映画「ブルータリスト」を観た。
「シークレット・オブ・モンスター」「ポップスター」などのブラディ・コーベットが監督/脚本を担当し、ホロコーストを生き延びてアメリカへ渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家の数奇な半生を描いたヒューマンドラマ。2024年第81回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した他、第97回アカデミー賞では「監督賞」「脚本賞」「主演男優賞」ほか計10部門にノミネートされ、2月時点ではアカデミー作品賞の有力候補になっている。出演は「戦場のピアニスト」「グランド・ブダペスト・ホテル」のエイドリアン・ブロディ、「メメント」「ハート・ロッカー」のガイ・ピアース、「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」「博士と彼女のセオリー」のフェリシティ・ジョーンズ、「憐れみの3章」のジョー・アルウィンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ブラディ・コーベット
出演:エイドリアン・ブロディ、ガイ・ピアース、フェリシティ・ジョーンズ、ジョー・アルウィン
日本公開:2025年
あらすじ
ハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トートは第2次世界大戦下のホロコーストを生き延びるが、妻エルジェーベトや姪ジョーフィアと強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためアメリカのペンシルベニアに移住した彼は、著名な実業家ハリソンと出会う。建築家ラースローのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築を依頼。しかし母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には、多くの困難が立ちはだかる。
感想&解説
本作が長編3作目という弱冠36歳のブラディ・コーベットが監督/脚本を務めた「ブルータリスト」が、2024年第81回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した他、第97回アカデミー賞では「監督賞」「脚本賞」「主演男優賞」ほか計10部門にノミネートされ、本年度アカデミー作品賞の有力候補になっている。しかも第1章100分/インターミッション(休憩)15分/第2章100分という、計215分の上映時間も話題になっており、よくこんな企画が通ったなと感心したが、製作はあの「A24」ということで納得した。上映時間が長いこと、さらに途中にインターミッションが挟まることに配給会社としてはなんのメリットもないので、これはクリエイター(監督)の意図を製作会社や配給側が最大限汲んで形にした結果なのだろう。もちろん「シンドラーのリスト」や「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」「タイタニック」「オッペンハイマー」など180分超えの作品も多々あるが、スピルバーグやクリストファー・ノーランとは違い、まだ長編三作目の監督作品としてはかなり自由度の高い映画だと思う。
そういう意味でも、すべてにおいて”才気走った”映画だ。オープニングクレジットから”今までと違うことをしてやろう”という監督の熱意に満ちており、それはエンドクレジットまで途切れることはない。アメリカの象徴である「自由の女神」が逆さになったオープニングカットから、この映画が”どういう内容”なのか?を示唆してくる上に、Daniel Blumberg(ダニエル・ブルンバーグ)が手掛けた「序曲」と名付けられたオープニングの音楽も前衛的なうえに、強烈に印象的なサウンドになっている。「ブルータリスト」というタイトルは”荒々しく武骨な”という意味だが、それは映像だけではなく本作のサウンドデザインにも通じている。インダストリアルでミニマルなサウンドは、まるでコンクリート剥き出しの建築物を想起させ、”逆さの自由の女神”は強烈にアメリカへの批判を感じさせる。まず、このオープニングが秀逸なのだ。
映画はハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トートが、ナチスドイツによるホロコーストを生き延び、戦後アメリカのペンシルバニアに渡ったシーンから物語は幕を開ける。ラースローは妻エルジェーベトや姪ジョーフィアと強制的に引き離されるが、家具屋を営む従兄弟アッティラのもとで世話になることになり、裕福な実業家ハリソンの息子ハリーからサプライズで図書室を改装する仕事を依頼される。だがその出来に激怒した家主ハリソンによって報酬は無くなり、従兄弟とその妻からも住処を追い出されたラースローは、石炭を運ぶ仕事によってなんとか食い扶持を繋ぐ。だがそんな彼の元にハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンが再び現れ、ラースローの妻と姪がアメリカ移住できるように手を貸してくれることになる。そしてハリソンは敬愛する母親の名前を冠した、「マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンター」及び礼拝堂の建築をラースローに依頼するのだ。
従兄弟アッティラが経営する家具屋は"Miller & sons"と言い、彼はもともとラースローと同じくユダヤ人だったのだが、改名とカトリックへの改宗をする事で、すっかり”アメリカ人”として暮らしている。「アメリカ人はファミリービジネスが大好きだ」というセリフがあったが、彼は完全に”アメリカナイズ”された人物だ。さらにカトリック教徒の妻オードリーはラースローに対して、良い印象を抱いていない。そして裕福な実業家ハリソンは、最初こそ自分の屋敷を滅茶苦茶にされたと激高していたにも関わらず、そのデザインが雑誌に取り上げられると、滑稽なほど簡単に手のひらを返す。そしてハンガリー・ブタペスト出身のラースローに対してヨーロッパへの憧れとコンプレックスを隠せず、”君はアーティストだ”と称賛する一方で、コストカットには余念がない。ラースローが”我々外国人は、アメリカの人々に歓迎されていない”と妻エルジェーベトに声を荒げる車中シーンがあるが、移民である彼は常にアメリカと戦っている人物なのである。
ここからネタバレになるが、その一方でハリソン一家とは頑なに口を利かず、結婚して自分のホームであるブタペストに戻る事を選ぶ姪ジョーフィア。酔ったハリソンの息子ハリーから逃げてくるようなシーンがあったが、彼女は彼の性的搾取の標的になったのだろう。ジョーフィアのハリソン一家に対しての姿勢は最初から一貫していて、「ここは自分の住む場所ではない」と確信している。そして終盤、ラースローも心身ともに文字通りアメリカに”犯される”事件が起こる。一度は列車の脱線事故によって頓挫したが、再び礼拝堂の建設に向けて活動しだしたラースローとハリソン。二人が大理石を調達しにイタリアのカッラーラを訪れた夜に行われたパーティで、ラースローはヘロインを摂取しすぎた為に混濁し人気のいない場所でへたり込んでしまう。そしてそこに現れたハリソンによって、なんとラースローは犯されてしまうのだ。その後、妻エルジェーベトが屋敷に赴き、ハリソンを「強姦魔!」と罵るシーンは、長回しの効果もあり鬼気迫る場面だったが、その後ハリソンは行方不明になってしまう。だがその後の、祭壇の上部にある十字架型の窓から差し込む光の場面によって、彼の運命は”映画的”に示唆される。あれが”逆さ十字”だったのは、彼は自決したという意味なのだろう。
そこから映画は、20年後にあたる1980年に飛んでエピローグとなる。ヴェネツィアで行われた回顧展のタイトルは「過去の存在」。成長したジョーフィアのスピーチによって、ラースローがコミュニティセンターをコンクリート製の狭くて冷たい空間にしたのは、強制収容所の部屋をモチーフにして設計したからだと明かされる。建築費を抑えるために天井の高さを3m低くするという話を聞いてラースローが激怒したのは、彼の頭の中には明確に作りたい建築物のビジョンがあったという事だろう。”大事なのは旅路ではなく到着点”だと言い、美しいものは人を救う可能性があると、ラースローの言葉を伝えるジョーフィア。そんなラースローは実在の人物ではなく実はフィクショナルな存在だが、主演エイドリアン・ブロディによって役に見事な実在感を与えていたと思う。エイドリアン・ブロディは、ロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」で本作と同じくユダヤ人を演じて主演男優賞を獲得しているが、彼の演技が本作の質を大きく向上させていた。また実業家ハリソンを演じたガイ・ピアーズも、この複雑でアンビバレントなキャラクターを巧妙に演じていて印象的だったと思う。
そして本作はヘロインによる影響も大きなテーマだろう。前半のジャズクラブのシーンから顕著だが、1950年代モダンジャズの時代は、チャーリー・パーカーやチェット・ベイカーなど多くのジャズミュージシャンがヘロインの影響を受けた時代だ。ラースローも”痛み止め”として妻エルジェーベトにヘロインを与えたことが、結果的に彼女を死の淵に追いやってしまう場面があったが、鼻の骨折のために使い始めたヘロインはラースローの人生に常に暗い影を落としている。再会した妻との性行為を拒絶していたのも、恐らくヘロインの副作用からなのだろう。移民問題、ホロコースト、差別、ドラッグと多くのテーマを盛り込んだ超大作だし、エンドロールの終盤でいきなり無音になる演出も、クリント・イーストウッド監督「アメリカンスナイパー」を思い出して、作り手の強い意図を感じる。とはいえさすがに休憩時間込みで215分という上映時間は長すぎるし、この長さに作劇上の必然性を感じなかったのも事実だ。さらにエピローグで主人公の意図をセリフによって説明してしまうのも、若干鼻白む。ブラディ・コーベット監督はアメリカ人のようだが、彼がこの作品で伝えたかった一番のテーマは何なのだろう?”ホロコーストを生き延びたユダヤ人がアメリカに移住するが、そこでも迫害される”というストーリーを通して、監督が語りたかった本当のテーマが分かりづらく、逆に作り手の”承認欲求”が強烈に前に出ている作品だと思う。監督の熱意と才能は感じるが、一本の映画としてはやや冗長な作品だと感じてしまった。
6.5点(10点満点)