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映画「ノーヴィス」ネタバレ考察&解説 あの不思議なラストシーンを解説!まったく心情を説明しない女性が主人公だが、まるで「ノーヴィス(初心者)」とは思えない初監督作!

映画「ノーヴィス」を観た。

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「セッション」「ヘイトフル・エイト」「パシフィック・リム」など、名立たるハリウッドメジャー作品で音響を担当したローレン・ハダウェイが、監督/脚本/編集を担当したスリラードラマ。ローレン・ハダウェイにとっての初監督作でもあり、彼女自身が大学時代にローイング(ボート競技)に没頭した体験を基に描いた作ったらしい。出演は「エスター」シリーズでタイトルロールを演じ、強烈な印象を残したイザベル・ファーマン、「サモン・ザ・ダークネス」「コーダ あいのうた」のエイミー・フォーサイス、「デッドコースター」のジョナサン・チェリー、「アルマゲドン2013」のケイト・ドラモンドなど。本作は2021年のトライベッカ映画祭でプレミア上映され、「最優秀米国長編劇映画賞」を受賞した他、「最優秀女優賞」「最優秀撮影賞」を受賞し、評論家からも高い評価を得ている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ローレン・ハダウェイ
出演:イザベル・ファーマン、エイミー・フォーサイス、ディロン、ジョナサン・チェリー、ケイト・ドラモンド
日本公開:2024年

 

あらすじ

大学女子ボート部に入部したアレックスは、ジョン・F・ケネディの「困難だからこそ、挑戦するのだ」という言葉を胸に、己の限界に打ち勝つために過酷なトレーニングを重ねていく。上級生のケガによって空席になったレギュラーの座をめぐり、スポーツ万能な同期のジェイミーと熾烈な争いを繰り広げるアレックス。しかし、レギュラー入りで得ることができる奨学金がどうしても必要なジェイミーの画策によって、その座は奪われてしまう。雪辱を果たそうとするアレックスの強すぎる執着心は、次第に狂気を帯びていく。

 

 

感想&解説

タイトルの「ノーヴィス(Novice)」とは”初心者”のことだが、それは本作で脚本/編集を担当しながら初監督したローレン・ハダウェイ自身にもかかっているのかもしれない。本作は監督自身が大学時代にローイング(ボート競技)に没頭した体験を基に描いた作ったらしく、その経験をこう語っている。”弱点と思われる部分はすべて、1万回の執拗な集中反復練習で鍛え抜いた。4年間毎日朝5時に起き、(中略)裂けて血だらけになった手に包帯を巻いた。身体のひび割れや痛みは無視した。上級生になる頃には、肉体的にも精神的にもボロボロになり、まるでサバイバルテストを毎日受けているようだった。そして負のスパイラルに陥って、何もかもがどん底まで落ちた”。そして当時のチームメイトは、ローレン監督を”サイコパスだと思っていた”というのだ。本作を観た後なら、これはイザベル・ファーマンが演じた本作の主人公”アレックス・ダル”の姿そのものだと感じるだろう。この映画はメガホンを取ったローレン・ハダウェイ自身の体験を、長編映画として初監督した作品なのだ。

ところが作品そのものは”ノーヴィス”とは思えないほどに洗練され、作り込まれた力作だ。冒頭、主人公アレックス・ダルは大学の女子ボート部に入り、まったく知らないローイングの競技世界に飛び込んでいく。だが彼女は最初から他のぬるい新入生とは違い、部室を隅々まで観察し、トレーニング中にコーチから聞いた「脚、体、腕」という身体を動かす順番をどんな時でも頭の中で反復し、過酷なトレーニングを自らに課していく。それは学校のテストでも同じで、一度解けた問題を何度もやり直しミスをチェックする。彼女は最後のギリギリまで粘って決して諦めないのだ。異様な執念で自らを追い込んでいくその姿は、”何が”そこまで彼女を追い込むのだろう?と観客に思わせる。だが本作のもっとも面白いポイントは、そこがラストまで明かされない点だろう。なぜ彼女がそこまで自分を追い込んで、このローイングという競技に没頭するのか?は本作の大きな謎なのだ。

 

本作においてアレックスが”心の内”をセリフとして表現することはない。だが徐々に彼女を取り巻く状況だけは見えてくる。ここからネタバレになるが、アレックスにはジェイミーというライバルがいるが、彼女は最初からスポーツ万能で常にアレックスの数歩先を走っている。それは彼女がレギュラー入りすることで得られる奨学金を必要としていて、仲の悪い実父と離れることを目的としているからだと語られる。実際、競技はバスケでも良かったのだが、お金のためにジェイミーはローイングをやっているのだ。そして彼女はアレックスも自分と同類だと思い、彼女にシンパシーを感じているのである。だが実際にはアレックスは奨学金をもらい学費は全額免除という恵まれた待遇で、レギュラーにどうしても入らないといけない”切迫した理由”はないことが語られる。アレックスが勝利にここまで拘る理由は何もないのだ。

 

 

ローレン・ハダウェイ監督が本作を制作する上で影響を受けた作品として、ダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」とデイミアン・チャゼル監督の「セッション」を挙げているが、確かに同じカテゴリー内にある作品だとは思う。ブラック・スワン」は名門バレエ団を舞台に「白鳥の湖」を踊るプリマを巡るライバルとの軋轢と母親からのプレッシャーから、ナタリー・ポートマン演じる主人公のバレリーナが闇に落ちていく物語だったし、「セッション」は主人公のジャズドラマーが音楽学校に入学するが、そこで出会ったドS教師にしごかれ騙され遂には地獄に落とされた挙句、逆ギレしたラストセッションで遂に意気投合するという映画だった。どちらも“偉大な何か”になるために他者から過度な期待やプレッシャー、あるいは強烈な悪意を向けられた主人公が、その闇に引きずられていくという作品だったが、本作は実はそこが決定的に違うのだ。

 

コーチは基本的には良い人たちで、勝手に自分に追い詰められているアレックスに「リラックスしろ」「肩の力を抜け」「焦らなくてもいい」とアドバイスする。ライバルもいるが、彼女はアレックスにシンパシーを感じていて同類だと思っている人物だし、親とも電話で会話できるくらいに良い関係を保っている。しかもアレックスには年上の恋人ダニもいて、彼女もアレックスを愛し気にかけているのだ。本作において主人公アレックスに対し、外部から圧力をかけたり悪意をぶつけたりする決定的なキャラクターは誰もいない。なのにアレックスは勝手に追い詰められて、勝手に闇に落ちていく。正直、このキャラクターに観客として感情移入することはかなり難しいだろう。彼女がこの競技を始めた動機も、これだけのめり込む心境も、勝利を勝ち取れないことで自傷行為をするほどに追い込まれていく理由も、この劇中では何一つ説明されないからだ。

 

そしてその謎が解決するのは、あのラストシーンだ。一人だけの力が試される”シングル艇レース”にて、遂にジェイミーとの因縁の対決が果たされるシチュエーション。”雷が鳴ったら引き返せ”と劇中何度も繰り返されてきたセリフのとおりに、大雨と雷が彼女たちを襲う展開になり、途中で引き返すというジェイミーに対して、アレックスはボートをこぎ続ける。そして雨と雷が止み、全てが終わった部室に戻ってきたアレックスは、黒板に一度は破った記録を書くのだが、ふと思い留まり、そのまま自分の名前も消して部屋から出てくる。その表情は全てをやり切った顔をしており、その瞳がスクリーンのこちら側を捉えたと思ったら、そのまま映画はエンドクレジットに突入する。アレックスはもうこのローイング(ボート競技)で、すべてを出し切りやり切ったという事なのだろう。そして彼女は次に自分を追い込む”何か”を探す旅に出るのである。恐らくそこに明確な理由はない。人間が月面に立った時のように、そしてジョン・F・ケネディ大統領の言葉のように”困難だから挑戦”し、偉大な功績に向かって彼女は走り続けるだけだからだ。そして「これが私の生き方よ」と、観客に目配せしてこの映画は終わるのである。

 

劇中で登場する”カニ”とは、オールが水圧の反動で跳ね返り身体を傷つけることで、失敗することの呼称らしい。そしてアレックスは何度もカニの幻影を見る。彼女が自傷行為をするのは”脇腹”で、ラストシーンで映ったその跡はまるでカニの腹のようだ。彼女は精神的に追い込まれると、自分をカニと同一化していたのかもしれない。そしてカラスはボート部のシンボルであり、部員の顔がカラスに見えたりする。本作ではこういうシーンを要所にカットインさせることで、アレックスの内面を巧みに表現していたが、この映画でもっとも重要な演出はやはり”音”なのだと思う。ハリウッドメジャー作品で音響を担当した監督の面目躍如とも言える、この音の演出は本当に雄弁で素晴らしい。キャラクターの不穏な内面を見事に表現していて、コニー・フランシスなどのオールディーな音楽の使い方も含めて印象的で、本作の大きな特徴だったと思う。そしてやはり、主演イザベル・ファーマンの表情はこういうスリラー映画にはピッタリだと改めて思わされる。強く感情を動かされるようなタイプの作品ではないし、スリラー作品としてもやや展開が単調な部分もあると思う。だがタイトルに似合わず、初監督作品とは思えない丁寧な作りの本作は、新たな女性監督の才能を感じさせる力作だった。なるべく音響の良い劇場で鑑賞するのがオススメだ。

 

 

7.0点(10点満点)