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映画「ドリーム・シナリオ」ネタバレ考察&解説 ラストまでネタバレ解説!ニコラス・ケイジは魅力的だが、ワンアイデアからあまりストーリーが飛躍しない小作品!

映画「ドリーム・シナリオ」を観た。

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「シック・オブ・マイセルフ」のクリストファー・ボルグリが監督/脚本を手がけ、「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスターがプロデューサーとして名を連ねているスリラー映画。「第81回ゴールデングローブ賞(2024年)」では、最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)にノミネートされている。製作は「A24」。主演は「リービング・ラスベガス」「ザ・ロック」「フェイス/オフ」など90年代メジャー作品でスターダムにのし上がった後、最近でも「PIG ピッグ」「マッシブ・タレント」といった、良質な小規模作品に出演して個性を発揮しているニコラス・ケイジ。共演は「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のジュリアンヌ・ニコルソン、「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」のマイケル・セラなど。平凡な大学教授がなぜか大勢の人々の夢に現れたことから思わぬ事態に陥っていく姿を描いた作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:クリストファー・ボルグリ
出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、マイケル・セラ、リリー・バード、ディラン・ゲルラ
日本公開:2024年

 

あらすじ

大学教授のポール・マシューズは、ごく普通の生活を送っていた。ある日、何百万人もの夢の中にポールが一斉に現れたことから、彼は一躍有名人となる。メディアからも注目を集め、夢だった本の出版まで持ちかけられて有頂天のポールだったが、ある日を境に夢の中のポールがさまざまな悪事を働くようになり、現実世界のポールまで大炎上してしまう。自分自身は何もしていないのに人気絶頂を迎えたかと思えば、一転して嫌われ者になったポールだったが。

 

 

感想&解説

かつて90~00年代のニコラス・ケイジは、「ザ・ロック」「コン・エアー」「フェイス/オフ」「ナショナル・トレジャー」といったブロックバスター大作から、「ワイルド・アット・ハート」「リービング・ラスベガス」「救命士」「マッチスティック・メン」などの演技派路線まで、多くの名作に出演した名実ともに一流の”ハリウッドスター”だったと思う。ところが2000年代後半から徐々に失速し、2010年代には”主演ニコラス・ケイジ”と聞いてもほとんど記憶に残る作品がない位に低迷したが、2020年代から再び映画ファンの印象に残る作品に出演し始めている気がする。特に2022年日本公開「PIG ピッグ」や2023年日本公開「マッシブ・タレント」は印象深く、後者は”かつて栄華を極めながらも、今では多額の借金を抱えるハリウッドスター”という、ニコラス・ケイジが自分自身を演じたようなアクション・コメディで、あえてメタ視点を取り入れたような映画だった。かつての”イケメン俳優”だった自分を相対化して、近作はあえてそれを茶化しているような作品選びをしているような印象なのだ。

そして本作「ドリーム・シナリオ」も、完全に三枚目ニコラス・ケイジが堪能できる作品だ。ニコラス・ケイジ演じる大学教授のポール・マシューズは、妻のジャネットと2人の娘たちに囲まれ、平凡ながらも幸せな生活を送っていたが、ある日”元彼女”と再会する。そこで「あなたが何度も夢の中に出てきたの」と告げられた日から、なぜかポールは世界中の人たちの夢の中に不意に現れる不思議な人物になる。そして今まで行ってきたアリの研究を、書籍にして出版したいという野望を持っていたポールは、メディアの取材に応じることによって一躍”時の人”になっていく。なぜポールが人々の夢の中に出てくるのか?は不明だったが、新興の広告代理店に勧誘され、スプライトの広告キャラクターにまで抜擢された挙句、代理店の若手女子社員にも誘惑されるポール。しかも念願の自著を出版する話も進みそうになり、舞い上がっていたが、突然地獄に突き落とされることになる。

 

ここからネタバレになるが、今まで夢の中では”何もしなかった”はずのポールが、突然暴力的な行動を取り始めたのだ。夢の中で殺されたり、乱暴されたりした人たちが、ポールの顔を見るだけでトラウマを発動させてしまうケースが続出し、現実世界で大炎上するポール。学生からも車に落書きされたりと嫌がらせを受け、カフェにもいても退店を勧告されてしまった挙句、妻の仕事にも迷惑がかかり始めてしまう。遂には娘が出演する学芸会にも出席を拒否され、ポール自身も自分に命を狙われる夢を見たことによって、涙ながらに謝罪する配信を行うがこれをきっかけに家族にも見放されてしまう。完全に四面楚歌になったポールは、強引に学芸会に突入したことによりケガ人を出してしまい、遂には街を追われることになってしまう。だが、その途端に人々は彼の夢を見なくなり、このポールの事件は企業のエンジニアによって「ノリオ」という人の夢に入れるデバイスを生む。落ちぶれたポールは家族と離れ、夢であった本の出版も叶えるが、「ドリーム・シナリオ」というタイトルの世間的な注目度は小さかった。そしてポールが「ノリオ」を使って、妻ジャネットの夢に入り「これが現実だったら良いのに」と呟き、空に舞い上がったところでエンディングとなる。

 

 

本作は予告編で感じたホラータッチとは違い、実際は”ブラックコメディ”の色が濃い。そしてクリストファー・ボルグリ監督の前作「シック・オブ・マイセルフ」とかなり近いテーマを描いていると思う。強い承認欲求に取り憑かれていた主人公が、身体に害がある事を知りながらSNSでバズることを目的にロシアの違法薬物を過剰摂取することで、ボロボロの人生になっていく作品だったが、本作のポールも序盤から、「アリのコロニーのアルゴリズム」というテーマについて自分ではまったく何も書いていないのに、昔の同業者シーラに「パクっただろう?」と難癖を付けるような主人公だ。よって友人からも軽んじられていてパーティーにも呼ばれないし、授業中も学生から尊敬されていない。しかし元カノとカフェで再会した際にも、妻には否定していながらも実は”ワンチャン”を期待している卑近な人物なのだ。そんな男が、”自分では何もしていない”のに突然世間から注目された挙句、やはり”何もしていないのに”炎上して非難されるというストーリーなので、これは大きな努力もせずに世間から認められたいという、前作と同じく強い”承認欲求”の恐怖について描いた作品なのだろう。

 

ポールは生徒や代理店の若い女子社員モリーに、度々”シマウマ”の話をするが、これは彼の得意な話なのだと思う。ライオンには群れでは襲われないからシマウマの縞があるメリットは、”個体”が判別し難くなるというカムフラージュであると言うが、今までの彼はまさしく大勢の群れの中の一人であり、まったく目立たない存在だったのだ。夢の中にただ現れて、どんなに危険なシチュエーションでも、ただ傍観しているだけのポールとは、現実社会でもまったく行動しない彼そのものの象徴だ。やりたい事があるのに自分からは能動的に動かず、まるで人の印象に残らない男。だがそんな彼も、突然大きな注目を浴びたことによって肥大した欲求が出てくるし、有名になった全能感から自我を通そうとする。そしてそれと呼応するように、夢の中のポールも悪事を働き出すのである。本作において”人々からの評価”とは、まったくポールにはコントロールできないものだ。これはまさにSNSにおける炎上やキャンセルカルチャーのようで、終盤に泣きながら謝罪配信を行うが、これに対して家族から総スカンを喰らうシーンなどは、まるでタレントの謝罪会見の失敗例のようで苦笑いが出てしまう。本作における多くの人の夢に登場する”ポール”という存在は、誰しもが一度は思う「楽に有名になりたい/好きな事をしたい/モテたい」という普段は抑圧している欲求のメタファーなのだろう。そして知名度だけは高いがその存在自体には価値が薄い、まるで”ネットミーム”のようなものなのだ。

 

モリーに「性的な夢を再現したい」と言い寄られるシーンは、ポール本来の気の弱さや場慣れしていない感じが出ていて爆笑シーンだったが、やはり本作における最大の見どころは、ニコラス・ケイジそのものだと思う。ハゲでメガネで髭を生やした彼のあか抜けない風貌と、あえて猫背でのっそりと歩く仕草からは彼の不器用な生き方が透けて見えるようだ。だがそんなポールにも、元カノに話かけられ連絡先を交換しただけで嫉妬してくれる愛妻ジャネットがいるのだ。彼女だけはポールの夢を見ないというセリフがあったが、ジャネットだけがポールの存在そのものを愛しているので、夢の中でポールとかけ離れた言動を取る”ミーム”としての彼とは、置き換えができないという事なのだろう。だからこそラストでは、家族と別居状態となってしまったポールが、他人の夢の中に入ることができるデバイスである「ノリオ」を使ってジャネットの夢の中に入り、序盤に妻が希望していた”トーキング・ヘッズの肩幅の広いスーツ”を着て現れるシーンが感動的なのだ。現実としては離れて暮らしているが、夢の中だけはジャネットが知っている”良き夫”として、英雄的な行動ができたからである。ポールが「これが現実だったら良いのに」と呟くラストシーンは、切なくてとても良い場面だった。

 

ただ正直思った以上に、”他人の夢の中でニコラス・ケイジがたくさん現れる”というワンアイデアからストーリーが飛躍しないので、残念だったのは否めない。終盤に登場する「ノリオ」というデバイスによって、SF的な世界観の中でもっとストーリーが広がるかと思いきや、あくまでポールがジャネットの夢に登場するというシチュエーションの為のガジェットだったし、全体的に伝ようとしているメッセージもシンプルなものでそれほど意外性もない。突然、皆の夢(記憶)の中から消えてしまう存在というのも、まるで炎上して消えていったインフルエンサーのようであり、これも”比喩”として分かりやすいのだ。エンディングでかかるトーキング・ヘッズの「City of Dreams」を聴きつつ、「マルコビッチの穴」「アダプテーション」といったチャーリー・カウフマン的な世界観の作品だったなと思った本作。文句はあるがニコラス・ケイジの存在感が強かったので、彼の次回主演作が楽しみで仕方がない。

 

 

6.5点(10点満点)