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映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」ネタバレ考察&解説 今観るには余りにもキツい映画体験!トランプのルーツと非道ぶりを確認するだけの2時間!

映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」を観た。

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「ボーダー 二つの世界」「聖地には蜘蛛が巣を張る」など、個性的な作品を発表し続けているイラン出身の監督アリ・アッバシが、第47代アメリカ合衆国大統領に再選したドナルド・トランプを主人公として70年〜80年代を描いたドラマ。実業家として成功を夢見る若き日のトランプがカリスマ弁護士と出会うことで影響を受け、ビジネスマンとして成りあがるまでの道のりを描いていく。第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。出演は「キャプテン・アメリカ」シリーズで”ウィンター・ソルジャー”を演じていたセバスチャン・スタン、「ジェントルメン」のジェレミー・ストロング、「TENET テネット」のマーティン・ドノバン、「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」のマリア・バカローバなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:アリ・アッバシ

出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マーティン・ドノバン、マリア・バカローバ

日本公開:2024年

 

あらすじ

1980年代。気弱で繊細な若き実業家ドナルド・トランプは、不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ破産寸前まで追い込まれていた。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き弁護士ロイ・コーンと出会う。勝つためには手段を選ばない冷酷な男として知られるコーンは意外にもトランプを気に入り、「勝つための3つのルール」を伝授。コーンによって服装から生き方まで洗練された人物に仕立てあげられたトランプは数々の大事業を成功させるが、やがてコーンの想像をはるかに超える怪物へと変貌していく。

 

 

感想&解説

タイトルの「アプレンティス(Apprentice)」は「弟子/見習い」という意味があるが、元々は2000年代に不動産王であったドナルド・トランプが司会者となり、参加者が「見習い」として様々な課題をクリアしていく事によってトランプの会社への本採用を目指すという、『アプレンティス』というリアリティ番組の名称からも引用されているのだろう。毎回脱落者に向けてトランプが「君はクビだ! (You're Fired!) 」と宣告する決め台詞が有名で、それも含めて当時のアメリカ資本主義の代表格のようなトランプの存在と、本作における弁護士ロイ・コーンと築いていく”師弟関係”とのダブルミーニングなタイトルなのだと思う。全米公開時にはトランプが上映阻止にまで動いたと言われる本作は、トランプにとって”都合の悪い”事象をひたすら描いている作品だ。それにしても主演であるセバスチャン・スタンの演技が、この作品の完成度を大いに引き上げているのは間違いない。特に終盤の演技は体重も大幅に増やしていて、まるで本人が乗り移ったようだ。喋り方や仕草なども含めて、そっくりで素晴らしい演技だった。

映画冒頭からウォーターゲート事件の渦中、国民に向けて演説するリチャード・ニクソン大統領が「私は悪人じゃない」と語っている映像が流れるのだが、これはかなり意図的な演出だと思う。トランプとニクソン共和党であるという共通点はあるものの、本作中で直接ニクソン大統領について語られるシーンはない為、どうしてもこの二人の大統領を重ね合わせるように演出されたオープニングなのだと感じる。ニクソン大統領はアラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」やオリバー・ストーン監督の「ニクソン」でも語られているように、米大統領では初めて任期半ばで辞任に追いこまれた”悪役”としての印象が強い大統領だからだ。更にこの映画の日本公開は2025年1月なのだが、アメリカでは大統領選挙だった11月5日直前の10月11日に全米公開となっている事も、もちろん偶然ではないだろう。これは監督アリ・アッバシを含む作り手からの明確なメッセージを含んだ映画なのである。


ストーリーの概略としては、まだ20代の若きドナルド・トランプは、父フレッド・トランプの不動産会社がアフリカ系アメリカ人の入居を拒んだという差別行動をめぐって政府に訴えられ破産寸前に追い込まれる中、ニューヨーク市の高級レストランで悪名高き弁護士ロイ・コーンと出会う。トランプは凄腕だったコーンに弁護を担当してくれるように頼み込んだ結果、コーンは検事を同性愛の証拠によって脅迫し圧倒的に不利な状況だったにもかかわらず、ほぼ無傷に持ち込むことに成功する。その事からトランプはコーンを師匠のように崇め、二人は師弟関係のようになっていく。コーンはトランプに「攻撃、攻撃、攻撃」「どんな状況でも絶対非を認めるな」「勝利を主張し続けろ」という「勝つための3つのルール」を伝授し、彼をモンスターとして洗練させていく。

 

 


ここからネタバレになるが、やがてトランプはコモドール・ホテルを買い取ってハイアットに改築したいと考え、ここでも税金の控除をしてくれるように脅迫テープを使って、1億6000万ドルの税控除を獲得する。プライベートではモデルのイヴァナ・ゼルニチェコヴァと出会い、彼氏がいたにも関わらずイヴァナを口説き続けることで結婚にまでこぎつける。彼の人生は順風満帆だった。一方コーンは同性愛者であり、パーティでは男性たちとハメを外していた。トランプは次なる目標である”トランプタワー”の開発に着手し、遂には実現させてしまう。メディアはトランプを大成功した実業家として扱い、彼は時代の寵児となっていく。トランプはレーガン大統領のスローガン「アメリカを再び偉大に」に共感し、かつての師であるコーンの助言をまったく聞かなくなっていた。イヴァナとの関係も一方的に冷え切り、妻を横柄な態度で扱うようになっていく中、コーンがAIDSに羅漢した事で彼の命の灯は消えようとしていた。そしてそんなコーンの誕生日を祝おうとパーティを開くトランプだったが、そこでも彼の”真の人間性”が発露されるのだった、というストーリーだ。


ひたすらトランプの”クズ人間ぷり”を、2時間に亘って見せつけられる映画だ。脚本は長年トランプを取材してきた政治ジャーナリストでもあるガブリエル・シャーマンという人物で、本作で描かれるにわかには信じがたい出来事は彼が長いキャリアで蓄積した人脈を活かした取材と、関係者の証言によって裏付けられたものらしい。それにしても目的の為には手段を選ばず、偽証や恐喝を繰り返しながらいわゆる”サクセスストーリー”を辿っていくトランプの姿が、決して幸せそうに描かれないのも印象的だ。唯一兄であるフレッドが死んだシーンだけは感情が動き涙を流すが、それでも妻イヴァナにさえ弱みを見せずに、彼は終始”強い男”であり続けようとし、家父長制を守ろうとする。師匠であったロイでさえも自分が圧倒的な成功を納めている事と、彼が同性愛者であることを知ったことで距離を置くようになり、結果的には誰からも愛されない孤独な人生を歩むようになる。ラストの自伝インタビューでは、「過去を掘り返されたくない」と言い放ちインタビュアーを困らせるが、彼の人生では振り返りたい輝かしい瞬間など無いのだろう。すべて”金の力”だけで他者から奪い取ってきた栄光だからだ。


イヴァナを力任せにレイプするシーンと、ロイが死んだ後に彼が使っていた車イスやテーブルを消毒するシーンには、トランプの”人間性”のすべてが詰まっていると思う。彼は力づくでしか他者とコミュニケーションを取ることができないし、特に女性に対しては常にマウントを取りながら生きている。メディアに向かってイヴァナのことを「掃除しかできない」「彼女のやったことは簡単な仕事だ」と吹聴する場面には呆れるしかない。また終盤でロイの誕生日プレゼントとして渡した自分の名前入りカフスですら、ニセモノのダイヤモンドで作られていてロイ・コーンは衝撃を受けるが、自分が育てた男は「勝つための3つのルール」を頑なに守ったせいで、想像を超えるモンスターになった事を知るシーンだ。この場面におけるロイの絶望感こそが、映画を観ている観客の絶望にリンクする。特に大統領選挙が終わった今の時点では、この結末は完全なるバッドエンドだ。「取引は芸術だ」と豪語する男に、再びアメリカ大統領の席を任せなければいけないのである。ロイの死後シーンとモンタージュされて、トランプの脂肪を吸引する場面と頭皮の皮を切るシーンが生々しく描かれるが、これは師匠が死んだにも関わらず外見にこだわるトランプを、特別グロテスクに描いているのだと感じる。


あえて画素を荒くした80年代ドキュメンタリー風な演出は、この映画については効果をあげていると感じたが、本作は彼が政治活動に乗り出す前までしか語られないので、やや薄味に感じてしまうのも事実だ。この後にトランプが行った差別発言や移民に対する政策、さらにメディアに対して「フェイク・ニュース」と呼んで自分の非を認めない言動や、2020年大統領選挙での敗北を否定した為に起こった、ドナルド・トランプの支持者らによる議事堂襲撃事件など、信じられない”史実”を既に目の当たりにしてしまっているからだ。終始、彼の行動は不愉快極まりないが驚きは少ない。まるで現在の答え合わせのようにスクリーンを眺める2時間なのである。そして選挙の結果はご存じの通り、民主党のカマラ・ハリス氏を圧倒的な差で破ったドナルド・トランプ氏が第47代アメリカ合衆国大統領に再選した事から、この映画のメッセージは”届けたかった人たち”に”届かなかった”という事なのだろう。そもそもこういう内容の作品を鑑賞する人たちは、トランプ支持層には少なかったという事も考えられる。イラン出身の監督アリ・アッバシだからこそ製作できた作品だとは思うが、このタイミングで鑑賞するには暗澹たる気持ちしか生まないキツイ体験であった。

 

 

6.5点(10点満点)