映画「Flow/フロウ」を観た。
監督/製作/編集/音楽をたった1人で手がけた「Away」で長編映画デビューし、世界最大のアニメーション映画祭であるアヌシー国際映画祭などで世界的に評価されたギンツ・ジルバロディス監督による長編2作目。本作は5年の年月をかけて、予算的もスタッフの数も大いにステップアップし、格段に作画のクオリティが上がっている。2025年の第82回ゴールデングローブ賞ではラトビア映画史上初の受賞となるアニメーション映画賞を受賞し、第97回アカデミー賞でも、「野生の島のロズ」が受賞するだろうという圧倒的な事前予想を覆し、「長編アニメーション賞」と「国際長編映画賞」の2部門にノミネートされた結果、見事「長編アニメーション賞」を受賞した作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ギンツ・ジルバロディス
日本公開:2025年
あらすじ
世界が大洪水に見舞われ街が消えていくなか、1匹の猫が旅立つことを決意する。流れてきたボートに乗り込んだ猫は、一緒に乗りあわせた動物たちとともに、想像を超える出来事や危機に襲われる。時に運命に抗い、時には流され漂ううちに、動物たちの間には少しずつ友情が芽生えはじめる。
感想&解説
第97回アカデミー賞ではドリームワークス制作による、クリス・サンダース監督「野生の島のロズ」が受賞するだろうという圧倒的な事前予想を覆し、見事「長編アニメーション賞」を受賞したことで世界を驚かせたラトビア作品、それが本作「Flow」だ。監督はギンツ・ジルバロディスで本作が長編2作目となる。前作「Away」は監督がたったひとりで監督/製作/編集/音楽を担当し、約3年半の歳月をかけて完成させた長編アニメーション作品ということで、日本でも2020年に公開されているが、81分の上映時間の間セリフは一切なく、飛行機事故で島に不時着した少年が、謎の巨大な黒い影に追われながらさまざまな土地をオートバイで駆け抜けていくという、シンプルでありながら理屈ではなく”感覚”で観る作品だった。
そしてそのコンセプトは、この2作目である「Flow」でもしっかり踏襲されている。上映時間85分の間セリフは一切なく、細かい設定や世界観の説明もない。主人公の黒猫が水面に映る自分を見ているショットから始まったかと思ったら、事態はどんどんと進んでいく。タイトルの「Flow」とは”流れる”という意味だが、文字通り映画は停滞する時間なく、ひたすら状況が流れていくのだ。そして本作はまずカメラワークが素晴らしい。魚をくわえながら犬の集団に追いかけられるショットも、黒猫の周りをカメラが縦横無尽に動きながら、犬との距離感を描くことで追いつかれそうな緊迫感を伝えてくる。一旦、犬をやり過ごして一安心と思ったら、今度はそのままロングテイクで犬が引き返してくる姿が映し出され、そのまま鹿の大群が駆け抜けていく。そして最後は大洪水が襲ってくるという場面などは、動きの小さなシーンからだんだんと緊迫度をあげていくという演出で、相当に考え抜かれたカット割りとカメラワークだったと思う。
それにしても不思議な世界観だ。この世界には人間はまったくおらず、なぜか動物だけが暮らしている。だが至る所に”人工物”が残っており、人間がいた形跡がところどころにある。それは黒猫が住んでいる空き家にも顕著で、どうやらあそこには彫刻家が住んでいたようだ。過去に人間がいたことは間違いなく、それは彫刻家の家に残されている猫のオブジェの数々や”巨像の手”などからも示されている。黒猫が逃げてくる巨大な猫の建造物にはハシゴがかかっていたので、あれも人間が作っていたのだろう。それにしてもあの猫の建造物はなんなのだろうか?まるでインドや中国における僧や政治家の彫刻のように、シンボリックな崇拝の対象のように見える。そして本作で不思議な点はまだまだある。
ある日、動物たちが住む大自然に津波が襲い、世界は水に覆われてしまう。そこになぜか一隻の船が流れ着き、カピバラ、犬、キツネザル、ヘビクイワシといった動物たちが乗り合わせ、最初こそいがみ合いながらも食料を取り、嵐をしのぎ、外敵と戦いながら友情を深めていくというストーリーだが、この動物たちは極めて”知能”が高い。特にヘビクイワシが黒猫を守るために組織の中で反抗しボスに翼を折られるシーンや、他者のために自分が獲った獲物をシェアする姿などは、ほとんど人間同士のやり取りを見ているようだ。さらにこの船に乗っている動物たちは”全員”船の操縦方法を知っている。舵をどのように動かせば、この船はどう動くのか?を把握し、後半には舵を取っているリーダー的な存在であるヘビクイワシに対して、嵐の中で残された犬たちを助けるために交渉したりアクションしたりする。
鏡などの人工物を取り合う姿やヨガのようなポーズをするキツネザルなど、キャラクターの仕草や造形そのものはまったく擬人化されていないが、動物たちの考え方や行動理念は人間そのもののように描く本作には、後半に非常に特徴的なシーンがある。ヘビクイワシが石の塔に向かって飛び立ったため、それを黒猫が追いかけ塔を登るとヘビクイワシが頂上で佇んでいるという場面だ。黒猫とヘビクイワシの周りを水の玉が覆い、ヘビクイワシはそのまま天に登っていき消えてしまう。残された黒猫は再び地上に戻り仲間たちの元に戻ろうとすると水が引いていくという場面で、もちろん説明はなにもないのだが、個人的には生物における”輪廻転生”を描いた場面なのではないかと思った。エンドクレジットのあと揺れる波の中、クジラのような生き物が波の中に消えていくショットで映画は終わるが、直前で巨大なクジラのような生物の死を描いていたが故に、この場面は”新しい命”の再生を感じる。そしてもっと考えを飛躍させるなら、この映画の動物たちは皆、元々は人間だったのではないだろうか。
主人公の黒猫も元々は人間であり、猫の巨象やオブジェを作っていた彫刻家だったが、猫を愛しすぎていたが故に自らも猫になってしまった。そして世界中にいた人間たちは皆、なんらかの動物に生まれ変わって生きている世界なのではないかと思ったのだ。何かの災害があったとしてもあれだけ立派な建築物がありながら、人間だけがまったく生き残っていないのはかなり不自然だ。キツネザルがあれだけ"物"に執着するのも、人間の頃の記憶が影響しているのかもしれない。もちろん何故、人間が動物にされてしまったのか?は分からない。だが大洪水によって地上が水で覆われる世界で、動物たちが船に乗る話といえば、どうしても旧約聖書「創世記」の”ノアの箱舟”を思い出す。人間たちの悪が地上に増え広がったことを悲しみ、限られた人間と動物たち以外を洪水で滅ぼすことを決めた”創造主”に、船作りを命じられたノアという人間の物語だったが、本作はその人間の役割を姿を変えた動物たちが担い、力を合わせて目的を達成するロードムービーだと感じた。
最初は孤独に水面を見つめていた黒猫だが、旅の終わりには仲間たちと一緒に水面を見つけている印象的なショットで映画は終わる。本作も50人程度の少数精鋭スタッフで作られたらしいが、前作「Away」が監督たったひとりで作り上げたことを考えると、彼にも多くの仲間ができたという事だろう。その証拠に前作からメインコンセプトは引き継ぎながらも、圧倒的に美しくも力強いアニメーション作品になっていると思う。ディズニーやピクサーのCGアニメとは違い、”動物の毛並み”の再現できていないかもしれないが、猫のちょっとした表情や目の動き、動作などはリアルそのものだ。そして本作は様々な解釈ができるようにあえて余白を残して作られており、大人は深くシーンの意味を考えながら、そして子供はアニメーションの楽しさを堪能できる作品だと思う。とても哲学的な映画だが間口は広く、「アカデミー長編アニメーション賞」に相応しい一作だった。
7.5点(10点満点)