったく離れた二つの時代の事柄がごっちゃになって語られるために非常に解りにくい展開となる。ただ”朝鮮出兵”にしろ”植民地化”にしろ、日本が朝鮮半島を侵略しようとした行動であることが共有しており、本作の背景にはそれが流れているのだろう。そういった時代背景をあくまで”娯楽作品”としてゴチャゴチャにして、乱暴に取り入れた映画なのだと思う。そしてこれは反日メッセージではなく、あくまで娯楽映画としての背景として使っただけだろう。作り手からのプロパガンダ的なメッセージは、ほとんど感じないからだ。
サンドクたちは”韓国の未来”のため、墓に埋まっているであろう鉄杭を抜くことを決意し、アユで霊を誘き寄せることで、その間に鉄杭を探すことになるがなかなか杭は見つからない。だがそこに武将の死体が埋まっていたことで、この武将こそが鉄杭であることを知り、鉄に相対する”濡れた木”によって攻撃することで、サンドクは満身創痍ではあるが鬼霊を倒すことに成功するのだ。この”陰陽五行”による勝利とは、自然が悪霊に打ち勝ったという意味合いなのだろう。ちなみにキリストの磔刑では、刑吏が右の横腹にロンギヌスの槍を刺して死亡を確認したという記述が福音書にあり、当時は急所と信じられていた肝臓を槍で刺したのだが、何故かこの武将の霊はボンギルやサンドクの”肝臓”を引き抜く。ユ・ヘジン演じるヨングンは韓国に多いキリスト教信者だったが、ここにも何か意味があるのかもしれない。また顔中にお経が書いて霊を相対するのは、日本の怪談話である「耳なし芳一」ではないだろうか。韓国独自のシャーマニズムを中心にした土葬文化、風水、陰陽五行などを取り入れた映画だが、特に後半は雑多な文化と宗教観が入り乱れるのである。
ラストはお腹の大きな娘である新婦とサンドクたちが結婚式の写真を撮って終わる場面だ。これは韓国の悲壮な兵士たちとの写真との対比であると同時に、サンドクが言う”韓国の未来”の具現化だ。劇中でも”明堂”という言葉があったが、風水的に子孫が繁栄し出世するためには良い場所に墓を建てる必要があるらしい。過去を尊び子孫を育てていく事を表現した、実に韓国映画らしいラストシーンだったと思う。描かれているテーマから、日本人からすればやや抵抗感があるかもしれないが、娯楽映画として十分に楽しかった本作。後半の巨大な鬼霊との対決などブッ飛んだ場面があるだけで、映画としては輝きを増すと思う。2016年の韓国映画「哭声/コクソン」や、2018年の中島哲也監督「来る」など似たテーマの過去作はありつつも、結果的にまったく違う作品になっていたのは良かった。あまり万人受けする作品ではないと思うが、チャン・ジェヒョン監督の尖った才気が確認できる一作だろう。
7.5点(10点満点)